第三話 秘密と引越
運命の巡り合わせだろうか。少年の生活はその日を境に一変した。ほぼ毎日図書館に通うのが当たり前だったルーティンの中に自分の犯行を目撃した女子大生のミネコさんのお手伝いをするミッションが一つ増えたのだ。
ミネコさんは大学院生で聖ビヤンヴニュ学院に通っている。という事は赤毛の少女であるカエデさんとは同じ学校で彼女とは幼少期の頃からの仲だそうだ。
「コレをあそこに運んで」
「はい!」
現在少年は50代の見知らぬおじさんにこき使われその住むマンションに荷物を運び入れていた。
「リクト君だっけ?若いのにありがとね。助かるよ」
とても気さくで柔らかい印象のおじさんはマツダ先生と呼ばれていた。
「どうだ。疲れただろう。ちょっと休憩しようか。飲み物はここに色々あるから好きなのを選んでくれ」
「あ、はい。ありがとうございます」
「マサヤくんとミネコくんもちょっと休憩しよう」
「はーい。今いきまーす!」
少年はコーラをもらって一息ついた。おじさんは聖ビヤンヴニュ学院の教授になるらしく近くのマンションに引っ越すにあたり親戚だったミネコさんのツテで学生にお手伝いを頼んだ。だが集まったのはミネコさんと少年そして一番頼りになりそうな大男のマサヤさんだ。
「すみませんねマツダ先生。3人しか集まらなくて」
「いやいや構わんよミネコくん。男手が来てくれて助かったよ。女学生だけではあまり力仕事は頼めないのでなぁ。あははは」
ミネコさんとマサヤさんの関係は分からないが少年のように何か弱みを握られているに違いないとそんな気がしてならなかった。
「そういえば、カエデもそろそろ遅れてくるそうなので」
「え!けっゲホゲホ」
「だ、大丈夫?!」
少年は驚きで飲み込もうとしたコーラが気管に入って咳き込んでしまう。
「だ、大丈夫です」
ミネコは少年が動揺するさまがツボにハマって今にも笑ってしまいたい欲求に駆られた。それを無理やり抑え込んだ事で口の中に唇を咥え込む仕草をした。
「カエデちゃんかぁ。お父さんとはたまに仕事で話をするがなんでも最近あの図書館を継ぐとか言っているそうじゃないか」
「そうなんですよ。カエデも負けず嫌いなとこがありますからね。今はそればっかりですよ」
少年はなんの話をしているのかサッパリだった。ただ図書館はおそらく自分がよく行くあの図書館だしカエデさんもよくあそこに通っているのは間違いなかった。
「電話が来たみたい。あ、もしもし?カエデ?うん。そうそう。うん。そう。わかった。今から迎えに行くね…」
ミネコさんが玄関から出ていくと少年はまるで追い詰められた小動物のように部屋の隅に逃げたい衝動に襲われたが執行猶予は刻一刻と過ぎていき玄関はガチャリと開いた。
「遅れてすみません」
カエデさんは私服姿でそこに立っていた。色合いは白色に洗礼されタートルネックニットにプリーツミディスカートとニューバランスのスニーカー姿で普段のお嬢様な印象から普通にお洒落な女の子姿に少年は新鮮味を覚えていた。
そこから紹介はそこそこに荷物の荷解きが始まり少年は平常心を装った。カエデさんはミネコと少年の関係を気にしていたが約束通り秘密はバラされる事はなかった。逆に少年はマサヤさんとカエデさんが妙に距離が近いのを見てどんな関係なのだろうかとジェラシーを燃やした。
そんな帰り道マサヤさんは用事があると足早に何処かへ行き残り3人は一緒に駅まで歩いて行った。
「ねぇリクトくん?」
「は!はい」
「もしかしてだけど千手図書館にはよく行くの?」
「え、はい。よく行きます」
「あぁ〜、やっぱりそう?何処かで見たことある気がしてたんだぁ」
「そうですか…」
何でもない世間話が駅に着くまでに続いた。少年はまるで夢でも見ているかのような不思議な体験をしている気持ちでいてそれでも何とかキッカケを探してミネコさんとカエデさんの話に相槌を打った。
駅に着くとミネコさんとカエデさんは改札に乗り込んだが少年は駅の駐輪場に自転車を停めているので2人を遠目で見送ろうとした。
だが無性に気分が良い少年は別れてしまうことの辛さに耐えられず自分が唯一持っているカードをこの場で切った。
「あの!」
少年の声が何とか聞こえる距離にいた2人は何事かと振り向いた。そこにはにかんで笑う少年が一生懸命手を振っていた。
「今日は!会えて良かったです!」
ミネコとカエデは返事こそしなかったが笑って手をふり返した。
「僕!あの黒板に答えを書いてる人知ってます。一番よく知ってますから!」
カエデは眼を見開いて驚いたが言い捨てて駆け出した少年はそのまま駅の外に消えて行った。