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7話 一目惚れ


 ヒュッ


 俺の発言を聞き終えた直後、一度は収められたはずのサーベルが俺の顔面寸前に迫っていた。


「ひっ!」

「さっきの言葉、もう一度言ってみろ」


 今日二度目のピンチに怯える俺へ命令するドレイク。

 俺は息を整えてから答えた。


「……何度でも言ってやる。エドワード・ドレイクはまだ()()()()()()だ」


 ザクッ

 髪がわずかに切られた。だが少しでも手元が狂ったら、首がふたつになることは確実だった。


 サーベルを握っている右腕の揺れを、逆の手で必死に抑えている。


「どこで知った? どこからの差し金でこんな真似をしにきた?」

「別に誰からも命令されてなんかないし教えられてない。見れば分かった」


 骨格や筋肉また部位の有無による行動ひとつひとつの違い。細かい仕草だが、それらを複合して分析すればはっきりと片方に絞れる。

 人物を描くためにさんざん研究したことによって身に付いたものだった。

 まあそのせいで学園ではジロジロと女子生徒を見る不審者扱いも一時期されたんだが。いやー男好きなんだとその手の人たちに勘違いされて大変だった。


 してよかったのかよくないかの苦労を懐かしんでいると、ギロリと左目で睨みつけられる。


「じゃあなんでこんな絵を描いた? 襲われた嫌がらせか?」

「とんでもない。別にあんたのことは好きじゃないしむしろ蔑んでいるが、それはそれとして俺はあんたの注文通りのものを制作しただけだ」

「こんな……ものが……」

 

 まるで憎いとばかりに恨めしく見下ろす。

 そこにあるのは目元に傷が残っているが眼帯も無理に着こんだ大柄の服もない乙女。


 じっと眺めたあと、彼女は俺から刃を遠ざけた。

 俺は命の危険がなくなって安心する。


「うわぁあああ!」


 と思いきや、いきなりドレイクは剣を振り回して暴れ出した。

 

 激しい風切り音が唸り、壁や天井に斬撃の跡ができていく。

 ダンッ!

 俺が座っていた椅子を真っ二つにした。既に部屋の隅に避難していたため、無事だったが。


「はあ……はあ……」


 力を出し切り、息を荒げるドレイク。

 サーベルを手にしたまま、俺のほうへ体の正面を向けてきた。


「殺す。殺す」


 ぶつぶつとなにか呟きながら移動してくるとサーベルを振り上げる。


「死――」

()()()()()ってなんだよ!」


 丸みのある刃は天井をさしたまま停止する。

 俺はドレイクの心を認識できていなかったが、自らの感情に任せて怒鳴っていた。


「俺はあんたの言いつけ通り、あんたが最も絵として映える姿を描いたんだよ!」

「なんだとっ?」

「あんたの注文が、今の見た目そのまま描けって話だったらそうしていたさ! だけど違ったし確認もした! だから俺は俺が思うあんたの一番美しい姿を描いたつもりだし、なによりもそんなあんたを俺自身が描きたかった!」

「――」

「俺の絵が下手で怒るってなら分かる! それだったらあんたが納得するまで何度も描き直してくるし、いらないんだったらバッシングでも厳しい批評でもなんでも受けてやる! それについてはどうなんだよ!?」

「いやこれはその……」


 変装しているのに、なんらかの理由もしくは感情があるのは理解できる。俺だって少々似合わないとされていても、この格好を選んだくらいだ。

 だけどそれでも、俺は絵描きとして彼女の本当の姿を描いてみたかった。

 ドレイクは伏し目がちになって言い淀みながらも言葉を紡ぐ。


「……悪くない……特に細いながらも力強い線……あと華やかな色遣いなんか嫌いじゃない……」


 パサッ、と感想とともに布が俺の頭の上に落ちてきた。

 おいおいもう少しでなんとか場を静められる雰囲気だったのに、いきなりなんなんだよ。

 俺は邪魔物をどかしながら、原因を見上げる。


「これは」

「俺様の一番のお気に入りだ」


 海の底でひと粒の真珠を大切そうに持つ女神。ひと言で表すならそんな絵だった。


「タイトルも作者も不明。部下のひとりが、盗みを失敗して誤魔化そうと買ってきたものだ。まだ粗削りなところもあって値打ちに関しては、おそらくここにある他の名作の足元にも及ばないだろう。だがそれでも、俺様はこの絵が一番好きだ」

「もしかしてその部下が買った場所って、王国の噴水近く?」

「そうだ。すぐに向かったのだが、もう既に絵を売った店はどこかへ消えてしまった。あれからずっと探し続けているが一向に見つからない。おまえには悪いが、本当はこの作家に自画像を描いてほしかったんだ」

「……たぶんだけど、それ俺だ」


 思い出した。

 一年前は学園祭で、俺は王国で出店を開いたんだ。ずっと暇をしていたが一枚だけ売れて、それこそがこの作品だった。

 当時は会心の出来栄えだと思っていたが、確かに今見ると細かいところが微妙だな。特に左手なんか人体のバランスから外れているから真っ先に修正したい。

 

 かつての己の下手さにむずがゆさを覚えていると、カラン、と金属音がした。

 サーベルを手放したドレイクは、自分で落とした床の自画像を拾う。それから何度も昔の俺の作品と交互に見直す。

 

 やがて彼女は腑に落ちた表情で呟く。


「そうか――ずっと前から、俺様はおまえに一目惚れしていたのか」


 納得したドレイクは高級そうな金色の額縁に自画像を嵌めると、壁の空いていたスペースにかける。背景は斬られた跡だらけだが、作品自体にはどれも傷ひとつ付いちゃいなかった。


「いい絵だな……そういえば絵描き。おまえ名前は?」

「ピガロ。ペンネームとかはないから本名だ」

「ピガロ。おまえに提案がある」

 

 ドンドン!

 急に激しく叩かれる扉。自画像に布を被せてから、ドレイクは内側から開く。

 

 外には、死んでいたはずの盗賊たちがいた。


「なんで!?」

「どうやら外に出ていた連中が帰ってきて、蘇生したみたいだな」

「ボス大丈夫ですか!? おれら、あのなんか変な絵を見たら急に倒れちまって。あいつ見つけたらぶっ殺してやる」

「いた。そこにいる!」


 一難去ってまた一難と再びピンチに陥る俺。もう一回やろうにも種がバレているからにはさっきと同じ羽目にしかならない。


 絶体絶命だと諦める俺だが、いきりたつ盗賊との間にドレイクが入った。


「ボスどいてください。そいつはこのおれの手で殺させてくれ!」

「すまんがそういうつもりなら、俺様はここを一歩も動くつもりはない」


 まるで背後にいる俺を守るかのような言葉。

 盗賊たちも彼女の言葉に困惑する。


「なぜですっ!?」

「理由はふたつある。ひとつ、こいつはこの山狐盗賊団に入ることとなった。仲間割れなんての当然ながらご法度だ」

「も、もうひとつは?」


 もう既に飛び上がりそうなくらいビックリしている盗賊。


 彼らの前で、ドレイクは俺と肩を組んだ。


「こいつに空いている副団長の席へ入ってもらう。今から俺様以外はみんな、ピガロに忠実に従え」

「えええっ!?」


 驚愕の声は重なってより大きくなると、洞窟全体を揺らした。


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