006 汗とトレーニングと銀髪美少女
「ふぅ……」
朝、庭でトレーニング。
日本よりも土地は広いのでまわりを気にせず外で行えるのはありがたい。
俺にとって日本で日常やっていたことはサルヴェリアでもやることに変わりはない。
昨日は飛行機の移動で出来なかったからな。
今日は朝と夕の2回しっかり鍛え上げないと……。
俺に出来る事は結局コレだけなのだから。
体幹トレーニングと持久力を付けるためのランニング。
型の練習もやらないと……。
日本では道場に通っていたが、こっちにもあるんだろうか。
サルヴェリアのイチローは武術を嗜んでいたという話を聞いたことがあるから……多分、あると思うんだが。
「おはようございます」
許婚のフィアナがてくてくとやってくる。
うーん、やっぱりこの関係を許婚と評すのは恥ずかしいな。
この関係を誰かに話すとして同居人……、友人……。しっくりくる言葉がないな。
遠縁と言っていたからやっぱ家族でいいかもしれない。
フィアナが余計なこと言わなきゃ変には思われないだろ。
「早いな」
「……レイジの方が早いと思います。いつもトレーニングをしてるんですか?」
「ああ、もう日課だな」
「いいと思います! 汗を流す日本男児、黒髪と汗! 大好物です」
「あんたのフェチがいまいちわかんねーぞ」
昨日ぐっすり寝てしまったフィアナを結局部屋まで送ることになる。
母さんに託すつもりが許婚が運ばなきゃねって言われて、部屋まで運ばされてしまった。
しかもニヤニヤと見やがって、息子の慌てる姿を酒のアテにしてやがる。
ババくせぇって言ったら落ち込んでたけど。
「昨日、かなり早くに休んだので……目が覚めてしまいました」
「そうだろうよ」
「……ありがとうございます」
「何の話だ?」
「……私をベッドまで連れていってくれたことです」
「母さんやシャロンかもしれないぞ」
そんなことはないと思いますと言わんばかりでフィアナはニコニコと笑う。
まったく調子が狂う。
実際俺が連れていったのだからこれ以上の否定は止めた。
「言っておくけど……変な所は触ってないからな」
「変なとこ?」
フィアナは首を傾げる。
「レイジはえっちなことに興味があるんですか?」
「ぶほっ」
「日本のアニメと漫画でよく見ます。ラッキースケベ!」
「あのなぁ」
「男の子……なら興味を持っていいと思います」
「そうか」
お言葉に甘えて……と俺はフィアナのすぐ側まで近づく。
「ふぇ」
「じゃあ……触ってもいいんだな」
「あ、え、……その、今!? えっと……」
フィアナは急にパニックになり始めた。
何となくフィアナの性格ってのが見えてきた。
大胆な発言をするが……実際はちゃんと考えて言葉を発していないんだろう。
素直というか何というか、だから攻められると発言の危うさを自覚して慌て出す。
「……あのレイジ!」
「冗談だよ」
ま、攻められないのは俺も一緒だけど。
理由なく、女の子の体に触れられないチキンにはこれが精一杯だった。
「むー……からかわれました」
「からかわれるような発言をする方が悪い」
お互いの性格がちょっと見え始めると会話が楽しくなる。
これを計算でやっているなら相当な悪女だ。
それはそれで楽しみ方があるのかもしれないが……。
「発言には気をつけろよ。勘違いするやつも多いと思うし」
「……分かりました。レイジにだけにします」
それも正直困るんだが……。
まぁいい。俺は負けず嫌いだから、カウンターをぶちかましてやる。
さてと……トレーニングを続けよう。
「まだトレーニングするんですか?」
「今日のメニューの半分もいっていないからな」
「そんなに汗だくなのに?」
「汗を出してるからだよ。ちゃんと水分補給はしている」
日本にいた時に使っていた親父特製のプロテインを持って来ている。
プロ御用達だけあって性能が凄いんだよな……。
いっぱしの中学生が買えるようなものじゃないと思うので詳しくは聞かないようにしているが。
フィアナはたたたっと走って家の中に入ってしまった。
会話に飽きたのかと思い、気にせずトレーニングを開始する。もう一汗かかないと。
「レイジ」
「おお!?」
家に戻ったと思ったフィアナが思ったより早く戻ってきていた。
手には大きめなタオルを持っている。
何をするかと思ったら……俺の頬に被せてきた。
「そんなに汗をかいて……放置したら風邪を引きますよ」
これからさらに汗を出す予定なんだが。
それにしっかり鍛えているんだ。風邪を引くわけがないだろ。
そんな想いもあるが……フィアナが嬉しそうな表情で体を拭いてくれることに身を任せてしまった。
本当に嬉しそうだ。
「ありがとな」
「どういたしまして」
「でもな」
「……?」
「俺以外にはするなよ」
「は~い」
分かって答えたのか、自惚れてんじゃねぇって思われたのか。
何となく他の人にはしてほしくないと思ってしまった。
漫画やアニメでよく見るシーンを実際にされるとむず痒くなってしまうな。
「ねぇレイジ」
「……」
「朝ご飯まで時間があるので……良かったら散歩しませんか?」
まだ俺はトレーニングの途中なんだけど。
でも……せっかく汗も拭いてくれたし……3月の空を歩くのも悪くない。
◇◇◇
俺とフィアナはサルヴェリアの大地を横に並んで歩く。
正直、郊外となると日本もサルヴェリアも変わらない。
道路があり、側溝があり、道草がある。近くには川があり、そこを通行するための橋もある。このあたりは整備もされているので散歩道とはしては良い所だ。
道路を通る車はサルヴェリアには自動車メーカーがないので日本車が多い。
フィアナが俺の中学時代の話に興味を示したので……話してやることにした。
「つまり……レイジはぼっち気味だったんですね」
「ぼっちじゃねぇよ。友達作りは苦手だったんだ」
「でも……昨日のアニメのBDといい、良い友達はいたんですね」
「ああ、知り合ったのは大したきっかけじゃないんだが……。すっごいオタク野郎で小遣いを全部使って……遠征とかしてたんだ。秋葉原にもよく行ってたな」
「秋葉原! 知ってます。私も行ってみたいなぁ」
「メイド服とか似合うかもしれないな」
「コスプレにも興味があるんです! ……いつかかわいい服を着たいな。レイジも見たいです?」
「べ、べつにそんな」
「でもメイド喫茶には行ったんですよね」
「行ってね……、いや一回だけ連れられたことがあったな。不思議な感覚だった」
「おいしくなーれってしてあげます」
「メイドについては漫画とか読んでるフィアナの方が詳しいかもな」
3月の風は冷たくて心地よい。
フィアナはコートに身を包み、俺もジャケットを着ている。
運動したから体は火照ってるが……次第に冷えていく。
でもまだ顔が熱いのは……運動したからだろうか。
「そう言うフィアナは友達はいたのか?」
「……いません」
「あんたもぼっちか」
「むー、お返しですね」
フィアナは少しだけ考え込む。その間が気になったが待つことにした。
「ところでレイジは王都の学校に通うんですよね」
「ああ、聞かなくても分かると思うけど通う学校……一緒なんだろ」
「はい!」
そうだろうな。違う学校だったらこの俺がこの国に来た意味がない。
それも考えて親父は俺をフィアナ同じ所に通えるように学校の手続きをしたはずだ。
「レイジと一緒に通うことが本当に楽しみです」
「そうなるとお互いぼっちにはならなそうだな」
「ふふ……そうですね」
たわいもない会話が続いていく。
散歩道の先には商店街があった。
文化が違うはずなのにこういう所はサルヴェリアも日本も変わらないな。
それにしてもさっきからフィアナはそっちの方に行こうと先導しているようにも見えた。
さては……。
「向こうに上手いメシ屋でもあるのか」
「ぎくっ! なぜ……分かったんです?」
「フィアナは食いしん坊だもんな」
「ちがいますぅ! 向こうで朝からやってる美味しい焼き串のお店があって……レイジにも食べて欲しかったんです」
「ふーん。そんなに美味いのか。それでいつも串は何本買うんだ?」
「えっと……モモにねぎまに皮に……ああ、つくねも捨てがたい!」
「やっぱ食いしん坊じゃないか」
ま、財布は持ってきてるし、小腹も減っている。
フィアナがオススメするなら買ってもいいだろう。
「本当に香ばしくて……焼き鳥最高ですよ!」
銀髪女が焼き鳥最高って言うのは変な感じだ。でもビールでも持たせて言わせてみたい。
サルヴェリアのイチローのおかげで日本の食文化はサルヴェリアに伝わっている。
ラーメンの屋台だってあるんだぞ。店主は金髪の大男だ。
そんな矢先、フィアナの足がぴたりと止まる。
「どうしたフィアナ」
「迷子でしょうか。女の子が泣き叫んでます」
こんな朝に迷子って……。
まぁ小さい子なら仕方がないか。
その時、俺は我が目を疑った。
小さい子どころか、俺やフィアナとそう変わらない年頃の子だったのだ。
この国では珍しい背中まで伸ばした黒髪が印象的で。
「ここどこなん!? わたしもう帰れないんやぁ……わぁあぁぁん!」
その子は日本語を話していた。




