第二十三話 期待と勝機
生まれて初めての屈辱である。元通りに再生するからとかの問題ではない。完全な超生命体である自分が半身を失うなどあってはならないことだった。人間達の抵抗などご馳走を彩る付け合わせでしか無いのだ。
(家畜風情がいい気になるなぁ!!!)
人間は怪物にとって家畜同然である。生かして育てて食べる。それ以上でもそれ以下でもない。自分の力を上回る事など想定する必要さえないと信じている。
だが現に自分の命が脅かされた。もうお遊びはおしまいだ。殺戮のままに全てを喰らい尽くしてやる。怪物はそう思い激昂した。
着飾った今日一番の衣装は解き放たれた。内側に隠されていた禍々しい正体が顔を覗かせる。身体全てが口だと言わんばかりに大きすぎる口内を見せつけた。
中は幾重にも重なった牙が生えている。まるで粉砕機のようだ。口に入れたものを全てを粉々にするためだけに設計されている様は悪意しか感じない。
さらに触手が倍以上に増えている。怪物はまだ本気を出していなかったのだ。そこに追い討ちをかけて空間全面に食虫植物の種が無数に撃ち出される。
少年とカエデは怪物だけでなく四方からの攻撃に備えなくてはならなくなった。けれどこちらも負けてはいない。少年はカエデから貰った力で全てが回復していた。死にかけていた身体も折れていた足も全てだ。
「凄い…。カエデさんありがとう」
カエデはクスリと笑い得意げに答えた。
「いつまでも守られてばかりじゃないんだからね」
ガオウも少年から流れ込んでくる大爆発的な力によってハイになっている。眼はギンギンになり額が既に敵に面しているかのようにガンを飛ばす。
(やってくれちゃってんじゃねぇか?テメェ!)
一方怪物は完璧な布陣を固めてもまだ様子を伺うようだ。もしかしたらもう一度不意打ちがあるかも知れないと何から何まで調べているのだ。そして放った下部から知らせを受けた。もうこれ以上ないと知ると調子が戻ってくる。
(それは妾のセリフだ!!お前達がいくら束になろうとも…妾の真の力の前になす術はないわ!!)
怪物に負ける理由はなかった。無尽蔵に力が供給される自分と違い少年たちは人一人分の力しかない。また同じように疲れ果てるのが目に見えている。勝利は確信に変わった。
触手、種子の弾丸、四方から襲いかかる新手の敵。あらゆる攻撃が雨霰の如く襲いかかってくる。ほぼ無防備な少年を中心にしてガオウとニーナを纏うカエデが目にも止まらぬ速さで凌ぐ。それはもう異次元の戦いだ。
けれど彼らは信じている。頼れるお兄さんとお姉さんがきっとこの状況に終止符を打ってくれると。
その頃、大きな期待を背負ったミネコとマサヤは巨大な樹木の前で本を開きドラゴンを呼び出す方法を模索していた。
「ハックション!!」
マサヤは込み上がるむず痒さにたまらずくしゃみが出る。きっとカエデが自分を思い頑張っているにだろうとポジティブな気持ちになった。
「ちょっと。貴重な本に唾飛ばさないで」
ミネコに注意され素直に謝る。この竜の隠れ里は千手家で最も解読が進んだ本だ。中に書かれた呪文をマサヤは何種類か知っていて使う事ができる。だが強力な呪文は危険なためそう簡単には教えてもらえない。その中でもドラゴンを召喚し使役する呪文は最高位に値するだろう。
「とりあえず適当に読んでみれば」
なんて事を言うのかとマサヤは思った。もし制御できない類の呪文だったら命の危険がある。何とか確実に理解するヒントを既知の呪文の綴りから読み解こうと奮闘中である。
「滅多な事を言うな。何か起きたらどうする?」
しかしミネコは危機的状況の時は勘に頼るしかないと思う性分である。そして頻繁に当たりを引いてくるのが彼女の凄いところであった。
「とりあえずラガートが竜でしょ?後は簡単じゃないの?来い!って言えばいいんだから」
それがわからないんだとマサヤは思っていた。もしかしたら頭が硬くなっているのかもしれない。真面目な性格が仇となって思考の柔軟性を失わせていた。
するとミネコが急に本を取り上げてきた。返してもらおうとするが「ちょっと任して!」の一言で制止させられる。マサヤも彼女には強く出られないようだ。
ミネコは大学でラテン語、スペイン語、ポルトガル語などを専攻していた。この本の文字は全く違うが言葉の意味と発音がとても似ていると思っている。だから何となくいける気がしていた。
本から力を引き出すためには関連したページを開き呪文を唱える。それだけだ。しかし確かめる術はない。ならばとパラパラと素早く本をめくり始めた。
「バモスメウラガート!」
その中の1ページが輝き出す。目の前に骨、肉皮膚の順に生命体が構築されていく。現れたのは全長10メートルをゆうに超えるグリーンイグアナであった。




