第三十一話 懺悔と償い
四肢の力が尽きると椅子という格好から解放された。代わりに大人しくする事を条件に隣で水晶の映像を共に眺めさせてもらっている。逞しく成長し苦しみながらも苦難を乗り越える息子と娘の姿を見ていた。
ある日から父親の役目を放棄した自分を見つめ直すチャンスを与えられているのだろう。この魔法使いは昔からいつもそうだった。
父であるゴウザブロウは狂っていた。歴代最年少にして最速で試練を攻略した実績が揺るぎない権力と自信を生み出した。カリスマの化け物だった。率先して自ら向こう側の世界に赴き必ず戦利品を持ち帰ってきた。その恩恵は何度も世のあり方を根本から変え世界を押さえて千手家一強の時代が何年も続いていたのだ。
ナオスケはそのプレッシャーの受け皿になっていた。ゴウザブロウが寿命でこの世を去らなければいつか自分が父の寝首を掻いていただろう。それほどの殺意が彼の中で渦巻いていた。
その感情を最も育んだのが試練に向けての厳しい特訓だった。心を殺さずにはいられないほど苛烈を極め狂って行われた。私は何度も死を経験し不死身のように生き返った。もはや生きているのか死んでいるのかどちらとも言えない感覚が今も残り続けている。それを心配してくれたのは父でも母でも親族の誰でもなく隣にいるこの魔法使いだった。
とある日に事、ナオスケはゴウザブロウに渡された刀身のない剣で魔法使いに挑まされていた。光の魔法使いであるゲレルは冗談のように光速だ。最強の噂は伊達ではなく父ですら倒していないと言う。試練がそれを目的にしていないのだから倒す必要もない。けれどこの剣は光の刀身で目には見えない光速の斬撃を出す。それが唯一彼の天敵だと仮説を立てたゴウザブロウはその実験をしていたのだ。
魔法使いはそれに怒った。自分が倒されるかも知れないからでは無い。この剣は使用の対価に寿命を食う魔剣だったのだ。それを指摘されたゴウザブロウの眼を今でも覚えている。あれは人では無い。正真正銘の悪鬼だった。
それから私は得体の知れない道具の実験体として何度もこの魔法使いと戦わされた。しかしその日から一度も殺された事がない。その代わり彼はたわいもない会話で場を和ませる事を徹底していた。ゴウザブロウはそれを無視しろと言うので返事はした事がない。
背が伸びれば「大きくなったね」と言い。動きが良くなれば「足が早くなったね」と言った。その時はわからなかったが学校で一番の成績を収めた日は「凄いね。頑張ったね」と褒めてくれた。彼はいつも何某かの方法で自分を見守ってくれていた。
それをまたこうして自分に目をかけてくれているのか…。いつしか私もあの男のように醜い人間に成り果てていたというのに。同じように子供を蔑ろにしていたというのに。
赤ん坊の頃のマサヤとモミジとカエデを抱えた感触が今も腕の中に残っている。皆生まれたその日一番に抱き上げたのはいつも私だった。その笑顔を守ろうと決めていた。だからゴウザブロウのようにはしなかった。マサヤの訓練でも口出しはさせなかった。それが狂い始めたのはモミジがあの世に連れて行かれてしまってからだ。妻は気が狂い何度も自殺未遂を起こして精神病棟に隔離になった。
それでも私はカエデに寂しい思いをさせない為に妻の分も頑張ったつもりだった。それがゴウザブロウが死去して次の挑戦者は私だと思っていた時に石板に刻まれた所有者の名はカエデだった。私は頭が真っ白になった。理解ができなかった。いつしかこの千手家は呪われていると思い込んだ。そしてカリスマのいなくなった財閥は失速し、それを食い止める為に仕事に明け暮れ、生活から目を逸らす日々だった。
「私は…!!なんて事を…!」
込み上がる懺悔の数々。許されざる罪の意識。その思いが強く言葉になった。いつの間にか水晶が見えないほどに涙が溢れていた。
魔法使いは知っていた。彼が小学生の時。道路脇で足が折れた鳩を看病してあげていた事。お腹を空かせた子猫にご飯をあげていた事。迷子になった子供を交番まで送ってあげていた事。
「君は本当は優しい子なんだ。変われるさ今からでも」
魔法使いは大の大人が大声を出して泣き崩れす様をただ見守ってあげていた。これからナオスケがどう変わるのかは彼次第である。それが良い方向に向く事を願っている。
封印は少しずつ弱まっている。もう自分の力では抑えきれないだろう。それをどうにか出来る逸材がこの時代に生まれたのは偶然じゃない。彼らはもっと成長しなければならない。そのために私はここにいるのだ。世界の崩壊はあの4人が必ず止めてくれると信じている。
(運命の子供らよ。過酷な試練を良くここまで耐えて来てくれた。あともう少しだ。踏ん張ってくれよ)
この世界は異界と混ざり合い過ぎたのだ。その境目が徐々に崩壊し世界は一つになろうとしている。その時に普通の人間が生き残れる保証はどこにも無かった。