第二十話 受容と愛
悪魔は常に人の心の中にいてその時を待っている。目的は宿主の負の欲望を一番の願望にすり替えて後先考えず実行に移らせる事だ。それは自分かあるいは他者を破滅に終わらせるだろう。
過去、人類はその影響を大きく受けて現在の社会規範が出来上がる。それは宗教や法律と言った手段で精神を支配し悪の感情を封じてきた。しかしいつの時代もそれは不完全で心の悪魔はその隙を窺っている。
「ずるいずるい!」
悪魔に精神を乗っ取られたカエデは悲しんでいた。他者に愛情を分け与えても自分は望んだ通りに愛されない。一番愛を欲していた自分はもう誰も愛すことは出来ない。
後悔に似た失望感が禍々しい怒りに変わる。誰かにぶつけなければ治まらない。マサヤが吹き飛ばされる。それは女性の力ではない。そこから近くにあるものは全て薙ぎ倒された。それは満足するまで収まらないだろう。しかしその時はカエデの体が壊れる時だった。そしてガオウが合図する。
(リクト。アイツも助けてやってくれないか。あの悪魔も救いをもとめている)
少年は諦めないと誓った。ガオウが苦しみを受け止めてくれるお陰で希望が生まれる。生きる意味は誰かに決められるものではない。結局それを受け入れるかどうかは自分次第だった。それを彼女にも教えたかった。
「勿論だガオウ。君と僕がカエデさんを救うんだ」
願いは一つ。彼女の苦しみを受け止める事。本心を押さえつけてはダメだ。本当を曝け出してくれたことを無駄にはしない。彼女が壊れないように僕が優しく受け止めるんだ。少年はその怒りが悲しみに戻るまで諦めないとそうと願う。
(その意気だ!行くぜ!)
ガオウは流れ込む力で体を大きく成長させた。何かを守るため丈夫な皮膚を纏った。けれど誰も傷つけない優しく包み込むような柔軟性も持ち合わせていた。
変貌したカエデの前に立つ。少女の目は怒りに染まっている。しかし悲しみの涙も同時に流れていた。
「お前も!!アタイを傷つけるな!!」
激しい攻撃が続いた。ガオウは胸を差し出し跳ね返しもやり返しもしない。それを全て受け切るつもりだ。
一撃を喰らうごとに怒りを吸い出していく。それはガオウを伝って少年に流れる。1人では耐え難いほどの悲しみに涙が流れる。それを力に変えて尚も受け止め続ける。
気づけばマサヤとミネコが両隣に立っていた。カエデの苦しみを少年と一緒に受け入れようとしていたのだ。そのお陰で幾らか軽くなる。だが大人2人分の精神力を足してもまだ底が見えない。
「カエデ!俺の声を聞いてくれ!」
マサヤの気持ちが少年を伝ってカエデに流れる。それはカエデと同じように悲しみそれ以上に傷ついた男の記憶だった。
事故でもう一人の妹を亡くし壊れていく母の姿を目の当たりにし無情になっていく父の背中を見た男の目線だった。しかしそれでもマサヤは折れなかった。自分の人差し指を握る小さな手が力強く生きようとしていたからだ。
マサヤは過ぎ去る過去より今を生きる命を大事にしなければいけないと子供ながらに学びそれを信じるだけの真理を見たのだ。
「父上や母上のことはもう良いんだ!俺がお前を大事だと思うから!大好きだって思っているから!!」
それは真実の愛なのだろう。家族である事。それ以上の理由はいらない。より先の道を歩いていたからこそ辿り着いた場所だった。
するとカエデの体が止まる。けれど心の悪魔はまだ暴れていた。それを必死に押さえている。次第に体の輪郭がズレて見え始める。カエデと悪魔は分離しようとしていた。
もう誰も傷つけたくない思いと愛を歪んだ暴力で得ようとする思いが決裂したのだ。
(アタイに指図するな!!)
二人は完全に二つの個になった。カエデがその場に倒れて気を失う。分離した悪魔だけが残った力でガオウを殴りつける。次第に体は小さくなっていく。もう殆ど力は残っていない。それでもやめようとしない悪魔をガオウが捕らえた。
その目はまだ救いを求めていた。だがもう役目を終えた気持ちでいた。少女に自分はもう必要ない。消える定めだと腹を決める。
(早くアタイを殺しな!)
その小さな背中を何か温かいものが抱きしめた。それは目を覚ましたカエデである。
「ごめんね…。これからは目を逸らさないからちゃんと私が受け入れるから…」
二人の泣き声はハモるようにシンクロした。
そんな騒ぎを聞き逃す事なく向かって来るものがいた。それは人型の怪物。しかし瞳が白い薔薇となり葉と蔓のドレスを着飾る姿はまるで森の女王。その立姿は神々しく目を奪うほど美しかった。けれど白薔薇を人間の血で赤く染める事を何よりもの悦びとする殺戮者でもあった。




