第一話 数式と図書館
本表紙はSAYA-saya様より頂いたものです。
オリラボマーケット並びにSUZURIにてグッズ販売しています。
https://twitter.com/saya_saya2022
「少年とJKと不思議な図書館」の完結記念を祝う
コラボアート(公式)として投稿させて頂きました。
切り絵を用いた大変手の込んだ作品です。
作中に登場する人物などを丁寧に表現しています。
是非とも小説と共にお楽しみ下さい。
学校と寝る時間以外は全て数式を解く世界に溶けて無くなる。家に居場所を無くした少年は青春の殆どを図書館の中で過ごした。とにかく数式を解いている時間だけは辛いことも何もかも忘れられた。
図書館には黒板があった。特に使われているわけでもなく、とある日までは深緑が一切の変化なく時が止まっていた。
静まり返った室内に学校で聞き慣れたチョーク特有の音が前触れなく聞こえて来ると黒板のあったところに赤毛の少女が立っていた。
少年は彼女が何を書いているのかすぐに解ったし書き終わるより前にその応用問題をすでに考えついていた。
彼女は数式を書いているのだ。けれども答えは書かず1人満足した顔で室内を後にする。1分に満たない僅かな時間だったがまるで時が止まったかに思えるほど彼女の横顔が脳裏に焼き付いて黒板を額縁に一枚の絵画がそこにあったと錯覚すらした。
それから黒板はそのままで時折彼女を思い出すきっかけぐらいにはなっていた。そんな少年に魔がさしたのは人が殆ど居なくなる滅多な瞬間であった。司書さんもそれを狙って船を漕ぎ始めるので天使の静止も聞かず少年は衝動で立ち上がり黒板へ近づいた。
少年は赤毛の少女が残した数式に落書きを書き加えるような気持ちで答えを書いて踊る筆で応用問題を右下の方に小さく控えめに書いた。
生粋のシャイボーイにはかなりハードルの高い悪戯だったと思う。再びやって来た少女はそれを見て大きな声で腹を抱えて笑いだした。少年は絶望的に後悔した。耳は真っ赤に燃えて今にも蒸気が耳鼻の穴から噴き出さんばかりにきまりの悪い気持ちが思考を埋め尽くした。
「あははははは!誰これ書いたの?」
「お嬢様お静かに…」
「あら、ごめん遊ばせ」
司書さんにたしなめされるとプリーツスカートの端を少し摘みお淑やかにお詫びを入れた。そして黒板を見て手帳にメモを残すと丁寧に数式を消して何処かに行ってしまった。
少女が居なくなったことでようやく息を止めていることに気がついた少年は生き返るように息を吹き返し懺悔をするかのように頭の中で自分がしでかした過ちと今のやりとりを反復させ二度と同じ間違いを起こさぬように数学の神様に祈りを捧げるのであった。