第十八話 存在と感触
植物は実をつけるために花を咲かせるものだ。しかし図書館に現れたこの奇妙な蕊を持つ怪物は余りにも雌蕊と雄蕊を発達させていた。
二体は元から出会うために生まれてきた。それを本能で知っている。動物のような感情は持ち合わせていないがお互いを求める心のようなものは確かにあったのだろう。
目指すのは一つになる事だ。しかし植物ならではの方法を使って行われる。青い花は胸に嵌め込まれた球を抜き取り赤い花はそれを寂しそうに受け取った。
これは出会いと同時に別れを意味している。二体は抱擁をして出会えた事を共に喜んだ。青い花は生きる意味を未来に託した。体は色褪せて花弁が散った。
託された赤い花はその球を自分の胸の窪みにはめ込んだ。途端に膨張を始める。当初の面影を一切残さず大きな実に成長する。
まるで心臓のように脈打っている。それは卵のようでもあった。もう一時もすればそれは生まれるだろう。それは地獄までの余韻でしかないのであった。
その頃少年はまだ同じ場所から動けずにいた。足を骨折してしまっては地下水路を探索するのに足手まといになる。そんな怪我人をこの場に放置出来るほどカエデは無情にはなれない性格である。
2人は話し合った結果。しばらくはこの場所で待つことにした。ちょうど良いことにここは水路の水が合流するところだ。マサヤたちが自分達を探してここに辿り着く可能性は十分にあった。
その間2人はおしゃべりに興じる。
「悪魔の囁きって本当にやぁね。意地悪な試練だわ」
お互い手を重ね合って隣に座り試練に対処する。そこでカエデはおかしなことに今頃気が付いた。
「リクトくんは大丈夫だったの?…辛くなかった?」
少年は聞かれれば答えるつもりでいた。別に隠すことでもない。それは誰にでも出来ることでは無いし簡単に勧めれるようなことでも無い。ただ自分自身と真摯に向き合い克服することは可能であればやっておいた方がいいとそう思った。
「実は…」
カエデは半ば信じられなかっただろう。現にここには自分と少年の2人しか居ないのだ。悪魔がそばにいると言われても確かめようがなかった。
「リクトくん…そんな冗談だよね」
少年は突然1人でに何かを喋る。それはこの世の言葉ではない。音という概念では聞き取ることはできない特別な言語を当たり前のように喋るのである。
「カエデさん。今ガオウはあなたの目の前にいます」
ガオウはその体積を大幅に失い。元の大きさに戻っていた。その姿は赤ん坊のようだが羽と尻尾が一般的な悪魔の概念を彷彿させる容姿だ。まるでカエデにガンつけているように見えるが目つきが悪いだけである。
カエデは恐る恐る目の前に手を出した。指先に柔らかくて暖かいものが触れた。
「あっ」
確かにそこには何かがいる。ガオウは照れているようだが腕を組み目を逸らして誤魔化している。
「柔らかくて…小さいわ」
目に見えないものを手探りで撫で回した。このシルエットには覚えがあった。親戚の赤ん坊を抱っこさせてもらった時に確かこんな感じだったと思い出す。
しかし一部違いがあるとすればお尻の付け根に尻尾がある事と背中に蝙蝠のような羽とおでこに小さなツノが2本生えている事ぐらいだ。更に羨ましいほどのツルツルすべすべ肌が癒しの要素を持っている。カエデはおもむろにガオウを掴んで抱き寄せた。
「可愛いかも」
ガオウはされるがままである。遂には抱っこまでされてしまった。何か思う事があるのだろう。少年から生まれただけあってカエデを嫌いにはなれなかった。
「あなたがガオウちゃんですね」
見ることのできない容姿を想像してヨシヨシとあやす素振りをした。カエデがガオウばっかりに構っていると心の中で自分のものではない別の何かがジェラシーを燃やす気配がした。
(ずるい)
しかしそれは微かなもので気のせいに感じる程度であった。
すると靴音がこちらに向かって反響して響いてくる。話し声も聞こえる。それは少しずつ距離を縮め鮮明に聞こえる頃には誰が来たのかすぐにわかった。
「カエデ!リクト!居たら返事しろー!」
カエデが「ここよー!リクトくんもいるよー!」と返事を返した。それを聞きつけるなりマサヤが全速力でこちらに向かってくる。その目に薄らと涙が浮かんでいた気がしたが目の前までくるとそれは無かった事にされた。
その後ろからミネコが「良かったぁ無事で」と労いの言葉をくれる。しかし少年の足を確認すると「あら…無事じゃなかったみたいね…」と苦笑いになった。
「ちょっと折れちゃいました…」
少年も苦笑いで返す。ともあれ全員が合流できたわけだ。ここからは挽回の時間だ。4人が知恵を絞ればこの試練もきっと攻略できると皆が信じていた。
しかし地獄の始まりは刻々と迫っているのであった。




