クモをつつくような話 2019~2020 その5
この作品はノンフィクションであり、実在のクモの観察結果に基づいていますが、多数の見間違いや思い込みが含まれていると思われます。鵜呑みにしないでお楽しみください。
9月30日、午前6時。
軒下のジョロウちゃんはまだ絶食を続けている。もしかして枠糸を切られたことに抗議してのハンガーストライキなんだろうか。それとも、もう1匹のお婿さんが現れるのを待っているのか? わからん。
午前11時。
買い物の途中でジョロウグモの雌が獲物を食べているところに出くわした。その円網にも雄が待機していたのだが、この雄が近寄ってくると雌は邪険に追い払うのだった。それでもまたそろそろと近寄ろうとしてまた追い払われるという繰り返しである。それを見ていて軒下のジョロウちゃんの円網に侵入してきたアシナガグモの雄(多分)がいたことを思い出した。ジョロウちゃんはアシナガグモを追い払おうとしなかった。そしてジョロウグモの円網に小型のイソウロウグモが同居していることもよくある。
さて、ここからは例によって推理でしかないのだが、成体に近いジョロウグモは円網に侵入してきたクモに対して寛容なのではないだろうか? コシロカネグモも小型のオニグモの仲間も侵入者を追い出したが、ジョロウグモの雌の場合は雄を受け入れる都合上、近寄って来たり、じゃまをしたりしない限りは追い払ったりしなくなるのではないかと思う。小さいから見逃すという説もあるようだが、体長10ミリクラスのジョロウグモでも1ミリほどの獲物を口にしていることはよくあるのだから。
午後5時。
先日ガを1匹とアリを2匹あげた体長12ミリほどのジョロウグモが円網をやめて不規則網風にしていた。つまりこの子も絶食を始めたのだ。これで絶食するジョロウグモは軒下のジョロウちゃんを含めて3例目になる。となると、これには何か意味がある可能性が高い。それはいったい何だろう? 今のところ、作者に思いつける理由は島嶼化だけである。島嶼化とは、物理的に孤立した島嶼部では利用可能な生息域や資源量が著しく制限されるために、生物が他の地域で見られるよりも巨大化するか、あるいは矮小化するという説だ。もちろんひたちなか市は島ではない。しかし、クモの場合は出囊直後のバルーニング以外は歩いて移動するしかない。したがってバルーニングしてたどり着いた場所から歩いて行けるくらいの狭い範囲が生息域になる。そしてひたちなか市は十王ダム周辺と比べて獲物の量がおそらく少ない。ということは、あえて大きくならずに比較的小さな体格のまま成体になってしまった方が有利になる場合があり得るのだろう。つまり、この子たちは大きくならないために絶食するのだ……と言えないこともないかもしれない。
おそらく十王ダム周辺にも大きくならない雌はいるのだろうが、獲物が豊富だと大きくなる雌の方が圧倒的多数になってしまって目立たないのだろう。ひたちなか市は獲物が少ないので大きくならないタイプの雌が多くなり、そんな子たちがたまたま多過ぎる獲物を食べてしまった場合に絶食して成長しすぎないようにしているんじゃないだろうか?
金子隆一著『ぞわぞわした生きものたち』(2012年発行)によれば、クモというのは「体が頭胸部と腹部に分かれ、一般にその中間が細くくびれる・進化した種では腹部の体節が融合して袋状になる・鋏角は鋭く針状に尖り、全体が牙化する・触肢の基部が口器の内葉をなす・原始的な種では2対、進化した種では1対の書肺+気管系をなす・原始的な属では腹部前方(第10、11節中央)、進化した属では腹部後方に糸疣(出糸器官)をもつ」などの形質を有するグループであるとされていて、これらの条件に合致する本当のクモは石炭紀後期末には生息していたらしい。ということは、大量絶滅だけでもペルム紀末、三畳紀末、白亜紀末の3回(その他に小規模な絶滅イベントが4回)を生き延びてきたということになる。クモが本格的に繁栄し始めるのはライバルがいなくなった新生代に入ってかららしいのだが、翅という移動手段を持たないクモが数多くの環境の激変を生き延びてきたのなら、獲物が十分に得られない場合でも種を存続していくための奥の手として変わり者(形質の多様性)を存在させていてもおかしくはないような気がするのだが、どうなんだろうかなあ……。
午後6時。
体長15ミリほどのジョロウグモに10ミリほどのカメムシをあげてみた。するとこの子は牙を打ち込んでから捕帯を巻きつけ……ようとしたのだと思うのだが、獲物からわずかに外れた位置の円網に捕帯を巻きつけてしまうのだった。ミスに気が付いたのかどうかはわからないが、この子は獲物にくっついている円網の糸を一部噛み切って、獲物がぶら下がった状態にしてから捕帯を巻き直した。おそらくは翅を広げていないカメムシのような獲物は狩ったことがないので狙いが狂ってしまったのだろう。ジョロウグモは生まれつきのハンターではあるものの、経験を積むことでより的確な狩りができるようになっていくということなのだろうな。
午後9時。
昼間のうちに捕まえておいた小型のガとピンセットを持って、先日コガネムシをあげたオニグモの所に行ったのだが、少し離れた場所で直径80センチクラスの円網に横糸を張っている途中の体長20ミリ近い個体しかいなかった。別の個体なのか、脱皮して大きくなったのかわからないが、他に適当なオニグモはいなかったので、横糸がまだ外周部分だけしか張られていない円網にガをくっつけると、この子は獲物に牙を打ち込んでから捕帯でぐるぐる巻きにした。やはり小型の獲物に対してはこういう手順が普通なのだろう。問題はその後で、獲物をホームポジションに持って行ったので食べるのだなと思っていたら、なんと、獲物をそこに固定してから横糸張りを再開したのだった。仕事が終わらないうちは飯にしないという、職人気質のオニグモである。これからは「オニグモの姉御」と呼ばせてもらうことにしよう。
予備のガが余ったので、近くにいた体長20ミリほどの右第四脚と左第二脚を失ったナガコガネグモ(円網の直径は30センチクラス)にあげてみた。すると、この子もいきなり牙を打ち込むのだった。先に捕帯でぐるぐる巻きにして動きを封じてから牙を打ち込むというのはバッタやアリのような強い脚を持つ獲物の場合のやり方なのかもしれない。
10月1日、午前7時。
軒下のジョロウちゃんは相変わらず絶食を続けている。
二日前にガをあげたオニグモの姉御は体が大きいので小さなガ1匹だけでは足りなかろうと思って行ってみたのだが、姉御は円網を残して引き上げた後だった。機会があったらまた獲物をあげてみようと思う。ぐるぐる巻きにするのが先か、牙を打ち込むのが先かを見てみたいのだ。
午前8時。
6本脚のナガコガネグモは円網の縦糸に直接お尻を押しつけながら横糸を張っていた。こういう張り方をする子もいるということらしい。本能にプログラムされているのは「縦糸に横糸をくっつけて円網を造るべし」というレベルまでで、細かい部分はそれぞれのクモが自分で考えるというシステムになっているのかもしれない。しかし……女の子にはきれいなお尻でいて欲しいものだな。〔……スケベ〕
※クモは縦糸に出糸器官を押しつけて横糸を張るということが後でわかる。
この6本脚ちゃんの円網にも体長12ミリほどのガをくっつけてあげた。すると、この子は駆け寄って牙を打ち込み、ガがおとなしくなるのを待って捕帯を巻きつけた。それが終わるとホームポジションに戻って爪のお手入れと屈伸運動である。ここまではいい。問題はその先だった。
休憩を終えて獲物の所に戻った6本脚ちゃんは、また捕帯を巻きつけ始めたのだ! 円網の糸に爪を引っかっけて引きちぎり、糸がなくなっている所まで脚で手探りしながら捕帯を巻きつけていくのである。それを終えるとまたホームポジションに戻って爪のお手入れ。さらに何かお尻を脚で触るような動作もしていたが、これはお尻の出糸突起の周辺に付いてしまった粘液を拭いていたのだろうと思う。
※実は出糸突起周辺も粘液でべたつかないようになっているらしい。
二回目の休憩を終えて獲物の所に戻った6本脚ちゃんは、またまた獲物に捕帯を巻きつけるとホームポジションに戻って休憩。それからやっと獲物をホームポジションに持ち帰って食べ始めたのだった。3回も捕帯を巻きつけるナガコガネグモは初めて見た。獲物の動きを封じるという意味では1回だけで十分だったと思う。この子はいったい何を考えているんだろう? まったくわからん。
※空腹ではなかったというだけのことかもしれない。食べたくはないのだけれど、獲物が身動きすると捕帯を巻きつけずにはいられない、とか?
午前11時。
軒下のジョロウちゃんが脱皮していた! 体長は20ミリほどに伸び、脚もかなり長くなって、いかにもジョロウグモという体型である。ここで脱皮ということは絶食は脱皮に備えてのものだったという可能性も出てくるわけだが、それにしては絶食期間が長すぎるかもしれない。そして、脱皮のタイミングを狙っていたらしい雄がジョロウちゃんの腹部の下に入り込んで交接していた。
ここでクモの交接について説明しておこう。これは昆虫や陸棲脊椎動物の交尾に相当する生殖行動なのだが、クモの生殖孔は腹部の腹面前方にあるので昆虫のように腹部の後端を直接くっつける「交尾」はできない。そこで雄は触肢の先端にあるスポイトのような器官に精液を吸い込み、それを使って雌の生殖孔に精液を送り込むというやり方をするのだそうだ。
クモも昆虫もその祖先は水中生活をしていた節足動物なのだろう。水中ならば雌が卵を雄が精液を放出するだけで受精できる。ところが陸上ではそういうわけにはいかない。昆虫はもともと生殖孔が腹部の先端にあったのか、それとも陸上生活を始めた後で移したかして交尾できるようになったのだろうが、クモは別のやり方を選んだということだ。ちなみにサソリでは雄が地上に置いた精包の上に雌を連れて行き、雌はその精包を生殖口から取り込むというやり方をする。これは婚姻ダンスと呼ばれているのだそうだ。
さて、ジョロウちゃんは明日の朝には円網を張るだろうから獲物を用意しておかなくてはなるまい。体長20ミリ以下のバッタか、10ミリのアリを何匹かというところだろうかなあ。脚が長くなったことだし、コガネムシを食べてくれれば楽でいいのだが……。何にせよ、お婿さんが間に合ってよかった。
午後1時。
バッタ1匹とアリ2匹をあげたジョロウグモは円網に戻していた。絶食していたのは最長でも四日間ということになる。ジョロウちゃんは9日間だから半分以下である。
ついでに体長12ミリほどのよく太ったガを捕まえた。これは明日の朝、ジョロウちゃんにあげようと思う。
10月2日、午前6時。
またハズレ。ジョロウちゃんは円網を張らなかった。まさか本当にこのまま絶食を続けて、太らないまま産卵するつもりなのか? 冗談のつもりだったんだけどなあ。ああっと、アリを食べさせたのがよくなかったのかもしれない。とりあえず、ガはナガコガネグモの6本脚ちゃんにあげることにしよう。
午前11時。
6本脚ちゃんは留守だったので、ガはまだ円網で待機していたオニグモの姉御にあげることにした。
姉御は予想通り飛びついて来て牙を打ち込むと、捕帯でぐるぐる巻きにした。そこまではいいとして、ホームポジションに獲物を持ち帰る時には獲物をお尻から出した糸で直接ぶら下げていたのだった。いやいや、獲物を落とさなければどんな運び方をしてもいいのだが……何かこう、獲物に対する敬意というか……まあいいか。
ホームポジションに戻った姉御はもう一度捕帯を巻きつけると、ガの頭部を消化液(多分)で濡らし始めた。その後、買い物を済ませてから見に行ってみると、ガは濡れた肉団子になっていた。なるほど、これならガをまるごと食べてしまえるから無駄がないのだな。クモは消化液を獲物に注入して外骨格の中身を液状にしてからそれを吸い取るという体外消化を行うものだと思っていたし、そういうクモばかりを見てきたのだが、こういうやり方もあったのだなあ。
昆虫の外骨格も多糖類やタンパク質でできているのだから消化できれば栄養になる。オニグモ以外のクモが昆虫の中身だけを食べるのは外骨格は消化しにくいからだろう。甲虫はともかく、ガのような獲物ならまるごと消化してしまえるからこそオニグモは最大の雌で体長30ミリに達するほどの大型化が可能になったのかもしれない。円網の糸がナガコガネグモと比べて細いような感じがするのも捕帯の量が少ないのもバッタのように暴れる獲物を狙っていないからだと考えるとつじつまが合うだろう。
午後4時。
細長いハエのような昆虫を捕まえてしまったのでオニグモの姉御にあげたのだが、今回はやたら時間をかけてていねいに捕帯を巻きつけているなあと思っていたら、落っことした! 垂直円網を張るクモの場合、獲物を手放したら地面まで落下してしまうのだ。これはあってはならないミスである。食事をしたばかりで集中力が低下していたということなんだろうが、クモが手(脚)を滑らせることもあるのだなあ。「猿も木から落ちる」と同じ意味で「クモも獲物を落とす」ということわざがあってもいいかもしれない。
午後5時。
軒下のジョロウちゃんが不規則網ごと姿を消していた。出産のために実家に帰ったのだろう。人間に掃除されてしまったとは思いたくない。
10月3日、午前11時。
近所で子育て中のヒメグモ2匹に弱らせたアリを1匹ずつあげた。この子たちはお尻のオレンジ色が薄くなっていたので、獲物を食べた後にお尻の色がどう変化するのかを見たいと思ったのだ。「あなたのお尻(の色の変化)見せてください」というわけである。〔セクハラはやめろというのに!〕
スーパーへ行く途中でガを1匹捕まえてしまった。最近ではガを見ると捕まえたくなってしまうので困る。心がクモに近づきつつあるのかもしれない。なお、ガはナガコガネグモの6本脚ちゃんが美味しくいただきました。
10月4日、午前8時。
もう一度アリをあげてヒメグモ母さんたちを枯れ葉の下から誘い出した。お尻のオレンジ色はやや濃いめになったようだ。が、ここでミスに気が付いた。片方を対照群とするなら両方にアリを与えてはいけなかったのだ。指導教官もいない素人はこういう初歩的な失敗もやらかすのである。
10月5日、午前7時。
ヒメグモ母さんの子どもたちがアリに群がっていた。この子たちはまだ1ミリにもなっていないのだが、冬が来るまでに独り立ちできるんだろうか?
そして、この季節にも体長10ミリ以下のジョロウグモやオニグモ、ナガコガネグモなどが見られるのだが、この子たちはいつ孵化したんだろう? そして冬はどうするんだろう? 昆虫だとおおむね成長段階が揃っているように見えるし、そうでないと繁殖にも支障があるだろうと思うのだが、これらのクモではいまだにいろいろな成長段階の個体が共存している。成体にならずに越冬する個体がいるのではないかとも思うのだが、ゴミグモ以外では春先から成体が現れる様子もない。もしかしてある程度成長したクモは、気温が上がって自分に相応しい大きさの獲物が現れる時期まで休眠しているんじゃないだろうか? ただ、そうすると一年の半分を休眠状態で過ごすということになるのだが……。
※ゴミグモやオニグモ、アシナガグモは休眠して越冬することもあるらしい。それに対して、ナガコガネグモやジョロウグモは越冬できないのだそうだ。
午前11時。
オニグモの姉御が円網で待機していたのでコガネムシをあげてみた。そうしたら今回は頭部と腹部が円網にくっついたままの獲物を豚の丸焼きを造る時のように脚で回転させながら捕帯を巻きつけるのだった。名付けて「必殺のバーベキューロール」というところである。前回のコガネムシの時とはだいぶ違うのだが、前回は作者が経験不足だったために円網に大穴を開けてしまったから、そのせいなのかもしれない。このやり方の方がスマートな感じだし。
今朝は少し雨が降ったのでだいぶ流れてしまったようなのだが、ナガコガネグモの6本脚ちゃんの円網の下のツツジの葉に白い汚れが付いていた。ナガコガネグモのウ〇コも鳥の糞のような液状らしい。なお、この子の円網の糸は汚れているようなので空腹ではないのだろうと判断して獲物はあげないでおく。
そしてこの子も円網に隠れ帯を付けていないのだが、その近くにいる体長10ミリの子と20ミリを超える子は隠れ帯を付けている。隠れ帯には紫外線を反射して獲物を誘引する効果があるという説もあるのだが、作者が観察した範囲では腹具合に関係なく、付けたい気分の時に付けているような気がする。
午後1時。
オニグモの姉御はコガネムシの胸部と腹部の境目あたりに口を付けていた。コガネムシの頭部が濡れているから、肉団子にしようとしたものの、甲虫の外骨格は硬いので諦めたのだろう。そして円網の隅には捕帯で包まれたガらしいものがくっつけてある。軒下のジョロウちゃんは小型の獲物から先に食べたのだが、大物から食べるのがオニグモ族のマナーなのか、姉御の個人的な好みなのかはわからない。これも今後の課題だな。そこらのクモたちに片っ端から大きな獲物と小さな獲物を同時にあげてみようかな。
午後3時。
アリの木の葉の裏にくっついていた長さ4ミリほどの白い綿のようなものが飛び立った! これは葉からの分泌物だろうと思っていたのだが、どうも雪虫だったらしい。ウィキペディアによると「雪虫とは、アブラムシ(カメムシ目ヨコバイ亜科アブラムシ上科)のうち、白腺物質を分泌する腺が存在するものの通称」で「具体的な種としては、トドノネオオワタムシやリンゴワタムシなどが代表的な存在である」「アブラムシは普通、羽のない姿で単為生殖によって多数が集まったコロニーを作る。しかし、秋になって越冬する前などに、羽を持つ成虫が生まれ、交尾して越冬のために産卵する」のらしい。井上靖先生の『しろばんば』という小説のタイトルの由来がこの雪虫なのだそうだ。
昆虫が飛ぶためには羽ばたき用の筋肉の温度を一定の範囲にキープする必要がある。つまり飛行中は恒温動物にならざるを得ないのだ。雪虫のような小型昆虫では体が冷えてしまいやすいので保温のために毛皮をまとったようなスタイルになったのだろう。ただし、表面積が増えるので風には弱いと思う。他の昆虫が普通の飛行機ならば雪虫は人力飛行機というところかもしれない。
というわけで、今まで「アリの木」と呼んでいたのは、実は「アブラムシに好まれる木」で、アブラムシが肛門から排泄する余剰な糖分が多く含まれている甘露を目当てにアリが集まって来るということのようだ。この木はもともと樹液に糖分が多くてアブラムシに好まれるのかもしれない。気にはなるが、葉の形などから樹種を同定できるほどの知識は持っていないので当面は「アリの木」と呼ばせていただく。あしからず。
午後4時。
オニグモの姉御の円網に固定されている捕帯を巻きつけられたガは2個に増えていた。スーパーには大きな駐車場を囲む植え込みがあるので獲物はけっこう豊富らしい。前回失敗したのに懲りて今回はしっかり取り付けてあるようだ。
10月6日、午前9時。
姉御の円網には1匹のガしか残っていなかった。コガネムシとガ1匹は食べてしまったらしい。体格に相応しい食べっぷりである。
10月7日、午前11時。
近所のヒメグモたちが子育てしていた植え込みが剪定されてしまった。人間もまたクモの天敵なのだからしょうがない。チャドクガの幼虫が群れていたので、それが抑止力になるかと期待していたのだが甘かったようだ。
オニグモの姉御はキープしてあったガを食べ終えて住居へ戻った後だった。円網の粘り具合からすると横糸も張り替えたようだから、まだ食べる気らしい。姉御は成体としては小さめだから、もう1回くらい脱皮するのかもしれない。
スーパーの近くで数本の太い縦糸だけにしていたヤマトゴミグモは横糸を張っていた。この子も絶食期間を終えたということらしい。もしかしてクモはイスラム教徒が多いのか?〔んなわけあるかい!〕
実際のところは多分、消化が間に合わないとか、脱皮が近いとかの生理的な要求があるんだろうと思う。
ここで隠れ帯について考えてみよう。少なくともゴミグモの仲間が円網に付ける細い隠れ帯は狩るには大きすぎる昆虫が気付いて回避してくれることを期待しているものなんじゃないかという気がする。仕留められないほど大きな獲物がかかったところで迷惑なだけだろう。それなら「ここに円網がありますよ。危険ですよ」とアピールすることも有効であるはずだ。逆に自分と同じくらいの小さな獲物の場合にはこの隠れ帯は大きすぎて小さな複眼では見えにくいか、隠れ帯だけ避ければ大丈夫だと思い込むかして円網にかかってしまうんじゃないかと思う。つまり、ゴミグモの仲間は獲物自身の視覚を利用して獲物を選別、というか、交通整理をしている可能性があるということだ。
そして、ジョロウグモがバリアーに付ける食べかすも同じ効果を狙っているものだと考えると無理がない。近所のナガコちゃんは隠れ帯を付けたり付けなかったりしていたが、獲物が頻繁にかかった時に隠れ帯を付けていたような印象がある。ナガコガネグモは円網にかかった獲物はすべて食べてしまうので、食べ過ぎを防ぐための隠れ帯だったのかもしれない。ということは作者は食べさせすぎていたということになるわけだ。とはいえ、「いやっ。やめて! 来ないで!」と言われると、逆に「よいではないか。よいではないか」と……。〔ヤ・メ・ロ〕
ええと、作者がこんなことを考えてしまったのは、アンドリュー・パーカー著『目の誕生』(2006年発行)を読み終えたからだろうと思う。作者には難しすぎて読み進めるのが少々つらかったのだが、少なくとも小さな眼は解像度が低いらしいということと、目立つことで捕食者を遠ざけるというやり方が5億年以上も前から行われていたらしいことがわかったのは収穫だった。
10月8日、午後2時。
ナガコガネグモの6本脚ちゃんが横糸を張っていなかった。もしかして脱皮するんだろうか。
ヤマトゴミグモは円網を張っている子が4匹にクモがいない円網が二枚だった。今日の最低気温は14度C、予想最高気温は16度Cだ。雨の影響も大きいのだろうが、これくらいの気温から休眠に入る子が現れ始めるんじゃないかと思う。
ゴミグモの仲間が卵で越冬するのか、幼体または成体のまま休眠状態で越冬するのかは調べきれなかったのだが、変温動物は気温が下がれば自動的に動けなくなるのだろうから卵でなくとも越冬できてしまいそうな気がする。そして、円網を張るクモが狙っているのは飛行性昆虫だろう。それはアリをあげた時のとまどう様子からも見当が付く。昆虫が飛べないような気温の中で円網を張っていても獲物はかからない。円網はタンパク質でできているのだから、これではコストに見合うだけの獲物を食べられないということになる。商売で言えば赤字だ。それなら昆虫が飛べるような気温になるまで営業を休止した方が赤字を抑制できるということもあり得るだろう。クモは個人事業主のようなもので従業員を雇っているわけでもないのだし。
※基本的に夜行性のオニグモは休眠して越冬するらしいのだが、24時間営業のジョロウグモやナガコガネグモは1シーズン限りの命らしい。
10月9日、午前6時。
今は曇りだが台風が接近中。
円網を張っているヤマトゴミグモは1匹だけになってしまった。
オニグモの姉御はどこかに隠れていたが、残されている円網の直径は約60センチだからここに引っ越して来た時ほどは飢えていないのだろう。他にはナガコガネグモの6本脚ちゃんと、よく太った20ミリクラスのおかみさんが円網にしていた。どうもナガコガネグモは天気が悪かろうが満腹だろうが円網を張ってしまうらしい。男らしいというか、鈍感というか……。
ナガコガネグモの場合は、空腹でなくても獲物がかかれば食べてしまうので太ってしまいやすいのだろうな。ただし、太っていればそれだけ多くの卵を産むことができるはずだから、これはこれで正解なのかもしれない。そうすると絶食するジョロウグモの方がおかしいということになる。これは……獲物を消化する能力に差があるということなんだろうかなあ。
10月10日、午前11時。雨。
円網を張っているヤマトゴミグモはいなくなった。多くても数本の縦糸だけになってしまったホームポジションで頑張っている子が多い(枠糸1本だけという子も1匹)。もしかしてヤマトゴミグモの横糸は雨に打たれていると切れてしまうんだろうか?
ナガコガネグモたちは相変わらず「雨ニモマケズ」をしているが、体長20ミリのおかみさんは隠れ帯を外していた。
ヒメグモの生き残り2匹は枯れ葉の下で耐えている。子育て中は子どもたちの側を離れるわけにはいかないということらしい。そのための枯れ葉の傘なのだろうし。
10月11日、午前11時。
スーパーの西側にいるジョロウグモが交接していた。この子も十王ダム周辺の子たちと比べるとお尻が細い。この大きくなる前に交接してしまうという行動は何なんだろう? 1月になってから産卵する個体も珍しくないのだから、もう少し成長を続けてより多くの卵を産んだ方が得だろうに。確実に種を存続していくために形質のばらつきが設定されているんだろうか? 非常に興味をそそられる現象ではある。
アリを食べている最中のオニグモの姉御に、さらにコガネムシをあげるということもやってみた。すると姉御は肉団子にしたアリを円網に固定したままコガネムシに捕帯を巻きつけ、それに口を付けるのだった。やはり大きな獲物から食べるのが姉御のやり方らしい。他のオニグモはどうなのか調べてみたいのだが、オニグモが狩りをするのは基本的に暗い時間帯なのでちょっと難しい。最近姿を見せなくなった街灯の近くのイエオニグモやズグロオニグモが来年も現れるようなら大きな獲物と小さな獲物を同時にあげてみようかなあ。
午後4時。
姉御はコガネムシをバラして、その胸部に頭を入れていた。オニグモらしい食べ方だ。機会があったらナガコガネグモにコガネムシを、オニグモにバッタをあげて、どんな食べ方をするか見てみたい。どちらもコガネグモ科なのだが、種によって得意とする獲物の大きさが違うかもしれないし、それぞれの個体ごとに食べたいように食べるという可能性もあるだろう。
なお、体長15ミリほどの緑色の毛虫と、同じく20ミリほどのオレンジ色と黒の毛虫も見つけたのだが、この時期にまだ毛虫をしていて冬までにサナギになれるんだろうか。もしかして孵化する時期を間違えた、のか?
10月12日、午前10時。曇り。気温12度C。
ヤマトゴミグモたちはほとんどが円網に戻していた。しかし、その円網には大量のゴミが付いている。いつ横糸を張り替えたかにもよるのだろうが、最大で45個付いていた。近寄ってよく見ると、それらはほとんどがぐるぐる巻きにされた体長1ミリくらいの昆虫らしい。雨がやんで気温も上がったので一斉に飛び始めた小さな羽虫が円網にかかり放題ということのようだ。それを片っ端からぐるぐる巻きにして円網に固定しておいて、順に食べていくつもりらしい。
小型の獲物が大量にかかるのは横糸の間隔が狭いジョロウグモの円網でも同じらしくて、場所によっては虫だらけになっていたりする。その中で珍しく動きまわっている体長20ミリほどの子がいたので近寄って見ると、小さな羽虫を集めて肉団子を造っているのだった。オニグモの姉御の肉団子よりもドライな見た目だったが、大型のクモが多数の小さな獲物を食べる場合には肉団子にすると食べやすいのかもしれない。ああ、そういえばナガコガネグモのおかみさんも肉団子らしい物を咥えていたことがあったな。
そんなわけで、困ったことに今まで作者がジョロウグモのウ〇コだと思っていた物は肉団子の残りかすだったという可能性が出てきてしまったわけだ。軒下のジョロウちゃんがお尻にぶら下げていたのはただ単に運ぶためだったのかもしれない。
しかし、そうなるとジョロウグモはどんなウ〇コをするんだということになる。クモ類のウ〇コは鳥の糞タイプだとしても、ジョロウグモの円網の下でそういう物を見たことがないのも確かなのだ。恥ずかしいからヒト目につかない所で排泄しているのか、あるいは少量ずつ排泄しているので見つけにくいのかもしれない。まさかとは思うが、食べかすの中に埋め込んでいるということもあり得るだろう。まあ、そこまでするだけのメリットがあるとも思えないのだが、人間には見当も付かないような理由があって、思いもよらないトリックが仕掛けられている可能性もまったくないとは言えまい。
現状で作者がクモを観察しているのは1日数分から30分程度でしかないのだが、ウ〇コが、もとい、運が良ければジョロウグモが排泄するところを観察する機会もあるだろう。その時はまた報告させていただく。
10月13日、午前7時。
ヤマトゴミグモの5ミリの二号ちゃんの体長が6ミリになっていた。ヤマトゴミグモの雌成体の体長は5ミリから6ミリらしいから冬が来る前にオトナになることはできたわけだ。
午前8時。
体長12ミリほどのジョロウグモが肉団子を咥えていた。何度も言うようだが、肉団子を造るというのはこの近所のオニグモとジョロウグモだけのやり方である可能性がある(地域の文化と言ってもいいだろう)。
作者が観察しているのは自宅を中心に半径数百メートルの範囲とクモが特に多い観察スポットがいくつかしかない。手や眼の届かない地域のクモたちが何をしているかまでは観察できない。「そんなの見たことないぞ」という方はひたちなか市でも観察してみてください。お願いします。
ナガコガネグモの15ミリちゃんは横糸を張り替えたばかりだったらしくて円網にI字形の隠れ帯を付けるところを見せてくれた。この子は下の方からホームポジションに向かってお尻を左右に振りながら捕帯用らしい幅広の糸の束を円網に直接お尻を押しつけるようにしてジグザグの隠れ帯を付けていた。上側には付けなかったが、一般的にクモが横糸を張る時には外側から内側に向かって張っていくので、隠れ帯の場合もホームポジションに向かって付けていくんじゃないかと思う。
ナガコガネグモのおかみさんは直径70センチクラスの円網の横糸を張り始めたところだった。この大きさだと完成までかなりの時間がかかりそうなので、迷惑なのを承知の上で小さなガをあげたところ、おかみさんもぐるぐる巻きにしたガをホームポジションに固定してから横糸張りを再開した。オニグモの姉御と同じく、食事よりも円網を完成させることを優先するということらしい。食事をしている間に獲物が縦糸の隙間を通り抜けてしまう可能性を考えれば当たり前のことなのだが、これは本能に従っているだけなのか、それとも学習の結果身につけたスキルなんだろうか?
午前11時。
真っ昼間だというのにオニグモの姉御はホームポジションで肉団子をもぐもぐしていた。作者が獲物をあげ続けたので「昼間の方が獲物が多い」と思い込んでしまったのだとしたら申し訳ない話である。
そして、断言できるほど見えたわけではないのだが、ナガコガネグモのおかみさんも15ミリちゃんも獲物を肉団子にせずに食べているように見える。ナガコガネグモは大物狙いのようだから大ざっぱな食べ方もありなのかもしれない。ジョロウグモやオニグモとは牙の形状や口の構造などにも違いがあるんだろうか?
10月14日、午前7時。曇り。気温17度C。
体長10ミリ以下のジョロウグモは1匹だけになっていた。他の子たちはみんな休眠に入ったんだろうか?
※ジョロウグモは越冬しないらしい。したがって、なぜ姿が見えなくなったのかわからない。
さて、今日もガを捕まえてしまったのだが、昨日は昼近くまで肉団子をもぐもぐしていたオニグモの姉御はいなくて当たり前としても、ナガコガネグモの15ミリちゃんも円網にいなかったし、おかみさんには昨日もあげたので、スーパーの西側のジョロウグモにあげることにした。すると、このお尻の細いジョロウグモはいかにもめんどくさそうに獲物をぐるぐる巻きにすると、ゆっくり近寄ってくる雄を邪険に追い払い、さらに地面に向かって逃げて行く雄が引いているしおり糸を巻き取ろうとした。雄は無事に地面まで逃げられたが、交接を終えた雌にとって雄は獲物でしかないらしい。まあ、成体の雌としては細すぎの体型だから食える物は何でも食ってしまいたいということかもしれない。
※3時間ほど後に見てみると、雄は円網に戻っていた。「この女は俺のものだ。みんな手を出すな!」と宣言しているようにも見える。ジョロウグモの雄も大変なのである。
しばらく前に見た時にはお尻が黒かったヒメグモとオレンジ色だったヒメグモにもアリを1匹ずつあげたのだが、枯れ葉の下から出てきた2匹のお尻はどちらも薄いオレンジ色になっていた。これはどうもちゃんと食べていないということのような気がする。このまま親子揃って越冬するつもりでいるんだろうか? 変温動物は気温が下がれば自動的に休眠に入ってしまうのだろうし、体内の水分が凍りついてしまわなければ死ぬこともないだろう。一年の半分を休眠して過ごすというのならきわめてエコな生き方だと言える。うらやましい。〔あなたは人間よ。人間なのよ!〕
冗談はともかくとして、クモたちは冬に向けての準備を始めているようだ。そうなると心配になるのがオトナと言える大きさに達しているオニグモの姉御やナガコガネグモのおかみさんである。ジョロウグモのカップルはそこら中にいるというのに、この2匹の円網には雄がやって来る様子がない。これで冬が来る前に交接して産卵までできるんだろうか? それともこの大きさでも産卵せずに越冬できるような生理メカニズムを備えているんだろうか? 何度も言うようだが、クモには翅がない。雄が雌のところにたどり着けない可能性も昆虫に比べて高いはずだ。そういう場合のための対策があっても不思議ではあるまい。
ジョロウグモたちの場合も体長12ミリから15ミリくらいの雌とそれより小さい雄のカップルがたくさんいる。これからは獲物も少なくなるだろうから、10月でこの大きさの雌たちが成体になれるほどの獲物がかかるとは思えない。同棲したまま仲良く越冬するんだろうか?
※実はジョロウグモが狙っている小型昆虫は冬でも飛んでいることが後でわかる。
10月15日、午前7時。曇り。気温16度C。
オニグモの姉御は円網のホームポジションで待機していた。ナガコガネグモ3匹も横糸を張り替えたようだ。ヤマトゴミグモたちもホームポジションにいるし、ヒメグモのお母さんたちも枯れ葉の陰でもぞもぞしている。しかし、もうバッタもガもほとんどいないのだ。体長2ミリ以下の羽虫はまだ飛んでいるようだが、手でつかめない大きさの獲物では手に負えない。しょうがないので簡単に捕まえられるアリをあげることにする。
アリの木を改めて観察すると、下の方の葉にはワラジムシも何匹か乗っている。やはりこの木の葉からは何か虫に好まれるものが分泌されていて、それを目当てに虫たちが集まって来るということのようだ。要するにこいつらは甘い汁を吸っているのである。
「おぬしもワルよのう。ええ、上州屋ぁ」
「なんのなんの。わたくしなど、お代官様に比べますれば、まだまだほんのひよっこでございますよ」
「わーっはっはっはっはっはっ」
というような会話が行われているのかもしれない。〔んなわけあるかい!〕
スーパーの西側のジョロウグモには細長いハエのような昆虫をあげたのだが、この子はまったく動かない獲物を脚先でチョンチョンとつつくと円網から外して捨ててしまった。どうもゴミだと認識されてしまったらしい。地面に落ちた虫はすぐに動き出したから、本能の中にクモの円網にかかった場合は動きを止めるというプログラムが用意されているのかもしれない。狩られる方も黙って狩られるばかりではないということである。ああっと、産卵が近いのでいまさら食べても意味がないという可能性もあるかもしれない。どっちだかわからんな。
10月16日、午前9時。曇り。気温13度C。
ほとんどのヤマトゴミグモは円網を縦糸だけにしていた。他に糸を張り替えていないらしい子が1匹。ちゃんとした円網にしている子は1匹だけだ。大量の羽虫で満腹になったのかもしれない。
オニグモの姉御はどこかに隠れているが、ジョロウグモとナガコガネグモは全員円網で待機しているようだ。
昨日10ミリクラスのアリを5匹あげたナガコガネグモのおかみさんはI字形の隠れ帯を付けていた。やはりこれは「食欲ありません」というサインと見るべきだろう。馬場祐希著『クモの奇妙な世界』(2019年発行)には「この装飾物の機能は古くからクモ研究者の関心を引き、「天敵から身を守るための役割」「太陽光を反射して体温の上昇を防ぐ役割」「紫外線を反射して餌を誘引する役割」など、様々な仮説が提唱されてきました」という記述と「おそらく種によってその機能は違うと考えられる」「カタハリウズグモは空腹状態に応じて2つの型の白帯を使い分ける。すなわち、餌が多く取れるときは「線型」の白帯を付けるが、餌が取れずに飢えてくると「渦型」の白帯に変える」などの脚注がある。要するに決定的な仮説はまだないということらしい。
作者としては、ナガコガネグモの隠れ帯に限っては獲物を遠ざける作用があるような気がする。昆虫の眼は紫外線まで見えるそうだから、昆虫は紫外線を円形に反射するものが好きで、細長い反射源は嫌いというような事情があるのではないだろうか? ただ、そうするとコガネグモのX字形の隠れ帯はどういう作用を持つんだということになるわけだが……やっぱりわからんな。
さてさて、今日はジョロウグモの排泄物らしいものを2個見つけた。それはクモとしては一般的な鳥の糞のようなものだったが、サイズが非常に小さい。その子の円網の下にある黒い鉄製のフェンスの垂直面に残った白い筋は、同じくらいの体長のコガネグモ科のクモのウ〇コと比べるとおそらく半分以下のサイズではないかと思う。この大きさでは見落としてしまうわけである。このウ〇コの小ささは消化器官の構造か、あるいは消化能力がコガネグモ科のクモとはまったく違っているということを表しているんじゃないかと思う。専門のクモ研究者の判断基準がどういうものだったのかは知らないが、これもジョロウグモ科として独立させる理由の1つになるのではないだろうか?
「コガネグモ科とは違うのだよ。コガネグモ科とは!」〔長いって〕
午後3時。
まだ曇っているので近場でサイクリングしたのだが、20キロほど走った所でジョロウグモが多いポイントを見つけてしまった。気になったのでUターンして近寄ってみると、そこには十王ダム周辺にいたジョロウグモたちと遜色ない大きさに育った子もいたのだった。
以前、ひたちなか市のジョロウグモの雌は大きくならないようだと言ってしまったのだが、間違いでした。すみません。訂正させていただきます。ただ、すぐ近くにはやせ型の子もいたから、やはり問題は成長の途中における獲物の量であって、作者の自宅周辺は特に獲物が少ない環境だっただけということのようだ。ジョロウグモを育てて観察できる方にはぜひ、獲物が豊富な環境と不十分な環境で平行して育ててみるという実験をしていただきたい。そして、余裕があるなら作者がやったように、獲物が少ない環境で育てておいて、成体になる直前になってから十分な獲物を与えるということもやってみていただければ面白い結果が得られるんじゃないかと思う。
クモらしい姿形のクモが地上に現れたのは古生代デボン紀あたりらしい。翅を持たないクモが3億年もの間生き続けてきたのだから、人間には想像もできないような生き残り戦略を持っていても不思議はないだろうと作者は思うのだ。
10月17日、午前6時。
スーパーの西側にいるジョロウグモが張っていた糸に傘を引っかけてしまった。円網の平面に直交する方向に伸びていた1本の糸が通路を横切っていたのである。ジョロウグモは円網から離れた場所に産卵するということらしいので産卵場所へ行くための糸の道だったのかもしれない。悪いことをしてしまった。
10月18日、午前7時。
オニグモの姉御は留守だったが、円網の横糸が張り替えられていた。実家へ帰ったのだろうと思っていたのだが、食休みをしていただけのことらしい。しょうがないので寒さで動けなくなっていたガを円網にくっつけておく。夜が来るまで外れなければ食べてもらえるだろう。
そして、これは単なる印象なのだが、オニグモの円網はジョロウグモやナガコガネグモのものと比べて劣化しにくい、つまり横糸の粘球が粘りけを失うまでの時間が長いのではないだろうか? それなら昼間かかった獲物を夜になってから食べるのにも便利だと思う。そういう高性能な横糸を獲得したからこそ夜行性になれた……と思ったら大間違い。馬場祐希著『クモの奇妙な世界』(2019年発行)によれば、もともとクモは夜行性で、昼間でも円網で待機する方向へ進化したのがジョロウグモやナガコガネグモなどであるのらしい。ということは、横糸が劣化しやすくなるように進化したことになるわけだ。いずれにせよ、自然選択によって最終的なコストが低くなる方向へ向かっていくことになるのだろう。少しくらい余計なコストがかかっていても、それがすぐに絶滅に繋がるというものでもないのだろうし。
ナガコガネグモたちも横糸を張り替えていたので円網にアリを投げ込んであげた。その時に気が付いたのだが、アリの木では5ミリ以下のアリが少なくなって10ミリクラスのアリが多くなっていた。働きアリが成長するとも思えないから、おそらく、もっといい餌(虫の死骸とか?)が手に入りにくくなったので、せめて炭水化物をということで、アリの木に来ることにしたのだろう。冬が近いのだな。と思ったら、近所の駐車場の隅ではホトケノザが咲き始めていた。まだ10月だから「秋来たりなば春遠からじ」である。〔花期が長いというだけだ!〕
午後1時。
ガを食べ終えたらしいオニグモの姉御が円網にいたので実験を開始する。今回のテーマは「2匹のアリがほとんど同時に円網にかかった場合のクモの対応」である。ちなみにナガコガネグモのおかみさんは今朝、両方のアリをぐるぐる巻きにして円網に固定してから1匹ずつホームポジションに持ち帰って食べていた。これはヤマトゴミグモたちと同じやり方だ。
姉御はというと、1匹目のアリをぐるぐる巻きにしてから2匹目も巻き込んで、大きな肉団子にしてから口を付けた。さすがに職人気質の姉御。匠の技である。ただ、体長20ミリ、お尻の幅も15ミリ近くという体格だとそういうやり方もできるということなのかもしれない。来年以降はもっと若いオニグモでも実験してみたいものだ。
ただ、昼間から姿を見せているというのは気になる。本当に昼行性になってしまったんだろうか。冗談のつもりだったんだけどなあ。
ジョロウグモの15ミリちゃんの場合は、円網の上でもがいている2匹目のアリをそのままにして1匹目のアリを食べ始めた! 逃げられたらどうするんだ! ああっと、これはまだ体が小さいから1匹ずつ確実に食べようということなのかもしれない。ただし、ガを1匹とアリ2匹をぐるぐる巻きにしてから順に食べていったジョロウグモもいたからこれは各自の個性か、その時の腹具合によるということなのかもしれない。今後も実験を重ねていけば何らかの傾向が見えてくるかもしれないので少しずつでもデータを集めていきたいと思う。
10月19日、午前7時。
オニグモの姉御はどこかに隠れている。昼行性になったわけではないようだ。一安心である。
今日は円網の外側部分にだけ横糸を張っているクモたちが目に付いた。ヤマトゴミグモが2匹とナガコガネグモの15ミリちゃんだ。あまりの寒さに途中でくじけたのか、あるいは、寒さに強い昆虫以外は飛べないのだから無理をする必要はないという判断なのかもしれない。
ジョロウグモたちは基本的にいつもと変わらずに円網にしていたが、体長12ミリほどの子だけは円網をやめてバリアー風にしていた。獲物が十分だとは思えないから脱皮の準備なのかもしれない。
ナガコガネグモのおかみさんは横糸を張り替えた様子がなかった。ごくゆっくり円網を揺らしているからダイエットするつもりなのかもしれない。
ナガコガネグモの6本脚ちゃんはI字形の隠れ帯を付けていたのだが、またガを捕まえてしまったので円網にくっつけてあげた。〔押し売りはよくないぞ〕
6本脚ちゃんは素早くガに駆け寄って捕帯を巻きつけると休憩に入った。けっこう長い時間休んでからまた捕帯。もう一度休憩を挟んでからホームポジションに獲物を持ち帰ってからまたまた捕帯。予想通り食欲がない時のパターンである。休憩している時間が長いのは、体が冷えていて長い時間動き続けるのは無理がある、ということなんだろう。それでも「だって、そこに獲物がいるんだもの」と食べてしまうのがナガコガネグモなのだ。
そしてジョロウグモの15ミリちゃん。このやせ型体型の子もちゃんと横糸を張り替えていたので、食欲があるのだろうと思ってアリを1匹投げてあげた。するとこの子は、獲物にゆーっくり近寄って牙を打ち込み、ゆーっくり捕帯を巻きつけて、ゆーっくりホームポジションに持ち帰ったのだった。ナガコガネグモの6本脚ちゃんとは違って、暖かい時とまったく同じ手順でスピードだけを遅くしたのだ。これは個性なのか、それとも種レベルの違いなのかを調べてみるのもいいかもしれない。とにかくクモはわからないことが多くて面白い。もちろん、基本的に近寄っても逃げないというのも大事なポイントだ。
午後1時。
ナガコガネグモの6本脚ちゃんにアリを2匹、時間差を付けてあげてみた。するとこの子は口に咥えたままの捕帯を巻いたアリと2匹目のアリにまとめて捕帯を巻きつけてひとかたまりにしたのだった。つまりオニグモの姉御方式である。何だこれは? なぜおかみさんと同じやり方をしないんだ? 個性……なんだろうか? ただし、これは作者の側のミスなのだが、二匹目をあげるタイミングが早すぎたような気もする。1匹目を円網に固定したのを確認してからあげれば違う結果になった可能性もあるわけだ。実験条件に注意して追試をするようだな。まいったまいった。
10月20日、午前10時。
スーパーの近くの植え込みに体長80ミリほどの小柄なカマキリがいた。面白そうなので指を近づけていくと、この子は顔を向けてくれたので、さらに近づけていくと、コロンと横倒しになってしまったのだった、どうも顔を横に向けたまま上を向こうとしたので首の可動限界を超えてしまったらしい。顔を前を向けたまま体ごと指に正対すればいいだろうに……。カマキリにもドジっ子がいるのだなあ。
午前11時。
小春日和である。さすがにガやハチが大量に飛んでいる。なるほど、クモたちが横糸を張り替えるわけだ。
今日もガを捕まえてしまったのでオニグモの姉御が留守にしている円網にくっつけると、姉御が近くのツバキの木まで引かれている係留糸の上を駆け寄って来た。どうやらそこに住居があって、ちょうどお化粧が済んだところだったらしい。〔クモは化粧しない〕
もっと面白いのはその後で、姉御は獲物の脇を通り過ぎてホームポジションまで行ってからUターンして獲物に飛びついたのだった。どうも、係留糸に伝わる振動で獲物がかかったのはわかるものの、どこにかかっているのかはホームポジションからでないとわからないようだ。わざわざホームポジションに戻ってまで円網を揺らしたナガコガネグモがいたこともあるから、クモたちにとってホームポジションというのはそれだけ重要な意味を持っているということなのだろう。
ナガコガネグモのおかみさんは円網にI字形の隠れ帯を付けていたのだが、作者は以前あげ損なったコガネムシを見つけてしまったのだった。間が悪いとしか言いようがないのだが、これは千載一遇のチャンスでもある。ここはクモの神様のお導きを信じてコガネムシを円網にくっつけてあげることにする。〔科学の神様? 矛盾してないか?〕
なんのなんの、神道には八百万の神々がいるのだから、その中にはクモの神様がいてもおかしくはないだろう。当然キリスト教の神様やイスラム教の神様もいるはずだ。
話を戻すと、おかみさんは円網の反対側へ逃げたのだが、つま弾き行動をしながら少しずつ近寄って来て捕帯を巻きつけ始めた。ビンゴ!
しかし、うまくいったのはここまでで、おかみさんはいつまでも必殺のバーベキューロールで捕帯を巻きつけるのをやめないのだった。どうも、心は「食べたくない」と言っているのに、体の方が「そこに獲物がいるんだから」と勝手に捕帯を巻きつけてしまうという感じだ。
午後2時。
おかみさんはぐるぐる巻きにしたコガネムシを円網に取り付けたまま、所在なげにホームポジションで待機している。本当に食欲がなさそうな様子である。これはもしかすると、どちらも名前に「コガネ」が入っているから共食いのような感じがしていやなんだろうか?〔んなわけあるかい!〕
実際のところは、お婿さんを迎え入れるために食欲が抑えられているという状態だろうと思う。白馬に乗った王子様を恋い焦がれるあまりにご飯が喉を通らない。なんて乙女チック……などと思ってはいけない。食欲がないのなら横糸を張り替えなければ獲物がかかりにくくなるだろうし、いっそのこと、軒下のジョロウちゃんのように円網そのものを張らずに絶食してしまうという手もあるはずだ。それをしないというのは、ジョロウグモのように無益な殺生をしないというレベルまで進化していないということなんだろう。まあ、これはこれで、楽しむためにライオンやゾウを撃ち殺したり、食べる気もないのに魚を釣って、苦しめるためにリリースする悪鬼羅刹のような人間どもの共感は得られやすいのだろうけど。
10月21日、午前11時。
ナガコガネグモのおかみさんはぐるぐる巻きにしたコガネムシに脚先を置いているが、食べている様子はない。円網にも大穴が開いているので「食欲はないけれど手放す気にもなれないの」というように見える。お婿さん募集中のせいだと思う。
ナガコガネグモの15ミリちゃんの円網には指を置いてみた。15ミリちゃんは駆け寄って来て作者の指を抱え込み、さらに触肢でもしょもしょして、納得するとホームポジションに戻っていった。近所のナガコちゃんは自分の何倍もあるバッタやアブラゼミまで狩っていたのだから作者の指くらいなら獲物だと判断してもいいはずなのだが、なぜ襲わないんだろう? 作者は抵抗しないのでゴミだと思われているんだろうかなあ。
午後4時。
オニグモの姉御は横糸を張り替えているところだった。途中からしか見ていないが、まず足場糸(これは粘らない糸らしい)と呼ばれる糸を外側に向かって間隔の大きく開いたらせん状に張って、次に外側からホームポジションに向かって横糸を張っていくのらしい。ただし、『日本のクモ』には「コガネグモ科、アシナガグモ科では横糸を張る時に足場糸を切るが、ジョロウグモ科は切らない」と書かれているのだが、ウィキペディアでは「足場糸が横糸を張る邪魔になると、その足場糸は切る。最終的にはすべての足場糸は切り捨てられ、細かく横糸が張られて完成する」としか書かれていない。うちの『日本のクモ』は2006年発行なので、その後にちゃんとした観察が行われたのか、ウィキペディアに書き込んだのがクモのことをよく知らない人だったのかわからない。クモがどのように円網を張るのかなど気にする人は少ないということだろう。よい子の皆さんも作者が書いたことを鵜呑みにしないで、「それは違う」と思ったら追試をして欲しい。
で、困ったことに姉御は縦糸に直接お尻を押しつけて横糸を張っていたのだった。これがコガネグモ科のやり方なのだとしたら、ナガコガネグモのおかみさんもお尻を押しつけて横糸を張っていたのかもしれない。
※実は作者の動体視力が弱かっただけで、円網を張るクモはお尻の出糸突起を縦糸に押しつけて横糸を張っていくのらしい。
10月22日、午前7時。
隣の半永久的な空き部屋(ガス湯沸かし器が外されている)のドアの脇に体長12ミリほどのナガコガネグモがいた。そのホームポジションはドアの下のコンクリート面から15センチほどしかないと言えばその低さがわかるだろう。この子を見た作者は思った。この子は軒下のジョロウちゃんの生まれ変わりに違いない、と。〔ジョロウちゃんがいなくなる前に孵化しとるわ!〕
ええと、とりあえず引っ越し祝いということで昨日のうちに捕まえておいた体長10ミリほどのガをあげておく。空き部屋とはいえ、1ヶ月に1度は清掃業者が入るようだし、冬も近いからいつまでいてもらえるかわからないのだが……。いっそのこと、作者の部屋に連れ込んでしまおうか。イヌやネコのようにうるさくないし、臭くないし、獲物さえ十分なら円網を張る場所すら変えないし……。獲物は釣り餌用のミールワームを羽化させればいいだろうし、検討する価値はあるかもしれない。
午前10時。
思いがけず体長30ミリほどのバッタを捕まえてしまったのでオニグモの姉御にあげることにした。姉御は獲物に飛びついて必殺のバーベキューロールを繰り出したのだが、やはり捕帯が薄い。1本1本の糸が細いのか、本数が少ないのかわからないが、ナガコガネグモの捕帯と比べると、獲物が透けて見える感じが強い。しかも近所のナガコちゃんのように獲物が真っ白なミイラになるほど巻きつけていない。捕帯の巻き方は腹具合にもよるだろうから1回の観察でどうこう言えるものではないのだが、バッタの腹部は丸出しだし、前脚が1本はみ出している。姉御もこれではまずいと思ったらしくて、もう一度捕帯を巻き直していた。
その後、獲物の動きを封じることができたと判断した姉御は、それまで口に咥えていた小さな肉団子を放り出してバッタをホームポジションに持ち帰ったのだった。「大の虫を食うために小の肉団子を捨てる」ということわざ通りの行動である。〔ことわざをねつ造するなと言うのに!〕
あくまでも作者の印象だが、オニグモの捕帯はバッタのような強い脚で暴れる獲物を想定しているものではないのだろう。オニグモはナガコガネグモよりも高い位置に円網を張る傾向がある。円網の下端で比較すると、ナガコガネグモが地面や灌木の上10センチ以上1メートル以下くらいなのに対してオニグモはだいたい20センチから1.5メートルというところだ。その高さを飛ぶのはガなどだろう。ガの脚はバッタのそれのように強くないし、翅は幅があるだけに薄い捕帯でも動きを封じてしまえるということなんだろうと思う。ジョロウグモの場合は、まず獲物に牙を打ち込んで、おとなしくなってからホームポジションに持ち帰って捕帯を巻きつけるという手順が普通だから、オニグモが狙っているのよりも小型の飛行性昆虫を狙っているんだろう。そうすると捕帯は必要ないということになりそうなのだが、円網に獲物を固定する時には捕帯が巻いてあった方が便利なのだろうし、想定しているよりも大きな獲物がかかってしまうことも考えておかなければならないのだろう。生物の教科書に出てくるような見事な棲み分けである。
なお、姉御が横糸を張り替えたのは前日の午後4時である。その後に張り替えていないのであれば18時間経過しても横糸が粘りけを失っていないということになる。風が弱くて埃が付きにくかったという可能性も否定できないのだが、横糸の消費期限がジョロウグモやナガコガネグモなどと比べて長めなんじゃないかと思う。
午前11時。
ナガコガネグモのおかみさんの円網の下にぐるぐる巻きにされたコガネムシが落ちていた。気になったので捕帯を引きちぎって(これはけっこう力がいる)腹部をバラしてみると、予想通り食べた形跡がなかった。昨日あげたアリも円網に固定したままだから食欲がないのはほぼ間違いない。まあ、これも人生である。食欲のないナガコガネグモに獲物をあげても無駄だということがわかっただけでよしとしよう。空に太陽がある限り、地上にクモがいる限り、実験のチャンスはあるのだから。〔太陽とクモ? 駄じゃれなのか?〕
ジョロウグモの15ミリちゃんにもアリをあげたのだが、この子は今回もゆっくり獲物をホームポジションに持ち帰って、ゆっっくり捕帯を巻きつけるのだった。どうやらこの子はもともと鈍くさい子で、前回も気温が低いからゆっくり動いていたわけではなかったらしい。しかし、鈍くさいということは省エネ体質だということであって、そういう意味では悪いことではない。極端な話をすれば、獲物の数が10分の1に減るような環境の変化が起こった場合にはこの15ミリちゃんのような省エネ体質のクモの方が生き残る上で有利になるはずだ。良い例えではないだろうが、行列のできるラーメン屋でガス爆発事故が起こって、並んでいた人たちが全員死亡したとしても「並ぶくらいなら他へ行く」というタイプの変わり者は生き残る可能性があるということだ。
科学の世界でも、アインシュタインが変わり者でなかったら「早く動くほど時間の進み方が遅くなる」とか「短くなって重くなる」とか「エネルギーと質量は同じ」などということに気が付くことはなかっただろう。ホーキング博士も変わり者だったからこそ一般相対性理論と量子力学を結びつけることができたのだろうと思う。科学の進歩も変わり者がいるからこそ起こり得るのだ。日本人は変わり者を嫌う傾向が強いようだが、嫌うのはしょうがないとして、排斥はしないで欲しい。そういう人たちこそが科学の進歩の原動力になる可能性があるのだから。変わり者を代表してお願いします。
10月23日、午前7時。
ナガコガネグモのお隣ちゃんは肉団子をもぐもぐしている。ナガコガネグモも肉団子を造るのだなあ。
近所のナガコちゃんが肉団子を造るところは見たことがないのだが、バッタやセミは肉団子にするには大きすぎたのだろうし、近寄って見られる場所でもなかったので小さなアリの肉団子は見落としたのかもしれない。ちょうどいい大きさのガをあげて、それをどうやって食べるかまで観察するべきだったのだな。初歩的なミスだ。今後は注意しよう。
そしてよく見ると、この子は円網を張っていない。また移動するつもりなのかもしれない。それでも「旅の途中難儀しております」と言われて知らん顔はできないよなあ。〔クモに発声器官はないぞ〕
最近よく太ったジョロウグモが目立つようになってきた。平均体長は十王ダム周辺よりは短めなのだが、ジョロウグモらしいふっくらしたお尻になった子が多い。時間さえあればちゃんと大きくなれるということなのかもしれない。……ということは、頭胸部よりも細いお尻だった軒下のジョロウちゃんはたまたま体長を伸ばす方向へ成長していただけで、放っておけばちゃんと太れたのだろうか?「ヒトはヒトらしく、クモはクモらしく」ということわざに従っておけばよかったんだろうかなあ。〔ことわざをねつ造するなと言うのに!〕
午前8時。
オニグモの姉御は留守だった。バッタを食べた後だし、少なくとも今日1日は腹ごなし休憩だろう。
面白いのはジョロウグモの15ミリちゃんで、直径40センチほどの下方向が広い馬蹄形円網の外側5センチにしか横糸を張っていない。後は約5センチの間隔で張られた足場糸しかない。「雨が降ってきたからやめちゃった。てへっ」という感じだ。〔クモに舌はないぞ〕
そしてこの子の円網の背後には直径80センチクラスのオニグモのものらしい円網が張られていた。主はいなかったが、これでは15ミリちゃんの獲物が単純計算で半分に減ってしまうということになる。15ミリちゃんがいるのを知らずに円網を張ってしまったんだろうが、近所迷惑な話ではある。
子育て中のヒメグモ母さん2匹のお尻はそれぞれモスグリーンと薄いオレンジ色に変わっていた。実にわかりやすいのだが、この時期に獲物をあげてもいいものかどうか迷う。休眠に入ろうとしているのならそれをじゃましてはいけないだろう。ただ、1ミリほどの子グモたちがお母さんと一緒に休眠場所へ移動できるとは思えないし、枯れ葉1枚の下で越冬したのでは気温が氷点下に下がった時に細胞内の水分が凍って細胞が破壊されてしまうんじゃないかと思う。ヒメグモはまだ知られていない越冬システムを備えているんだろうか? それとも産卵する時期を間違えたのか? いやいや、そんなことはあるまい。目に付いたヒメグモは全員同じ時期に産卵していたようだ。越冬できないヒメグモばかりならとっくに絶滅しているはずである。いったいどういうことなんだろう? わからん。とりあえず今日は何もしないことにする。
午前11時。
雨が降り出した。
ナガコガネグモの15ミリちゃんはきれいな円網を張っていた。しかも隠れ帯もなしだ。食欲はありそうだし、雨で飛べなくなっているガもいるのだが、今日は放っておく。傘を持って来なかったし、ナガコガネグモは食欲がなくても横糸を張り替えるような気がするからだ。とにかく、ナガコガネグモというのは大ざっぱな性格の食いしん坊なのだ。少しはジョロウグモの繊細さを見習って欲しい。
スーパーの西側のジョロウグモは円網ごと姿を消していた。交接した時期から考えて産卵だとしてもおかしくはないのだが、円網ごとということになると掃除されてしまったのかもしれない。人間は基本的に脚が多い生物が嫌いなのだ。おそらく、脚が2本しかないので嫉妬してしまうんだろう。痔になりやすいし、難産にもなりやすいという生物学的には何もいいことがない直立二足歩行だから。〔脚がないヘビも嫌われるんだぞ〕
もとい、ヒトも陸棲脊椎動物だから4本脚以外は好きになれないんだろう(鳥も2本脚だが鳥の翼はもともと前肢が変化したものだ)。
ヒトの脳容積が大きいのは直立姿勢なので重い頭部を支えやすかっただけだと作者は思う。あるいは鳥のように神経細胞を高密度化できなかったか、だ。知性があるとしたら、それは足が遅いから頭を使って生き残るしかなかったからだ。道具を使うといっても、キツツキフィンチは木の枝を使って虫を捕るし、ミノムシは住居を作るし、カラスがクルミを車道に置いて殻を割る場合、車も一種の道具だと言えるだろう。ハキリアリは切り落とした葉で菌類を育てる。これは農業だ。マメ科植物は窒素固定を行うことができる根粒菌と共生するが、根粒菌が増えすぎるとその数を減らすのだそうだ。これは牧畜と同じだろう。人間にできて他の生物にできないことなど大気圏外で生活することくらいだろう。ああっと、大規模な自然破壊もだな。
午後2時。
ナガコガネグモのお隣ちゃんは壁にくっついている。円網を張る様子はまったくない。やはり越冬するのに適した場所を求めてさまよっているんだろうと思う。作者の部屋は暖房するからクモの越冬には向かないだろうしなあ。
10月24日、午前6時。
ナガコガネグモのお隣ちゃんは天井の高さにいた。越冬の準備なら低い所へ潜り込むだろうと思っていたのだが大ハズレだ。かといって、その高さは普通のナガコガネグモが円網を張る高さではないし、円網を張る様子もない。そして、その近くには体長5ミリほどのズグロオニグモもうずくまっている。いずれもこの季節特有の行動だろうとは思うのだが、何をしようとしているのかまったくわからない。
なお、この気温ではほとんどの昆虫は飛ばないか、あるいは飛べない。これは羽ばたくための筋肉の温度が低下すると正常に作動しなくなるからだそうだ。例外は花蜂の仲間で、バーンド・ハインリッチ著『熱血昆虫記』(2000年発行)に書かれていたと思うのだが、彼らは翅を動かさずにそのための筋肉だけを収縮させて筋肉の温度を上げられるのらしい。実際、コロンとした体型のハチが1匹、紫色の花に潜り込んでいた。
※体長3ミリ以下の羽虫なら日光浴で体温を上げれば飛べるらしいことが後でわかる。
午前8時。
すみません。作者は間違ってました。
今日はナガコガネグモの15ミリちゃんが横糸を張り替えていたのでじっくり観察できたのだが、横糸は縦糸に直接お尻を押しつけて張ってました。
例によってお尻を上下に振りながら張っていくのでよく見えなかったのだが、後ろ側の第四脚はお尻の出糸突起から引き出された横糸を引っかけているだけだったらしい。要するに第四脚は横糸を正しい位置にキープするために使われているということなのだろう。
「認めたくないものだな。自分自身の若さ故の過ちというものを」〔年寄りが何を言うか!〕
ナガコガネグモの6本脚ちゃんにはアリを2匹あげてみた。今回は1匹目のアリを肉団子にしているタイミングで2匹目をあげるようにしたせいか、ちゃんとホームポジションに1匹目を固定してから2匹目をぐるぐる巻きにした。どうやら前回は獲物を固定する準備ができていなかっただけらしい。
オニグモの姉御の円網も横糸が張り替えられていたのだが、直径が約40センチまで小さくなっていた。あまり空腹ではないということなんだろうと思う。これがナガコガネグモだと、腹具合に関係なく、なんとなく横糸を張り替えて、獲物がかかったら何も考えずに捕帯でぐるぐる巻きにして、そこで初めて食欲がないことに気が付いて食べないという子が多い。すぐに捕帯を巻きつけて動きを封じてしまわないと逃げられてしまうような獲物を狙っているという事情もあるのだろうが、これは「無益な殺生」というものである。ジョロウグモのように、食欲がない時には円網そのものを張らないというレベルにまでは進化していない、ということなんだろうかなあ。
クモをつつくような話2019~2020 その6に続く