第三十二話 死と可能性
迷路の攻略法には左手法が有名である。そんな話を聞いた事があった。けれど部屋の構造も重力のベクトルも出鱈目になった空間でそれが有効かどうかの判断は難しい。マサヤは勘に頼るタイプでは無い。そう言った手法も今回ばかりは試す気にはなれなかった。たまにはミネコの真似事でもしてみるかと楽観的な気持ちでこの孤独を紛らわした。
野生の勘に命を救われた経験がそう言った考えを再評価させる。ドラゴンの持つ生き残りのセンスは抜群に信頼できた。どうせ自分では判断が出来ないのだ。一度頼ってみるのも有りだと思った。アテルイはマサヤを乗せて自由に行動する。
アテルイに迷いはない。判断が迅速でとても優秀である。進む方向を予め決めているようだ。簡単な意思疎通しか出来ないため何を目指しているのか全くわからない。けれど主人のメリットになる行動をしてくれている。それは伝わった。やがて一つの部屋の前で止まる。そこに何かあると示した。
マサヤは降りてドアノブを掴んだ。突如、目の前の光景が一旦途切れて見えた。一瞬だが確かな違和感である。アテルイは既に別の方向を向いていた。そして声がした。
(さすがマサヤくんだね。けどまだ早いよ。来る時は全員で来てね)
それを聞いて急いで扉を開けて押し入った。けれど中には誰もいない。どうやら逃げられたらしい。机には光る水晶だけが残されていた。
恐る恐る近づく。そこにはカエデ達が映っていた。どういう仕組みかさっぱりだ。現在の映像かも怪しい。マサヤは尚も警戒を解かない。そして外にいたアテルイが騒ぎ出した。入口を壊して顔を見せる。どうやら敵が来るようだ。マサヤは水晶を手に取りもう一度ドラゴンに跨る。廊下の先に現れたのはゴブリンとそれよりも二回りも大きい化け物の総合的な部隊だ。統率が取れている。指揮をとる最も大きな個体がリーダーを務めているようだ。
笛のような筒を握ったゴブリン達が一定の距離を保って一列に並ぶ。それは吹き矢であった。アテルイが尻尾でマサヤを庇い鱗でそれら全てを防いだ。次に出てきたのは礫を握った二回り大きな個体だ。恐らくホブゴブリンだろう。だがそんな誘致など与えない。ドラゴンの炎が彼らに襲いかかる。恐れ慄き逃げようとする。それをリーダー格が背中を切り捨て後退を許さない。恐怖による支配がそこにはあった。
なぜそこまでして殺し合うのか。マサヤは理解できない。相手にしてるだけ時間の無駄と見限りパニックのうちにその場を後にした。
カエデ達とマサヤの距離は一向に縮まらなかった。移動する方向がほぼ同じ事とマサヤが異様に速いのだ。少年は焦っていた。最も大きいドラゴンが狙ったかのようにその交差地点に移動していた。これ以上のスピードで移動する手段がない。このままでは衝突を避けるのは難しいだろう。腹をきめて倒すしかない。それがこの試練の最も大きな山場だと感じた。
3人は作戦を練った。ドラゴンはやはりフェアリーのようなレーダー能力を持っている。それも高性能だ。こちらに突撃して来ないのは高い知性の証明かもしれない。それにブレスは一撃必殺だ。相手に隙を与えたら即死と考えた方が良いだろう。これで侮らない手強いタイプだったら最悪だ。せめてドラゴンは傲慢であってほしい。少年はそう思っていた。
フェアリー達は正気を保てずにいた。どれほど危険な相手であるかを本能で察知している。もうこれ以上着いていくのはごめんだと好き放題逃げていった。それを1匹だけミネコがまた捕まえる。悪い顔で絶望を宣告した。
「あなたは私たちと一緒よ。地獄まで着いてきてね」
それは恐怖そのものだ。ドラゴンに自ら会いに行くなど正気の沙汰じゃない。妖精が持つ生存本能が限界に達して気絶してしまった。カエデは可哀想だと言うがフェアリーを頼る以外に攻略法は見出せない。仕方ないとそれだけだ。
大型のドラゴンは険しい気持ちで待ち構える。表情ではわかりづらい。他のドラゴンが数秒の内に倒された事が気掛かりだった。名のある己が人間風情にやられるはずがない。その自負はある。しかしこの迷宮は数ある中で難攻不落を維持し続けている。油断はない。確実に葬ってやる。そう意気込んでいた。
敵は未だ目視出来ない。けれどもうブレスの射程範囲内だった。漆黒の炎を口に溜め込み吐き出した。それがカエデ達に届くまで間もなくである。
少年がその黒い何かを目視で確認した時にはもう炎に飲み込まれていた。ガオウとカエデは誰よりも早い判断で最善を尽くした。ニーナを傘に変え展開する事でミネコを何とか守る事が出来た。ガオウも前に立ちはだかる。しかし少年は大火傷を負って倒れた。即死だった。けれどガオウはなぜかそこにいる。錯乱してドラゴンめがけて突撃していった。それを止める声も届かない。
「ガオウ!」
ニーナの力で少年の蘇生を試みたが失敗に終わる。もうわけがわからない。2人はパニックを起こし状況の整理ができない。そんな時だった。後ろから革靴の音が迫る。その男には見覚えがあった。終始ニンマリ顔で飄々とした雰囲気は掴みどころがない。それがおもむろに話し始めた。
「その少年の魂はこの中だ。君たち次第で彼は元通り生き返る」
父ナオスケは四角い掌サイズのキューブを持っていた。少年の魂が封じ込められていると言う。にわかに信じられない話だ。けれどそれに頼るしかなかった。
 




