第十九話 嫉妬と怒り
マサヤは昔懐かしい場所を目の前にした。自分はここでドラゴンの対処法について教え込まれた。しかし祖父が亡くなって以来足を踏み入れることはなかった。
「また蹴破る気?」
隠し扉をマサヤがどう対処したか見ていたミネコは冗談混じりにそうからかってみた。
「今度の俺は一味違うぞ?まぁ見てな」
そう言って自信満々に何でもない突き当たりの壁をノックした。そして「我は次代の師なり。弟子を連れてきた」と壁に呟いた。
壁は凹凸を持ち始め扉の形を持ち始める。左手でそのドアノブを捻り手前に引いて開ける。直ぐには中に入らず、余った右手でわざとらしく室内に手を差し出しすとレディーファーストを気取り紳士的な一面を演出した。
「さぁ、お嬢様方。お先にどうぞ」
キラリと歯を見せてドヤ顔で中へと案内した。足を骨折した少年に肩を貸す女性陣2人は顔を見合わせて対応に困っている。仕方なくミネコが答えた。
「流石です御曹司様。お先に失礼いたしますね」
片方の手でスカートの端を摘むような仕草をしてお嬢様風な雰囲気でノリに乗ってあげていた。一方、カエデは眉間に皺を寄せ唇をへの字に上げる表情で困った兄に精一杯のアピールをしてちょこんとスカートを摘む程度で済ませた。それでもマサヤは満足げだ。
部屋の中は謎の装置が奥に設置され中央が広く何もない。そこに少年を座らせてマサヤは何かを探し始めた。しかし中々お目当てのものが見つからず装置が発動しない。
「おかしいな確かこれを起動するとどんな怪我も一発で治るはずだが…」
そんな仕掛けもこの図書館にはあるのかと少年は期待して待っていた。ミネコが手間取っている様子から全体を観察して何かを閃く。
「ここに窪みがあるけど何か嵌めるんじゃない。鍵とか…」
その言葉でマサヤの断片的な古い記憶が全て繋がり父がこの装置を起動した時の動きが鮮明に思い出される。そこでは確かにこの窪みに鍵らしきモノが刺さっていてそれを動作の一番に回していた。しかし今ここにはない。
「父上が持っているのか…」
当てが外れたのが相当ショックだったらしく申し訳ない気持ちになっていた。
少年はそれを励まそうと平気なフリをして片足で立ってみせた。
「大丈夫ですよ。いざとなれば僕にはガオウがいますし…ほらこうやって1人でも…」
ガオウの肩に手を回して支えてもらう。そこを軸に何とか歩く程度の速さで移動してみせた。悪魔が見えない者にとってそれは奇妙な動きに映る。けれどガオウの紹介が済まされている者はまるで実体がそこにいるかのように見えていた。
「ガオウちゃん凄い!力持ちだね」
カエデは口の前で手のひらを合わせガオウを褒めてみせた。それは小さな子供に対する声色で母性が溢れている。そんな事をこれまで幾度も続けていた。しかしそれを不満がっている者がいる。
不満は頂点まできていた。それは1人の少女のトラウマを呼び起こすただの役割でしかなかったはずだ。けれどガオウの影響を受けて自分の存在に疑問を持ち始めていた。そこに答えを求めるように少女のトラウマを振り返った。
今から10年ほど前、少女の父は優しく母はよく分からない存在だった。何でも買って貰えたし父にベッタリだった。母は何処にもいなかった。死んだわけではないが病気で一度も会った事がなかった。だから余計に会いたかったしどうしようもなく寂しい時は兄が励ましてくれた。
お祖父様の存在も少女の心の支えだった。父が忙しい時はいつも会いに行った。どんなお話も夢があって好きだった。少女は勝手に探検家だと思っていたから自分も将来はそうなれると信じていた。
ある日、お祖父様が亡くなったと知った。けれど自分は黒い服を着せられて待たされるだけだった。お葬式が始まるとその所作を即席で教え込まれ言われるがままに時間がすぎていった。
涙が溢れたのは他の誰もが居なくなってからだった。お祖父様には結局会えなかった。本当に死んだのか信じることもできなかった。
そこから何もかもがおかしくなった。父は何も買ってくれなくなったし碌に話もしてくれなくなった。その分兄が優しくなっていった。少女は自分に原因があると思い込むようになった。だから良い子でいようと努めた。そうすれば優しかった父が戻って来てくれると信じて。
しかし数年後、少女は真実を知る。いとこのミネコちゃんが口を滑らしたのだ。自分が図書館の後継者に選ばれたから父が怒っているのだと。
少女はそんなことで自分は嫌われているのかと悲しくなった。次第にそれは怒りに変わり譲れない意地となった。しかし心の奥底には親の愛に飢えた憐れな自分がずっと塞ぎ込んでいたのであった。
「ずるい」
カエデの心の中に今までで一番鮮明に聞こえた。それは嫉妬。自分自身が爆発的にそれを燃やすのを感じた。突然熱を帯びる胸を抑えて苦しむ。
「うっ熱い、痛い!」
「大丈夫かカエデ!」
何が起こっているのか分からなかった。マサヤが背中をさすってやるが一向に収まる気配がない。
それを見ていたガオウだけがその真相を知っている。けれど何か言うわけでもなくそれが完全に現れるまで黙って見ていた。
そしてカエデは勢いよくのけ反った。白目をむき口から泡を吐いている。完全におかしい。介護していたマサヤは大パニックである。ミネコも心配して駆け寄る。
少年も行こうとしたがガオウは止めた。
(待て、もうすぐお前の出番だ)
何を意味しているのか分からないが少年はその言葉を信じて事の次第を見守る。そしてそれは現れた。
「離せ!私に触るな!!」
それはカエデを乗っ取った心の悪魔であった。




