010 貴族社会というお国柄
「どうだフィアナ」
「表面はかりかりで中はもちもちで柔らかくて、バターも蜂蜜も最高ですぅ。これならあと10枚いけます!」
「フィアナちゃん、何て言うてんの?」
「美味いってよ」
「ちゃんと通訳してえな。ま、顔を見たら分かるけど」
さくら特製のホットケーキにフィアナは満足といった所だ。
ホットケーキはたまに作るが……みんなで食べると美味しく感じるよな。
家でも作ってみるか。
さくらはにこりと微笑んだ。
「2人と知り合えて本当に良かったわ。コレで同じ学校やったら最高なんやけどな」
「さくらはどの学校に通うんだ?」
「王都のケスフェルエス王立学院ってとこに通うんよ」
その学校名を聞き、びっくりする。
「俺とフィアナが通う学校と同じだぞ」
「え、ほんまに! 嬉しい!」
「フィアナ、さくらはケスフェルエスに通うらしい」
「本当ですか! じゃあ、さくらと一緒に通えるんですね」
そうか……。さくらも同じに学校へ通うのか。
「よくケスフェルエスに入学できたな」
「わたしはサルヴェリア語はできへんけど、他の教科は得意なんやで。模試だって全国上位やし」
「マジか! あんなに泣きべそかいてたのに」
「それは言わんといて!?」
さくらは体を前のめりにして訴えた。
顔を紅くしてる所から自覚はあるんだろう。
しかし、俺が思うのはそこじゃない。
「でもさくら……ケスフェルエスは……」
「ただいま」
「お父ちゃん、おかえり~~!」
黒髪の壮年の男性がリビング入ってきた。
眼鏡をかかけて、優しげな顔立ちをした人だ。
この人がさくらやチビ達のお父さんってわけか。
「お客さんかな?」
「うん、零児くんとフィアナちゃん。さっき知りおうたんよ」
「そうか。ゆっくりしてい……」
そこでお父さんの動きが止まる。
「……オルグレイス侯爵の令嬢か」
日本語ではあったがそれはフィアナのファミリーネームで間違いなかった。
少し嫌な予感がする。
「すみません、彼女は日本語が分からないのでサルヴェリア語でお願いします」
「あっ、そうだね」
空気が変わりそうな気がしたので横やりを入れさせてもらった。
言葉に気付いたお父さんはサルヴェリア語で言葉を返した。
「せっかくだし、ちょっとお話しようか」
さくらに断りを入れて、さくらの父と俺とフィアナでお父さんの私室へ行く。
やはりさくらのお父さんはサルヴェリア語が堪能のようだ。
俺はさくらと出会った時の話をする。
「そうか、娘がお世話になったね。父として御礼を言わせてもらうよ」
「御礼のホットケーキを食べさせてもらいましたので……」
さくらのお父さんはフィアナを見る。
「まさか……噂のオルグレイス侯爵のお子さんがここにいるのにはびっくりしたよ」
オルグレイス侯爵。フィアナのファミリネームと同じで……侯爵。
家系のことについてはフィアナの会った後から母さんにある程度聞いている。
サルヴェリア王国の貴族家系の1つであるオルグレイス家。
フィアナはその一族の貴族令嬢だと知っている。
家ばっか調べて本人にまさかあんな世界一要素があるとは思ってもみなかったが。
「皆代様は王都で仕事をされているのですか?」
フィアナの問いにさくらの父、皆代さんは頷く。
「ああ、貴族と日本企業間での……ってさくらと同い年の君達に説明するにはまだ早すぎるかな」
「何となくは分かるのですが……」
実際に詳しくされてもピンとこないことが多い。
俺も両親の仕事の全てを理解してるわけじゃないからな……。
「さくらには……私の素性をまだ話さないで頂けますか」
「ああ、すまない。別に君達がどうってことはないんだ。オルグレイス家とはそこまでは関わりはないし、娘の交友関係にはとやかく言うつもりはないよ」
皆代さんは続ける。
「でもフィアナさんがそのお願いをするってことは……僕が知ってることは事実なんだね」
フィアナは頷いた。
「はい、噂になっていると思いますが基本全て真実です。私は現当主のオルグレイス侯爵の娘となりますが、母はオルグレイス侯爵夫人ではありません。本当の母は幼い頃に亡くなり、侯爵の庶子となります」
今の時代、ネットで探せばいくらでも出てくる。
サルヴェリアのネットを検索すればそういった貴族関係の噂話はいっぱい出てくるものだ。
「去年の君の世界一の騒ぎ。オルグレイス夫人が怒り狂ったって話は貴族界隈で有名だよ」
「私とあの人の関係はもう致命的なことになっていますから」
ちらっとスマホで関連ワードを検索してみる。
侯爵家の負の子供が世界一の称号を得て、貴族界が揺れたって書いてるな。
詳しくは知らないが恐らくフィアナは血の繋がらない侯爵夫人と仲が良くないんだろう。
それでフィアナは王都中心の貴族街には住まずに……四条家に身を寄せている。
フィアナはゆっくりと俺の袖を掴む。
「レイジ、隠していてごめんなさい。……言う勇気がまだ持てなくて」
フィアナは家族から離れ一人で……血を繋がらない家族の元で暮らしている。
この件を俺は直接フィアナからは聞いていない。俺が知ることでどう思うか、フィアナは不安なんだろう。
まぁ、ケスフェルエス学院に通う以上すぐにバレただろうが。
だがそんなことは些細なことだ。
「大丈夫だ。俺はそんなこと気にしない。今まで通りメシ食ってろ」
「ふふっ、……ありがとうございます」
もう少しかっこよく、俺はあんたと許婚だろと言えばよかったかもしれないが。
まだそれを言えるほど関係を深めてるわけないし、俺だって男前じゃない。
話題を変えるため皆代さんに声をかけてみる。
「それよりさくらもケスフェルエスに通うと聞きましたけど、大丈夫なんですか?」
皆代さんも少し表情を固くした。
「ちょっと不安なんだけどね」
ケスフェルエス学院はサルヴェリアの王国貴族が通う学院である。
生徒の大半は貴族生徒だ。日本とは根本的に違うと聞いている。
かつては爵位の違いでいろいろ悶着があったようだが……。
もちろん学力優秀な平民も通うことができるし、今の時代にそんな明確な差別やカーストが表だってあるわけではないが……、中はまだ根強くあるのがお約束だ。
「学院とも話はしてあるし……入試の成績が良かったから特待生として入学もできる」
「それであれば大丈夫だと思います」
そこはちょっと俺もよく分からないが、フィアナがそう言うのであれば間違いないだろう。
特待生だと何かあるんだろうか……。
「日本語が堪能な先生も手助けしてくださるようだ。……あと友人問題があったが」
「俺とフィアナが一緒に通うので手助けできると思います」
「そうか……ありがとう。君達には負担になるかもしれないが娘を宜しくお願いします」
◇◇◇
皆代さんと会話を終え、俺とフィアナはお暇させてもらうことになった。
さくらがマンションの前で見送ってくれる。
「ずっとサルヴェリア語で話してたから……全然分からんかった」
さくらが扉の前で聞き耳立てていたのは知ってたからな。
ま、この件はもう少し仲良くなってからでいいだろう。
「でも複雑っぽかったし……でも気になる!」
「まぁ、いつか話してやるよ。ちょっと家庭の話はデリケートな話題なんでな、俺からは言えない」
「ん、フィアナちゃんのことなんやろ。もっと仲良くなって力になるぅ!」
さくらとSNSのアドレスの交換もし、いつでも連絡が取れるようになった。
「フィアナちゃん、今日はありがとうな。学校始まるまで時間あるし、遊びにいこうな!」
「はい! さくらと一緒に遊びたいです」
通訳アプリを使用し、俺の仲介なしで会話をしている。
サルヴェリアで暮らしていく以上、この言葉の習得は急務なのでいずれさくらもマスターしていくだろう。
早く、通訳無くても話せればいいな。
「零児くんもありがとうな!」
元気いっぱいの黒髪の少女はぶんぶん手をまわして、俺達を見送ってくれた。
「……さくら。本当に良い子ですね。お友達になれて良かったです」
「そうだな」
「でも……」
フィアナは急に俺の前へ立つ。
「さくらが可愛いの認めます。見惚れてしまうくらい綺麗な顔立ちで黒髪も綺麗です。……でも私がレイジの許婚なんですから!」
フィアナが少し怒った様子で口を紡ぐ。
「もしかして嫉妬してるのか?」
「だって。ホットケーキ作ってる時の二人。黒髪同士でお似合いだったんですもん……。美男美女同士ですし」
「美男!? あんたに俺がどういう風に写ってるんだ?」
「黒髪の凜々しい日本男児です」
「そうか日本にはそんな奴が6000万はいるぞ」
フィアナの美的基準は本当に分からん。
だけど……世界一かわいいくせにそんな所を心配するんだな。
「許婚を差し置いて女の子と仲良くなるレイジにぷんぷんです」
「おいおい……」
「ふーん」
何か知らんがフィアナが怒ってしまった。
本当に怒っているかは分からないが機嫌はとっておこうか。
「許婚の機嫌が直るためにはどうすればいいのかねぇ」
「うーん、うーん。レイジに何してもらおっかなぁ」
「機嫌直ってるじゃないか。もういいだろ」
「あーっ! だったら」
フィアナは俺の手首を掴む。
「て、手を繋いで欲しいです」
「そんなことでいいのか?」
「はい……。お家に帰るまで」
手を繋ぐことなんて楽勝だと思い、フィアナの手を握ってみる。
「……」
「……」
フィアナの手のひらは小さくて柔らかくて繋ぎ心地はとても良かった。
そしてすぐに後悔することになる。
思ったより気恥ずかしくなってしまい挙動不審になってしまう。
止めればよかった。フィアナのやつはと思っているとフィアナもまた挙動不審になっている。
そうだ俺達……まだ昨日出会ったばかりだもんな。
許婚だけが先行してるけどまだお互いのことをよく知らないんだ。
「フィアナ」
「は、ひゃい!」
声が裏返る。
「早く学校に行きたいな」
「……。私もそう思います」
フィアナは少し驚いたように見せたが、すぐに笑ってみせた。
お互いの手の握りが少しだけ強くなった気がした。
次はお家の中でのお話。妹ちゃんとの触れ合っていきます。




