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執事長の役目

作者: 相沢 洋孝


 王国の奥地、そう呼ばれる場所がここ、バウマルド公爵領である。

 公爵領というのは一応の名目であり、国王を引退した者や国王が死没したことによって喪に服すことになった王妃のための終の棲家であり、引退したことにより貴族としては最高位の公爵を有することになるわけである。

 私は代々、初代国王陛下から代官兼務の公爵家執事長を申し付かっている一族の一人であり、現在の当主でもある。

 引退している王族がいなければ、代官を立てるわけだが、それが我が一族の宿命である。

 山紫水明、水清く、緑美しいという評判の場所であるが、三方を山に囲まれ、王都の華やかさはなく、主要産業は林業と農業、それも税収だけで言えば臣民たちが飢えることなく、自分たちが食べていくぐらいしかなく、公爵家の財政は基本、王家からの年金という形で与えられる金銭が支えている。


 今日もいつものように日が昇る。メイドたちが慌ただしく食事を作っている間、水を汲んできて、それを浴び、メイドたちが準備してくれている布で水を拭い、身体を清める。

 かつては王都の騎士として大剣を振るっていた腕も今や50となり、前線から離れれば筋肉が落ちてしまい、老いを感じるが、それでもなお、出来ることをせねばならぬという意思で公爵領の執事長へと就任した。

 白くなりつつある髪の毛をポマードで固め、オールバックにして、いつものように鏡を見ながら髭を剃る。カイゼル髭へと整えていき、剃り残しなどという無様なことをしていないのを確認すれば燕尾服を着ていく。


 そして、家伝の逸品である恩賜の紋章入り懐中時計を懐に収める。魔石の力を存分に収めた名品らしく、ドワーフの名匠が作ったもので王家以外には公爵家、伯爵家などの何世代にもわたる長年の論功行賞の意味合いがある品とのこと。

 身支度を終えた頃にはメイドたちは朝食の準備を済ませており、主人たる旦那様を起こすだけとなっていた。何時ものようにドアをノックする。


 「旦那様、おはようございます。お目覚めの時間となりました。朝食の準備も整っております」

 「・・・・わかった」

 

 ドアを開ければ、まだ眠そうな不機嫌な少年が嫌そうな顔をするも致し方ないという風にメイドの手伝いを受けて着替えていく。

 少年の名はバウマルド公爵家当主となった元第一王子、フェルナンド・バウマルド様である。

 王子の身分を捨てて、婚約者との別れを選び、真の愛に目覚めた上で子爵家の娘を妻と娶った純愛の王子。と吟遊詩人や小説家、演劇作家の題材に好まれ、王都では大人気らしい。ただし貴族としての振る舞いや婚約者への対応の悪さから悪い見本という意味で風刺されている。

 実際、婚約者の父であるグランドル辺境伯は権限を使って臨検強化して子爵家の経済力を落とし、叔父である参謀、グライドル子爵は法律違反を理由に報復として旦那様をココに追放したという経緯を知っていれば美談は作り話と分かるだろう。


 「執事長。今日の予定などはどうなっている?」

 「徴税担当官の方からの今年の徴税見込みに関しての報告が昼食後に」

 「その他は?手紙などはないか」

 「特にございませんが」

 「そうか。わかった」


 着替えおえた旦那様はいつものように聞いてくる。ここは平和な領地だ。主な被害は農作物を熊などに荒らされたり、酔っ払いの若者同士のケンカといった程度である。衛兵もそう人数を多くとる状況ではなく、むしろハンターを中心とした自警団などが活躍するほど。そのため、衛兵の仕事は主に屋敷のある領都の警備と領主ご一家の巡察に際しての護衛というものになる。


 「ふむ・・・今日も美味かった。王城では毒見のために冷めたものが多かったからな。料理長に感謝を伝えておいてくれ」

 どちらかといえば貴族としては質素なスープと白いパン、そして狩猟で獲ったという鳥肉の香草焼きであるが、温かいのが珍しいのか、食事の時は無邪気な顔を見せてくる旦那様にホッとするも、続いての質問が来るのは分かっていた。


 「ところでレイラはまだ帰ってこないのか?」


 子爵から男爵へと爵位を落とすも、まだまだ経済力は順調なノイザー家の令嬢で旦那様の奥方様。

 レイラ・バウマルド様である。

 現在は領地の巡察へと赴いておられ、公爵領の現実を直に見て回っておられるため、領都から遠く離れているので、新婚としては寂しいのでしょう。


 「やはり、王子でなくなった私は不要なのか」


 若い上に政治謀略戦という物に慣れていない、言い方は悪いが若造な旦那様は気を落としてしまっている。ならば叱咤するのも役目であろう。そう思い、説教をすることにした。


 「執事長という立場でありながら僭越なことを申し述べることをお許しいただけますでしょうか。奥様は旦那様を愛しておられますぞ。その証拠に此度の巡察はこの公爵領の価値を高めるためのものでございます。領民の間では山間部に湯が沸き出る不思議な場所があると聞き。それが遠く東方にあるという温泉とやらの湧き出る場所ではないかと。温泉には様々な効果があるため、傷や病を持つものを癒す場所になるのではないか、ひいては公爵家の利益になるのではないかということで男爵家から投資してもらい、調査するために向かっておるそうです」


 さすがにそこまでされれば愛されているということは分かるだろう。だが、秘密にされているのでは沽券にかかわるという風に不満げに顔をしかめている姿を見ればなおも続けていく。


 「今まで公爵家は王族の隠居のための場所と考えておられましたが、奥方様にとっては未開の開発できる希望の地でしょう。辺境伯家には政治にて負けたとはいえ、経済力ではいつかは勝つと。経済力で負けても、努力しないよりはマシと奮起し、メイドたちと衛兵を連れまわしておるようです。お茶の代わりにもなるハーブを育てることはできないかとも男爵家から専門の学者を呼び寄せたともありますな。奥方様はここまで尽くしておるのに。旦那様は未だに不貞腐れたままなのでしょうか。今は辛抱の時でございますれば、奥方様を出迎える準備をしておくべきでしょうぞ」


 静かに現状を伝える。旦那様は静かにメイドに出された茶を飲み、考え込むと大きくうなずいた。


 「あい分かった。では、レイラの帰宅までにできることはしておこう。とりあえずは昼に来る徴税担当官との会談だな。それまでは執務室にいる。執事長、メイドに濃い目のコーヒーを持ってくるように頼んでくれないか。私もレイラに見捨てられるような真似はしたくはないのでな」


 そう告げると旦那様は食事の前とは打って変わって勇敢に戦に挑むかのような真剣な眼差しで執務室へと進んでいった。

 どうやら、代官職はしばらく我が一族には来ないようで何よりである。


 のちに奥方様は温泉を見つけ、ご実家からの投資と借り入れで公爵家直営の温泉宿を作り上げた。

 そこは最高級の作りで、遠く東方の作りの温泉のほかにもココでしか飲めないという東方式チャドゥなる方式によるお茶なども好評で上位貴族の皆様には大変満足されているそうな。

 中でも温泉の効能に美肌効果があるらしく、年頃のご令嬢から奥方様のお母上のような貫禄のあるお方にまで幅広く人気を博して、領内は活気づいていったことは大変喜ばしいことである。

 これだから若者が羨ましいと思ってしまうのは私が老いた証拠であろうか。

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― 新着の感想 ―
[一言] 夏のいけおぢ祭りからきました。 どちらかというと、アンダーソンおじさまより、こっちの執事のおじさまが好みですね。 まさか、まさか、ざまあされた側の話だったとは?! 王子もレイラも、更生した…
[良い点] 若者を温かく見守り、時に叱咤激励し……これはまごうことなきいけおぢと、狼子のカイゼル髭が同族センサー代わりに反応しました! 前作の続きというか、別サイドになるのだと思うのですが、前作では単…
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