第二話 天才と女子高生
お金のない中学一年生にはファミレスに通うための潤沢な資金は持ち合わせておらず仕方なく図書館に足を運び続けることになる。
それは幸運にも少年に二度目の衝撃を与えることになった。黒歴史になるはずだった黒板には新しい数式が書いてあり右下に少年の応用問題の答えが控えめにそこにあった。
背中に雷が走り抜け全身の毛穴が逆立つ感覚とともに胸が激しく高鳴り始めた。少年は震える右手を左手で支えながらまた答えを書いていた。
そんなやり取りがしばらく続く。文通も交換日記にも縁のない少年は確実に恋に落ちていた。しかしそれを自覚するのは随分後のお話だ。
少年は少女のことばかり考えていた。背丈は自分より大きいし少し垢抜けた雰囲気からも察することが出来たが制服姿を見て女子高生である事は間違いなかった。そしてこの辺では有名な超名門女子校である聖ビヤンヴニュ学院大学高等学校の生徒だった。
少女への評価はずば抜けて高くケラケラと笑われた記憶と神に誓った決意はとうの昔に深層心理の奥深くに封印されてしまった。
そんな恋心を嘲笑うかの如く今日も黒板に答えを嗜める少年の背後に不穏な影が迫っていた。
「へぇ、君が天才君かぁ」
少年は背中から心臓を射抜かれ蛇に睨まれたネズミのように硬直した。
「え?!君ってまだ小学生ぐらいじゃない?なんで解けるの?」
聞き捨てならない一言であった。確かにクラスでは一番前に並ぶぐらい背に栄養は回らなかったが自分はれっきとした中学生である。
それでなんとか動けるようになった頭と目で見たのはあの少女よりさらに大人びた殆ど大人の女性で全くの初対面であった。
「小学生じゃありません…」
「ん?なんて?」
「僕は!小学生じゃありません!!」
自分でも驚くほど大きな声が出たものだ。内心ビックリしている少年とは裏腹に女性はより興味が増した表情で口角を上げた。
「私ね。ずっと女の人が描いてると思ってた。だってこんなに字が綺麗だもの。この問題をここに書いてる娘もきっと自分の理想のお姉様が現れたんだわってそれはもう…」
女性は楽しそうに語り出した。誰かが少女が出した難問を翌日には解いて居なくなりそれを超える問題をさりげなく残す天才がいると。
「それがまさか君みたいな男の子だとはねぇ」
「あの…」
「なに?」
「できればこの事は秘密にしていてほしいんですけど…」
「え?秘密?なんで?」
少年は耳を赤く染めて子犬のような瞳で女性に訴えた。そんな眼を向けられたら鼻血が噴き出る性分の人間がこの世界に一定数存在する。彼女もその1人であった。
「い!いけない!」
女性は必死に鼻背を指で押さえて耐える。少年はそうとも知らずに「お願いします!」と頼み込む。この場合少年は単純にバレるのを嫌がっているだけに思えないでもないがこの時女性の頭に大量の血と酸素が行き渡ったことで必要以上に女の勘が働いたのだ。
「本当に!本当にお願いします!」
「えっとぉ。君って…もしかしてカエデに恋しちゃったのかな?」
「え?」
予想を上回る答えに少年の頭脳はスパークした。シナプスに重大な不具合を起こし意識は機能停止寸前まで追い込まれるのであった。




