第十六話 樹木と眠り姫
水路の道は棘のある蔓に塞がれた茨の道であった。隙間から見える向こう側は確かに明るい。敵の陰湿な嫌がらせでなければこの先がきっと出口である。
(俺に任せな)
悪魔は力を必要としていた。少年は思い出す。これまでの人生に起こった事をそしてこれからはもっと素晴らしい希望に満ち溢れた未来が待っていると強く強く念じた。
少年の心の中に小さな暖炉があった。それは燻るように小さく燃えている。そこに不安や絶望と言った感情が薪となって焚べられた。
胸が熱くなる。何かをやり遂げてやろという気持ちに火がついた。その熱が力となって悪魔に流れ込む。赤ん坊のように小さかった体はみるみると成長し少年と同等ほどの大きさにまでなった。
(十分だ)
悪魔は飛び出す。高速に繰り出された拳は次々と茨の蔓を切り刻み進路を拡大させていく。そしてあっという間に向こう側に辿り着いた。
(ざっとこんなもんだ)
前を向いたまま少年を横目で見て得意げに見せつけた。その力の片鱗は凄まじいもので生身の人間では真似できない特別なものに見えた。少年はその事を自分の事のように喜ぶ。
「凄い!君は何だって出来るんだね」
(君が諦めない限り俺は何だってやってやるさ)
風も水も全てそこに流れ込んでいた。全ての水路がここで集合しロータリーのようにまた他へ流れる。そう言う場所であった。
その中心にとても大きな樹木が生えて天井を突き破っていた。何かおどろおどろしい雰囲気を放っている。間違いなく試練に関係するモノだと少年は考えた。
床を這う極太の根っこを何本も乗り越えてようやく幹に辿り着いた。少年は木肌に手を触れて周辺を調べながら一周しようとした。そして半周したところで何かを見つける。
そこには囚われたカエデが意識を失って横たわっていた。すぐに生存を確認する。胸は僅かに上下し静かな息をしていた。
少年は良かったと安堵した。少女はひとまず生きている。それは喜ばしい事だ。しかし囚われているならこの場に敵がいてもおかしくない。そう思った次の瞬間。足に痛みを感じる。
木の根が足に絡みつき締め上げていた。そのまま皮膚に食い込む。骨が軋みこれまでの人生で感じたこともない激痛が走った。
「痛いぃ!!」
そのまま逆さずりに持ち上げられ振り回される。勢いがピークに達したところで少年は壁へと放り投げられた。
(くそ!やられた!!)
壁に激突しかけた時、悪魔は自分をクッション代わりにして少年を受け止めた。しかし足首は折れあらぬ方向を向いている。
「僕は大丈夫!!まだやれる!」
そのやる気に悪魔は頬が裂けるほど微笑んだ。少年はまだ諦めていない。流れ込んでくる力は無尽蔵だった。
(流石だ!リクト!!)
悪魔の体は急速に大きくなり筋肉隆々バキバキの巨体に成長した。その身長は4メートルを超えとんでもない威圧感を放っている。
(リクト!俺の名を言え!!)
急に何を言うかと少年は思った。しかしそれにはきっと意味があると信じられる。彼は今名前を必要としていた。悪魔は戦い少年は諦めない。その信頼関係が全ての理屈を超えて2人を更なる次元に誘う。
「ガオウだ!君は全ての苦しみを背負って戦う者!ガオウだ!」
(ガオウ!良い名前じゃないか!)
そんな2人を他所に樹木はカエデを隠すようにして取り込み始める。無数の凶悪な食虫植物を生み出し襲いかかってくる。ガオウはその全てを木っ端微塵に叩き潰しカエデのもとに向かう。
更に蔓や根がその手を阻むように真上から追い被さる。ガオウは毛糸玉のように絡め取られ身動きを封じられる。しかしそれも一瞬で粉砕する。
幹の付け根にはもうカエデはいない。既に樹木の中に取り込まれた後だった。
「カエデさんはまだ生きているんだ!その中から助け出して!」
(任せろ!)
ガオウは強力な拳を高速で炸裂する。幹は大幅に削り取られカエデの姿が一瞬見えた。しかし瞬時に組織は再生してまた隠れてしまう。
このままでは埒が開かない。少年は考えた。ただ闇雲に叩いて砕くのは効率が悪すぎると何かもっと素早く削り取る手段は無いものかと。
「ガオウ!回転だ!螺旋状にくり抜くんだ!」
(なるほど…名案だぜ!)
ガオウは自分の腰を何度も何度も捻り回した。悪魔が持つ強靭でバネのある筋肉はとてつも無い力が溜め込み始める。
それが最大に達したとき最強の一撃が繰り出された。
(いくぜ!名付けてダイナミックバーストスピニング!!)
けたたましい爆音とともに幹がこれまで以上の速さで削り取られる。樹木の持つ再生スピードとガオウの破壊の力は後者が遥かに勝っていた。そしてとうとう反対側まで貫通する。
ガオウの背後の樹木には巨大な風穴が開き向こう側に少年の姿が見えた。その手は親指を立て作戦成功を喜んでいる。
そしてガオウの腕にはカエデが寝台ごと抱き抱えられている。それを少年のもとまで運び地面に下ろした。
この激しい戦いの中よくもこんなに穏やかな寝顔を浮かべていられるのかと少年はちょっぴりと呆れた。
しかしこれを見るために頑張ってきたのかと思うと何となく報われた気がした。
(おい、何してんだ?やっちまえよ?なぁわかるだろ?)
ガオウは何とも悪魔らしいセリフを言い始めた。事もあろうにキスを想像させるジェスチャーまで披露する始末だ。
「こう言う時は天使が止めに入るんだけど」
(大丈夫さ。その時は俺が黙らせてやる)
少年は腕を組んでしばらく考えた。視線はカエデの唇から目が離れない。特に意味はないが、もしかしたらどこか怪我をしているかもしれない。特に意味はないが、その確認のつもりで少女の顔を覗き込んだ。
顔と顔そして唇と唇。その距離が確実に縮まっていく。そこに特に意味はない。そして目と目。
「え?なに?」
口が触れてしまう寸前で少年と少女は目が合った。その後少年はどうやってこの事態を切り抜けたか…ご想像に任せる。




