8話 山狐盗賊団
「はあ~疲れた~」
ベッドに身を投げた俺は、棒のようになった手足をゆっくり休める。
山狐盗賊団に入ったここ数日間ずっとこんな調子だった。
朝早く起きると団員たちは水汲みや飼っている魔物の世話をし、それが終わったら訓練が開始する。内容は冒険者学校並みの実戦的なもので、俺にはついていくだけで精一杯だった。
「盗賊って意外に大変なんだな……」
好きな時間に飲み食いして、足らなくなったら暴れて調達する。そんな粗野なイメージはここにいることで覆されてしまった。
正直、今では一目置いているところもある。
「だけど盗賊は盗賊。俺が目指しているのは冒険者で、盗みなんてするつもりはないぜ」
そこそこに回復した俺は体を起こして、かけてある杖を手に取る。
ベッドから降りて足を進めた先は壁だった。
ベリッ
木板を外すと、そこには人が屈んで入れるギリギリの大きさの穴があった。
「固まれ」
独り言のように呟いた途端、直線だった杖がT字型になる。
アイスピッケルという魔道具で、魔力をこめるとこうして氷柱が生えてくる。
俺は完成したそれを振りかざすと、壁に打ち下ろす。
ガキィンガキィン
なぜわざわざ扉があるというの、こんなことをしているのか? その答えは、俺は脱獄をしようとしているからだ。
あの日、俺が副団長になった代わりにリディさんは解放された。折れてた右腕も治療してくれて、とても歓迎されているかのようだった。
だがしかし、あれから俺は必要な時以外ずっと洞窟の一番奥に閉じこめられている。副団長というのは名ばかりで、実のところ監禁されているのと同然だった。
このままではずっとこの日の差さないところにいるか犯罪に協力させられてしまう。
当然、どちらも嫌な俺はこうして抜け出すことにした。
無我夢中に振り続け、硬く尖った氷で岩を削っていく。
かなり調子がいい。これなら想定通りに真っすぐ掘り進めばあと一か月ほどで出られるはずだ。
「――兄貴。部屋に入ってもいいですか?」
コンコン、と外からノックされる。
まずい!
扉には内側から鍵はかけられない。俺は大慌てでアイスピッケルの魔力を溶かすと、そのまま足に並行するよう挿入する。
そうこうしている内にギギィと開いていく扉。俺まだなにも言ってないのに。部屋主の許可なく入ってくるなんてマナーがなってないぞ。
剥がした壁が残っているが、もう時間はない。
盗賊は完全にドアを押しきったところで、中を覗いてきた。
「必要なものがありまして……イモリのように壁に張りついていったいどうしましたか?」
俺は背中を盾にして、出入り口からは脱出口を見られないようにした。こういう時のために穴は小さくしていたため覆い隠せているはずだった。
それでもどうやら盗賊はこちらをまだ疑っているようなので、話術にて俺は警戒を解くことにする。
「げ、芸術活動の一環でな」
「なるほど。さすがボスに一目置かれてずっと空いていた副団長の座に入団と同時についた兄貴だ。簡単には、凡人である自分には理解できない」
とっさに出た言葉は苦しい言い訳だったが、どうやらなんとかなったようだ。
まるで感心するような態度をとる。
「はたしていったいどのようなお考えであのようなことを? 訊くべきか? いやそこで楽して答えを得ようと並の手段をとろうとするから、兄貴と違っておまえは選ばれなかったのだキューピー」
「キューピーさん。自問自答で悩むのはいいから、用事があるなら早く済ませて。頼まれたものなら、そこの机の上にあるよ」
この体勢とても苦しいので、疲れた体には辛かった。
ちなみにさっきから呼ばれている兄貴とは俺のことだ。昨日あたりから団員たちにはそう呼ばれるようになった。
急かすとキューピーは素直に言うことを聞いて、置いてあった紙の束を取る。
「ありがとうございます。やはり素晴らしい出来ですね」
「そんな褒められても、ただ俺は渡された植物を絵にしただけで。効果だって自分ではなにひとつ調べてない丸写しだ」
「それだけでも、いやこの精密さと見やすさはそれだけでは収まってないほど役立っていますよ」
「えっ?」
返事を聞いて首を傾げる俺へ、キューピーは説明してくる。
「たしかに【盗賊】というものは、中級や上級にランクアップすればわざわざ図鑑を確認する必要もないほど知識が溜まっていたり、匂いで毒性を嗅ぎ分けられます」
「じゃあやっぱり別にいらないんじゃ」
「ですがそれは述べた通りあくまで中級以上の話です。なったばかりの初心者や未熟者は薬草と毒草の区別も苦労するのです。山狐盗賊団には中級ジョブである【大盗賊】もいますが、八割以上のメンバーはまだ初級のままです。この図鑑は必ず彼らの役に立ち、時には命さえも救います」
「そ、そうなんですか」
あまりに熱く語られ、思わず敬語になってしまった。
だがいくら言われようとも、【盗賊】関係とはあまり関わっていなかったためにどうにも実感が湧かない。
この前渡した地図でひとりの団員も助かったそうだが、見てないところでそんなことになってもどうも自分の手柄という気はしない。
「それではありがとうございました! いつか団長だけじゃなく兄貴にも認められるよう頑張ってきます!」
深く頭を下げたあと、部屋を去るキューピー。
しばらく帰ってこないのを確認すると、ホッ、と胸を撫で下ろす。
いやー本当ギリギリのところだったから助かった。
長話の最中ずっと動かなかったせいでこった体を解してから作業を再開する。今度は想定外の訪問者は来ることなく、予定時間通りに掘り進めていく。
コンコン
深夜、みんなが寝静まった頃にノックの音が外から再度聞こえてくる。
「はいどうぞ」
この客については事前に分かっていたため、道具をしまって壁板を戻しておいた。
声をかけてから、ガチャリ、と向こうからゆっくり開かれると広がっているのは虚空。
「……」
「入っていいって。ここには俺しかいない」
「……分かった」
どこからかか細い声が聞こえてくると、ドアの脇にさらさらのストレートヘアーが広がる。
それから白いドレス姿のドレイクが恥ずかしそうに半身を出した。
「へえ」
「うぅ。本当はこんな服着たくなかったのに、自画像を描かせたかったらこういう服装で来いっておまえが言ってきたからだぞ。髪なんて久しぶりに梳いた」
恨みがこもった口調でボソボソと呟くドレイク。
反対に、俺は非常に感嘆していた。眼帯はそのままだが、それ以外は盗賊の時とはまるっきり違っていた。トレードマークの髭はなく、不格好な大柄の服は脱ぎ捨てられて代わりに女性らしいくびれが強調されていた。
とても似合っていて、歩いていると少女漫画みたいに背景に花が生えて見えてくる。
俺は用意していた椅子に彼女を案内すると、対面についてキャンバス越しに話しかける。
「硬いぞ。もっとリラックスしてくれ」
「こ、こんな姿でできるか馬鹿!」
「だったら雑談でもするか。そういえば、昨日描き上げた絵はどうだった?」
「あ、あれはだな――かなり評判がよかったぞ! 俺様の偉大さに触れた団員たちみな尊敬の眼差しを向けていた」
「へーそれはよかったことで」
絵の話になると、縮こまっていたはずの彼女は途端に饒舌になる。そのまま過去の名画に話を移していく。
俺がドレイクの自画像をこの時間に描くのは、入団してからの日課だった。
前まで描いていたのは盗賊のボスらしくしろという注文通りのもので、どうやら上手くいったらしい。
それで現在、彼女がこんな衣装なのは次は俺の描きたいものを描いてほしいと言われたからだ。
話を聞いた昨夜は怒り狂って帰っていったが、意外にも俺が頼んだものとほぼ同じイメージの格好で来てくれた。
考えた通り、やっぱりこっちのほうが嵌っている。筆が一段と滑らかに動作する。
「ところでだな。こっちはいいのか?」
ドレイクは自分の傷跡を指さした。
「どういうことだ?」
「どうもなにも、こういう女らしい服に痛々しいものは合わないだろう? 言われなかったからそのままにしたが、希望にめさないようなら今すぐ白粉で消してくるぞ」
「いいや。そのままでいい。そのままがいい」
「な、なぜだ?」
強く否定されて戸惑うドレイク。
俺は彼女の目元を染めながら答える。
「だって綺麗じゃないかそれ」
「――えっ」
「薄く赤い髪よりもさらに薄くて、桜色になっている」
「さくら? なんだそれは?」
「あーそうか。こっちの世界だとないのか……桜ってのは花のことさ。春の一時期にだけ咲いて、すぐに散ってしまう儚い花」
「俺様とは、真反対の存在だな」
「そうだね。でも、とても美しいのは一緒だ」
「……ずいぶんと歯の浮く台詞だ。おまえがあの絵を描いた男じゃなきゃ、蹴り飛ばしていたよ」
目をそむけながら、顔全体を傷と同色に染める。
うん。いい表情だ。
筆が乗ってくると同時に俺は楽しくなっていく。数分後、笑っていることに気づかれて怒られるが、それでも彼女は帰らずに絵を描く時間は続いた。
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