第二十一話 狩と衣裳
怪物は実の中で身支度をしていた。外の世界は舞踏会のように心踊る愉快さに溢れている。寝巻き姿では人様に顔向けなど出来ない。一番良いドレスで着飾り誰をも魅了する姿で登場しなくては意味がない。なぜならパーティーの主役は私なのだから。
(ここがパーティー会場かしら?)
壁の向こう側から声が聞こえる。しかし耳からではなく直接頭に響く声だった。一同はその禍々しい気配に息を呑む。いよいよ敵のお出ましだ。
先程までのやり取りに水を差されたことなど些細なことだ。今回の相手はヤバい。それは意思疎通が出来るほどの知能を持っていることをこの一言で知らしめたに他ならない。これまでの敵とは明らかに上位のアドバンテージを持っている。
(返事がないですわねぇ。招待状が必要だったかしら?)
「みんな下がって!!」
ミネコが冷静な判断で壁から距離を取らせる。向こうに侵入の手段があるとすればそれは壁の破壊だけだ。
すると予想通り壁は円状に溶解し破壊された。崩れ落ちた穴の向こう側に怪物が立っていた。無数の触手から溶解液を垂らしている。
(ごきげんよう。今夜この妾と踊ってくださるのはどなた?)
扇子で口を隠し見下した角度からの視線を堂々と向けてくる様は暴君さながらである。己の優位性を微塵も疑わないのは慢心からではなく全能感からだ。それに対して気後れせず先頭にガオウが立つ。
(とんでもねぇ敵が現れたもんだぜ。俺が相手だ!)
その背後に少年が控えた。最も戦いに特化したものが相手をするしかない。それ以外は逃げの一手を余儀なくするだろう。
怪物は興醒めといった雰囲気で呆れ果て溜息を漏らした。
(何ですの貴方達。妾は人間以外と踊るつもりは無くってよ。それともあなたの血も赤いのかしら?)
間違いなく殺す気だと全員が理解する。交渉の余地など考えている暇はない。今すぐにでもこの怪物を遠ざける必要があった。
(行くぞリクト!)
「うん!!」
生きるか死ぬかの戦いはこれで2度目だ。一介の中学生が経験するものではない。けれどこれ程までに生きた心地がしたのは初めてだ。頭のネジは既にぶっ飛んでいる。それが悪魔を顕現させた者の代償なのかもしれない。
強敵はより強力な武器を持って立ち向かわなくてはならない。そうでなければ戦いは拮抗し死傷者が出てしまう。少年はこの一瞬で最適な答えを求められる。負傷した足ではどうせ逃げられないのだ。せめて皆をこの場から逃す。それが正解だと考えた。
ガオウはその指示をサイレントで受け取る。そして腕を鋭い刀に変えると数歩前に一線を斬りつけた。
(ここから一歩でも入ってみろ。テメェを細切れにして野菜炒めにしてやる)
和かだった怪物は途端に笑顔を失った。相当に頭にきたのだろう。間髪入れずに触手が無数に襲いかかった。それが線を越えると全て切り刻まれ地面にぼとりと落ちた。
(不愉快ですわ。貴方のような下品な方は直ぐに退場なさい!)
目にも留まらぬ速さでの攻防が始まった。その間少年は床に落ちた触手を拾い集める。適当な棒を使って触手を押し潰すと中に残った体液が漏れ出した。そうして床をボロボロに腐食させると作戦開始の合図を出した。
「ガオウ!床を爆砕しろ!」
ガオウは痺れた。とんでもない奴が背後にも居たのかと。狂っているとしか思えない。しかし今はそれが最高の選択に見えた。
「リクト、どうするつもりだ!」
傍観していたマサヤが疑問を投げかけた。けれど少年は笑顔を作り答える。
「ここは僕がカッコつける番ですよ」
それと同時に怪物を抑えていたガオウが勢いを増し後退させる。しかしそれは距離を稼ぐためだった。もう触手が届かない位置に連れていくと急後退し床を叩き壊す。その下は地下水路になっている。少年以外の3人は真っ逆さまに水の中に落ちた。
(生意気な!逃げても無駄ですわよ!この館は全て妾のテリトリー!何処にも逃げ場はないの!)
ガオウをすり抜けて食虫植物の種がその穴に撃ち込まれた。それは水に触れた途端に発芽し凶悪な姿に成長した。けれどその程度ならマサヤ達が何とかするだろう。
少年はこの怪物の底がしれない。諦めるつもりは無いが精神がダメになる前に肉体が持つかわからない。ガオウも強いがその力は自分に依存するものだ。敵が何を力に再生し続けているのかその真相を確かめなければ勝ち目が見えてこない。
(クソ!リクト!押し負けてるぞ!)
そう言われてハッと気付く。もう自分は起きているのがやっとである事に。このままでは負ける。死んでしまう。何か手はないのか!
(あら限界ですの?まぁ、そろそろ貴方の相手は飽きてきた頃ですの。もうこれで終わりにしましょ!!)
急激に触手の攻撃速度が増していく。あれほど健闘していたガオウは逆に陰りが見え始めた。そしてとうとう触手を一本取り逃しそれは少年の肩を貫いた。血は一滴も溢れない。吸血され怪物の養分となる。
(リクト!!)
触手は斬り伏せられ一命を取り留める。だが少年の意識は朦朧とし始めた。貧血を起こしていたのだ。
一方、怪物の攻撃は止んだ。その眼の白薔薇が薄ピンク色に染まる。顔は恍惚な表情になっていた。甘い血の味を始めて味わった余韻を全身で感じている。
(嗚呼!!なんて美味しいのかしら!!もっと血が飲みたいわぁ…)
少年は絶命寸前である。先は永くない。体はもう既に言うことを聞かなくなっていた。けれどその眼は真っ直ぐに怪物を捉えてまだ死んでいなかった。




