第三十六話 伝承と伝説
遠い過去。1人の若者は罪を犯し追われる身であった。故郷で同じ年に生まれた男と喧嘩をしたのだ。けれどその人物は友ではなかった。村長の息子で自分とは仲が悪い。自分は
母と二人暮らしで貧しい身であった。誰の目から見ても彼の自尊心を満たすための格好の餌食になっていたはずだ…。喧嘩はその怨みが上乗せされ激しさを増した。そして勝ったのは自分だ。彼を殺しての勝利だった。
母を置いて逃げた。胸糞の悪い気分である。とにかく自分さえ無事ならそれで良い。こんなに辛い目に会ってきたんだ。私は悪くない。自暴自棄になっていた。その途中。岩壁に掘られた仏像が目につく。その荒々しい仏の目はまるで罪深い自分を説教しているかのようだった。罪悪感が今になって込み上がる。若者はそれを拝んだ。その場に座り。手を合わせる。そうすれば救われると旅の僧に教わったのだ。それが通じたかどうかはわからない。目を開けると前に顔の彫りの深い見知らぬ男が立っていた。
若者は所謂神隠しにあったと言えるだろう。既に故郷ではない別の所に来ていた。連れてこられたわけでもなくただこの場に呼ばれて現れた。それはそのような現象を引き起こす儀式であり未知のテクノロジーであった。男達はそれを勇者召喚と呼び若者を歓迎した。
そして現代に遡る。その子孫であるナオスケは伝説上の英雄タカシャマルのヒストリーを語る。それは神話とも呼べた。怪物達が跋扈する別の世界に呼ばれ鬼神の如くそれらを退治したとされる伝承。まるで桃太郎のような世界観だ。それだけにとどまらず数々の伝説を残したという。その一つが光の魔法使いゲレルの冒険記である。
英雄タカシャマルは悪い魔法使いだったゲレルを倒し配下に治めたという。そんな魔法使いは世界を渡る魔法を使えた。そこでタカシャマルは忘れかけていた故郷への想いを募らせる。それが全世界を巻き込む大冒険に発展した。
そんな簡単に思い通りの世界に行く事は出来ない。一度渡るとクールタイムも発生した。その間に見知らぬ文化や生態に触れる。その度に縁が増えた。それがゲレルも予測できない事態を生む要因になる。世界を渡る魔法には落とし穴があったのだ。
ようやくそれに気付く頃には随分と時間が経っていた。その副反応は突如として発生する。過去に渡った世界と今いる世界が雑に混ざり合ったのだ。それは悲劇を生んだ。前触れもなく違う種族が接触するとはどういう事を意味するのか。間違いなく侵略と捉えるだろう。争いは世界に混沌を生み秩序は崩壊した。文化どころか世界も違う者同士に停戦協定はおろか話し合いなどあり得ない。戦いはどちらかが滅ぶまで続けられてしまったのである。
それでもタカシャマルは故郷に帰りたかった。ゲレルを脅し遂に求めていた世界に辿り着く。しかし現実は残酷であった。そこはもう数百年先まで時間が経っていたのだ。
その頃には2人とも心も体もボロボロになっていた。しかし最後にやらねばならない義務がある。それは世界の混沌を止める責任である。タカシャマルは侵食する他世界を己の力を使って抑え込んだ。そしてその隙に光の魔法使いゲレルは自身が持つ最大の封印術を使わざるを得なかった。思い返せばとても過酷な旅だったがそれでも友との楽しい冒険であった。
ゲレルは最後の呪文と共に己の肉体ごと世界を封印した。それは常に管理者を必要とする。複雑な仕組みのもとで運営されなければならない高度な技術であった。勿論タカシャマルが任される。物語は以上だ。
語り終えたナオスケは4人の反応を伺う。三者三様で違うリアクションを取っていた。特に少年は質問が沢山あると目で訴えていてその許可が出るのを待ったいる風である。その想いに応えてナオスケは質問を促した。
「今話した内容はあくまで伝説上の話だ。残っている記実は僅かで、それも数百年前のものだ。信憑性は低い。だがいま起きている事が事実だ。何か聞きたい事はあるかな?」
真っ先に少年が手を挙げる。質問はやはり光の魔法使いゲレルについてだ。今の話から察するに現在対決している魔法使いは敵であるとも言い難い。そう疑問を投げかけた。それはその通りだと肯定される。
ナオスケは更に話を進めた。結論から言うとこの試練は管理者を登録するための儀式なのだ。それに参加できる資格を持つ者が封印された全ての世界を掌握し渡るための魔法を制御する事によって安定した封印が成立する。そういう仕組みであった。
しかしその封印も無限ではない。術者であるゲレルも一緒に封じ込められている以上時を経て術はすり減ってしまう。再構成できないのではいずれ世界は再び解かれる。その時が刻一刻と迫っていた。だが希望が無いわけではないナオスケは言った。
「まだ私も詳しいことはわからない。けれどそれを再構成できる者がいる…」
続く言葉に4人は目を見開いた。視線が1人に集まる。その人物こそがこの場にいる少年であった。




