第二十二話 自立と巣立ち
カエデと悪魔は爆発的なフラストレーションを抱えていた。自分も役に立てると思っていたのに何も出来ずに後退させられる。それは意地っ張りな性格が許さなかった。
その思いは二人の絆を介して共有される。カエデと悪魔は立ち止まった。自分達にはまだ少年のもとでやれる事がある。逃げている場合ではない。
「マサヤくん…。私たち!戻るから!」
そう言って鞄を投げつけて駆け出けだした。その手には迷宮の蔓を持っている。マサヤが慌てて鞄を受け取り追いかけようとした。すると咄嗟に首根っこが掴まれる。
それはミネコであった。懸命に水飛沫をあげて走る妹の背中を見ろと目線で促す。その横を半透明の悪魔が現れて実体の濃さが増していく。彼女らは契約を果たした。愛する者を絶対に見捨てず必ず助けると誓い。そこに人生を賭けた。それが自分達の生きる意味であると結論を出して。
だがそれは怪物から撃ち出された食虫植物と真っ向から対峙する事になる。以前のカエデなら一捻りでこの世を去っただろう。けれどそこにはもうか弱い少女の姿はなかった。
(いくよ!カエデ!)
悪魔がカエデに呼びかける。返事をするのには名前が必要だった。それはもう決めてある。彼女に相応しい名はニーナ。勝気で意地っ張りだけど傷ついた者の思いを知っている。そんな意味を込めて。
「うん!ニーナ!行こう!」
それが自分の名前であることはすぐにわかった。中々悪くないと満足する。そして二人は融合しニーナがカエデの魂の武装に変化する。その手には西洋騎士が使うような円錐状のランスが握られていた。
襲いかかってきた敵を纏めて串刺しにする。それでも植物の生命力は凄まじくまだウネウネと動いていた。それが急に生気を吸い取られて枯れ葉のように萎れてしまう。
それがニーナとカエデの力だ。倒すべき敵から生気を吸い出して絶命させ守りたい者にはその逆の効果を齎す。誰かを助けたいと願う気持ちが強いほどその威力は増すのだ。
そんな逞しい妹の背中を見てマサヤは何となく肩の荷が降りた気がしていた。もう守られるだけの存在ではなく頼れる存在に成長してくれたことを誇りに思った。
「少し役立たずになった気分だな…」
そのセリフを聞いたミネコは口元が緩んで笑いそうになるが瞼に溜まった雫が邪魔をした。
「さぁ。私たちにもやれる事があるわ。行きましょ?」
恐らくあの巨大な樹木が怪物に無限の力を与えているのだろうと目星をつけてある。何故ならどれ程破壊しても再生していたからだ。その特徴は怪物と酷似していた。
本への封じ込めは失敗に終わっている。だから樹木が本体はではない事は確かだ。しかし何か鍵を握っているはずと今出来る限りのことをするしかない。
「マサヤ、竜の隠れ里は何処まで読めるの?」
ミネコは考えていた。破壊が不可能ならドラゴンの力を使って燃やす事は出来ないものかと。しかし対処法は知っているが操る術をマサヤは知らない。だがそう言う事が後々の試練で役に立つと祖父が言っていたのを思い出した。
「わからない。でも試してみよう。カエデもそのために渡してきたはずだ」
そう言って二人は再び巨大な樹木を目指した。
その頃少年は虫の息だった。徐々に力を失っていく様にガオウは焦る。だが懸命に敵の攻撃を受け切るしかなかった。
怪物は余裕を見せていた。もう勝ちを確信したらしく相手に合わせて攻撃の速度を調整して遊んでいた。今はすこぶる気分が良いのだ。初めての血の味が特別過ぎて直ぐに手をつけることを勿体無く感じていた。
皮肉にもその油断が少年の命をギリギリのところで繋ぎ止める事になる。戻ってきたカエデは地下水路から見上げた穴から少年の確認を試みた。しかし目視では状況は掴めなかった。けれどまだ戦いの音がする。何とか生きて戦っているようだ。
カエデは眼を閉じ耳に力を注ぎ聴力を高めた。怪物とガオウの戦闘音が立体的に聴こえる。けれど脈打つ命がただ一つ離れたところにいるのを聞き逃さなかった。それが少年で間違いないと思った。
まだ怪物に見つかるわけにはいかない。この一瞬の隙を狙うなら今だった。
体をかがめ脚に力をためる。悪魔の力が筋肉の限界を突破させた。そして飛び上がった。まるでロケットが飛び立つように天井を貫く。その勢いは尚も止まらず真上にいた怪物の半身をも削ぎ落とした。
体液を吹き出し苦しんで踠く。そして着地したカエデはガオウの隣に立った。肩からはニーナがオーラの姿で共にいる。
(アタイ達もやるよ。大きな借りが出来ちまったからね)
ガオウはこの僥倖を喜んだ。しかし状況は最悪である事に変わりはない。必死に繋ぎ止めた命はどう足掻いても死が確定的だった。
(助かった。けどよ。俺らはここでお別れだ)
最後にそれっぽい事を言いたくなるのは男の性だ。カエデはその気持ちがわからなくて返事をしなかった。そのかわりに少年のもとまで歩いていく。
少年は向かってくるカエデを見ていた。何で戻ってきたのかと思うところはあった。けれど死に際に彼女の顔が見れたことは幸せだと思っている。カエデはその背中を躊躇なく一突き刺した。
「何!っでって…あれ?痛くない」
驚きのあまり少年は起き上がった。それも全回復した姿で。




