第十話 宿命と親子
豪華絢爛とまではいかないがこのご時世にこれ程までに大きく、歴史のある屋敷を持つご家庭は数えるほどしかいないだろう。日本国で名家は?と聞かれてピンときた人ならば一番に千手家を答えるほどにこの国の経済界は多大な影響を与えられている。
会議室ほどの大きさの部屋にプレジデントデスクが一台だけ置かれている。そこに男が脚を組んで座っていた。額に刻み込まれた皺が齢50歳は超えている証のように思えるが飄々とした雰囲気のせいか時より若く見えてしまう。使用人が何かを報告している中、この男は終始ニンマリ顔を貫いている。
「マサヤ殿が千手図書館に入られたとご報告がありました。事は順調に進んでいる次第でございます」
ニンマリ顔の男はマサヤとカエデの父ナオスケであった。現在この千手家の現当主であり図書館の正統な所有者でもある。
「そうか。試練はどこまで進んでいるのかな?」
この使用人は図書館でよく目にする男だ。司書として働いている姿が度々見受けられた。その正体はカエデの近況をナオスケに伝える密偵であったのだ。
「それが詳しい事はまだですが竜の隠れ里か迷宮の蔓を手に取った辺りかと…」
「んん、それはまだ時間がかかりそうだな」
ナオスケは前当主であるゴウザブロウより試練の攻略法を叩き込まれた。それはもう大変厳しいもので成人するまで友人の1人も作る事が出来なかったぐらいだ。
しかし図書館の後継者は自分ではなく娘へと引き継がれた。
「あの力は私の為にあったものだ。必ず手に入れろ」
千手図書館の主人でなければ今後の千手家に繁栄は訪れない。ナオスケは神の番狂わせに屈するつもりは無かった。
その頃マサヤは妹であるカエデを何としても護ると誓ったあの日を思い出していた。それはカエデが生まれる数日前にもう1人の妹であったモミジが事故死した事をキッカケとした。
マサヤも父の次は自分が後継者となる為に祖父と父両者から攻略法を叩き込まれていたがゴウザブロウの死後、幼いカエデに資格が移行してしまったのだ。
それ以降、父はカエデに冷たく当たるようになった。しかしマサヤは危険な試練で再び妹を失うまいと決意を固めたのである。そんな事を想いながら少年の質問にようやく答えた。
「お前に千手家の事を知る権利はない。だが今は仲間だ俺の知っている事をお前に教えよう」
試練で最も死に直面するのはドラゴンが封じ込められた「竜の隠れ里」と言う本だ。後継者はまずここから教えられる。ドラゴンは挑戦者を執拗に追い立て殺す事を目的としている。
その間挑戦者達は消失した「竜の隠れ里」を図書館の何処かから見つけ出しドラゴンを沈黙させなければならないのだ。
「わかりました。他に見つける手がかりはありますか?」
「すまんがそれ以上はわからない」
それは嘘ではなかった。後継者の資格を得られないと知るとナオスケは途端に教えるのをやめた。
「私…わかるかもしれない」
そう答えたのはカエデであった。少女は祖父の些細な言葉を思い出していた。
(トカゲは虫を好んで食べる。だから虫は知恵を身につけるんじゃ)
祖父はこの試練の事を言っているのだとカエデは何となく感じた。
「なるほど、ドラゴンとトカゲですね」
「そうよ」
それでは虫とは何の事だろうか。ミネコはまさかと思い人形のように仕舞い込んだものを思い出してそれが入った鞄を突き出した。
「これよ!フェアリーよ!」
鞄のファスナーを恐る恐る開けた。そこには体操座りで縮こまる1匹のフェアリーの姿があった。
「この子がヒントね」
4本の視線を向けられフェアリーは遂に腹を括った。
フェアリーと意思疎通は困難を極めた。言葉も違えば種族も違う。スマホのアプリで翻訳をかけても何処の国の言語にも該当しなかった。
そして押し迫るドラゴンは直ぐそこまで来ていた。地響きは大きくなり遂にその咆哮が聞こえる距離まで迫る。
途端にフェアリーが忙しなく動き始め鞄の中から脱出しようと暴れ出した。それは常に一方を指し既に逃げる方向を見定めているようであった。
「あっちね。私たちも行きましょう」
駆け出した4人はフェアリーを羅針盤のように使って先に進む。そして辿り着いたのは一般公開されている大図書館室であった。
こんな騒ぎのせいかもう来館者は1人もおらずその代わりフェアリーの大群が天井を飛び回っていた。
「あれは!?」
少年の指差す方向に1匹のフェアリーがいた。しかしぎこちない飛び方である。何せ自分の体の3倍以上もある「竜の隠れ里」を持っているのだから。




