第二十九話 大群と絆
ゴブリンは小鬼とも呼ばれるように人間に仇なすために生まれてきたような生き物だ。それは男を見れば執拗になぶり殺し。女子供を見つけては犯して殺すとんでもない習性を持っている。
それは完全にミネコをターゲットに定めていた。野獣のような声を発して襲いかかる姿に理性は感じられない。ガオウとカエデはそれを容易く薙ぎ払う。肉を切り裂く感覚はリアリティがあった。血が飛び散る様は良い気分じゃない。とてもグロテスクだ。カエデは吐き気をもようして吐瀉物を床に落とした。ミネコがその様子から彼女を前線から下がらせる。無理もない。こんな事を子供にさせるほうが間違っていた。マサヤは腰のロープを解き代わりに前に出た。その手には竜の隠れ里がある。
「俺がコイツらの相手をする。お前達は違う道を探せ!」
勝手な判断である。しかし敵がゾロゾロと湧くこの先はすでに使えない。下がって別の道を探すほうが効率的だ。ミネコはカエデを抱えながら少年の手を引っ張った。マサヤはきっと大丈夫。そう信じている。
「何してるの!行くわよ!」
少年は走りながら背中に暖かい温度を感じて振り返った。離れていくマサヤの前にドラゴンが現れている。それは炎を吐きこんがり焼けたゴブリン共を食い殺している最中だった。
カエデ達は今回2つの試練を攻略しなくてはならない。一つは魔法使いをこの迷宮から探し出す事。もう一つは異界の門を見つけて扉を閉じる事だ。優先すべきは後者だ。何せこの試練にはクライマックスが待っている。時間が経つにれて化け物達が館内から脱走する悲劇が巻き起こるのだ。そうなれば外にも被害が出てしまう。図書館内で起きた出来事は巻き戻り全て無かったことになるが外では記憶だけが消失される。死人は帰ってこない。
推測するに門はゴブリン達が現れた向こう側だ。バイクのように一番小回りが効いた者から先に来た。それは奥につっかえる程の大型の化け物が来るという事だ。迂回できるルートを探して聞き耳を立てる。地響きや呻き声が鳴るところに沿って壁を壊しながら進めば先回り出来るんではないかと言う策を少年は提案した。
しかしそれは危険だとミネコが難色を示した。むしろこの迷宮は怪物達をも迷わせているのでは無いかと言うのが彼女の見解だ。一直線で外を目指せないお陰で時間を稼げるという具合だ。その間に魔法使いを見つけ出し確実に地下水路への道を当初の作戦通りに進めるのが一番安全だと譲らない。
言い方は悪いが所詮少年は子供である。ミネコは大人だ。間違った判断では無いし危険を回避するのは僕らの安否を考えてのものだ。無碍には出来ない。悩んだがその案に乗ることにした。その代わりある事を思いつく。それを試すために少年はカエデから妖精の園を借りた。
その頃、マサヤはドラゴンを引き連れ前方から現れる化け物達を炎で焼き払いぐんぐん前進していた。まるでとある殿下にでもなった気分だった。腕を前方に突き出し言い放つ。
「薙ぎ払え!!」
ドラゴンはとんでもない脅威だ。それが味方になればとても頼もしい相棒だ。愛着が湧いてきたマサヤは体を撫でてやる。ついでに名前も付けた。
「お前はこれからアテルイと呼ぶ」
この間見た日本史の番組に影響を受けての命名だった。それは逞しい頼れる男のイメージだ。するとドラゴンに変化が生じる。野生的だった目に理性が宿ったような気がした。
マサヤはそれに気づいたが前方からゆっくりと這って現れた一眼の巨人でそれどころではない。体長はアテルイよりも大きい。幅10メートルの廊下をつっかえさせていた原因はコイツだった。躊躇なく炎を浴びせてやる。しかしガードされた腕の皮膚が焼けて炭化してもその部分が剥がれ落ちてまた再生する。それは神話の怪物キュクロプスであった。けれどマサヤは怯まず冷静だ。目を庇ったならそこが弱点だろうと狙いをつけた。
「アテルイ!弱点は目だ!」
そう言ってみたものの日本語が通じるわけがない。アテルイは悩むマサヤの目を真剣に見ていた。それはこれまでのドラゴンの行動ではない。お互いにコミュニケーションを取る方法を模索している様子だ。
マサヤは指で自分の目を差し声を大きくして「め!これはめ!」と子供に言葉を教えるように訴えかけた。アテルイはその言葉を復唱する。
「め!」
驚きである。ドラゴンはしゃべれたのだ。マサヤは意思疎通は不可能ではないと喜んだ。そしてキュクロプスを指差して「目!」と言った後、拳と手の平をぶつける攻撃的なジェスチャーをして見せた。それが通じたかはわからない。しかしアテルイは執拗にそこを狙い続ける。身動きの取れない巨人の腕は完全に燃え尽きた。そして奥に現れた目玉を炎が溶かした。
眼を失ったキュクロプスの体が生気を無くし腐り落ち崩れていく。残ったのは巨大な骨だけだ。けれど倒した事を大手を振って喜べない。何故なら向こう側で大量の化け物が眼を光らせて待っていたのだ。




