第十三話 過去とテクノロジー
ある男が図書館を訪れていた。カエデの父ナオスケである。昔を懐かしむように周囲を見回して立ち入り禁止区画に足を踏み入れた。
廊下の突き当たり丁字になった場所で彼は壁をノックして何かを唱えた。ノッペリとした壁は凹凸を持ち始めやがて扉の形になる。そこはカエデの見つけた隠し部屋とはまた違った部屋であった。
室内は驚くほど明るい。照明がある訳ではなく部屋全体が発光しているからだ。ナオスケの眼に厳しかった頃の若きゴウザブロウの姿が幻として見えた。けれどそれは彼の記憶に過ぎない。叱りつけられボロボロになっている少年は子供の頃の自分だ。
幼い少年は大きなドラゴンと対峙している。当たり前だが敵うはずもなく一瞬で炎に飲み込まれた。しかし死にはしない。すぐに未知の光によって体だけは瞬時に再生して無傷の状態に戻るのだ。
「ナオスケ!そんなことで泣くな!!本物はこんなものでは無いぞ!さぁ立て!」
ナオスケの耳に幻聴まで聞こえ始めた。この部屋に長居をするつもりは無い。普段の飄々とした雰囲気はなくひたすら険しい表情で何かを探す。それを見つけるとスーツのポケットに仕舞い込んで足速にこの場を去った。
挑戦再開に向けて4人は久方ぶりに待ち合わせていた。天高く聳え立つ高級タワーマンションを見上げ少年は視界がぐらぐらと揺れる錯覚に軽く眩暈を起こした。
案内するマサヤの後ろでカエデとミネコは「そう言えば来るのは初めてね」とキラキラした目で煌びやかな埃ひとつないエントランスルームを見ていた。
一方少年は身がすくむような気持ちに襲われる。それなりに不自由なく暮らしてきたつもりだったけどここは別次元の世界だった。エレベーターから何まで専用のカードキーが必要で置いてかれてしまわないよう必死について行く。
「ここが俺の部屋だ」
最上階がまるまるマサヤの住居になっていた。
庶民には手の届かない高級な作りに少年は何処にも触れる事なくイライラ棒になったつもりで部屋の中に入っていく。
そんな事はお構いなしにミネコが革張りのソファーを見つけるなり豪快にくつろぎ始めた。
「良いわーここ。もう住んじゃおっかなぁ」
ミネコほどではないがカエデも遠慮することなく座った。そして自分の隣に座るよう少年を手招きしてソファーをポンと叩いた。
「お前はこっちだ」
それを遮るようにしてマサヤが向かいのソファーに座ると同じくその隣に座らせた。男性対女性が向かい合って座る構図が出来上がる。自分と身長差が倍程もある男の存在感と威圧感は半端ないものであった。
少年は段々と押し潰され圧縮されているような感覚に襲われる。
「さぁ。始めますかねぇ〜」
和かに口火を切ったのは女子大生のミネコだった。メイドが持ってきたお茶とお菓子を摘みながらの打ち合わせが始まる。
次の試練に備えて4人が独自の方法で調べた事を順番に披露した。マサヤは千手財閥から祖父や父が図書館をどのようにして利用して来たのかを調べた。古来からこの日本国に堂々と君臨する千手家。その名は伊達ではなく常に技術の最先端を牛耳ってきた。その裏にはどうも千手図書館が関係していたようだ。
「我が千手財閥は図書館から何らかの形で未知のテクノロジーを得てきたようだ」
マサヤが取り出したのは「極」という赤丸が印字されたバインダーだった。中には外部には知られてはならない事実がファイリングされている。
「俺たちも使っているこのスマホの通信技術はブラックボックスとして秘匿されているがその正体はこれだ」
それは一枚のモノクロ写真とその実験記録だ。被写体は球体で沢山の細い触手を体から生やしている。後ろが透けて見えることから半透明である事がわかる。
詳しいことはわからないがこの謎の生命体が持つ触手は本体から切り離されても生き続け本体と何らかの方法でつながりを持っている事が解明された。その仕組みを解析し応用したものが現在使われている多次元移動通信システム通称MCSである。
それまでの移動通信システムを凌駕する高性能な速度と正確性で他の追随を許さず世界のあり方を一変させた。
「だがお祖父様の死後、目立った研究は減っているように感じる。これは図書館との繋がりが絶たれたからなんじゃないかと俺は考えている」
女性陣はなるほどと真剣な顔で頷いた。
「じゃぁ次は私ね」
ミネコが名乗りを上げた。
「もしかしたらナオスケ叔父さんが私たちに手を出してくるかもしれないから落ち着いて聞いて…」
それはこれからの活動に不穏な影を落とすものであった。




