6話 赤髭鬼の素顔
「勝ったー! やったー!」
結果を目にして、喜ぶリディさん。
俺自身、想定外のアクシデントを乗り切れたことでホッと胸をなで下ろす。
さっきドレイクが発動したスキルは防御系スキルの中では最硬と呼ばれているものだ。まさかあんなものを使ってくるとは、予想だにしていなかった。
おそらく山狐盗賊団は、一介の盗賊グループに収まっている総力ではない。
それでも今は全員が動けなくなっているため、目的であったリディさんを連れ帰り、あとのことは自警団に任せることにした。
この規模だと、もしかしたら王国の騎士団まで出てくるかもしれないな。
「ピガロくーん。疲れてるところ悪いんだけど、よかったら縄を解いてくれないかな?」
「すみません。ボーっとしてしまいました」
リディさんの声で我に返り、早速、敵もいなくなった場所で俺は拘束を解除しようとする。
ガチャッ
「えっ?」
聞いたことのある音がしたので扉のほうへ視線を送ると、開いたままだ。
ではこの音の正体はなんだと首を回すと、正面を見下ろす形となった。
棺桶が中から開かれている。
そのまま盗賊団のボスことエドワード・ドレイクが立ち上がるようにして出てきた。
「……」
「な、なんで?」
ゾンビ映画じみた光景に、パニックになるリディさん。
どうやって蘇生魔法もなしに自力で復活を?
彼女と同じような気持ちに俺も包まれるが、棺桶が光の粒となって消えたことで下に落ちた藁人形によって答えに気づいた。
「身代わりの人形」
「よく知っているな。ひょっとして冒険者ギルドに務めているのかおまえ? こいつのおかげで俺様は一度だけ死を回避した」
ひとつだけしか所持できないが持ち主の命を肩代わりするアイテムで、高難易度ダンジョンへ挑む時に推奨されている。
戦闘能力だけではなく、事前に失敗に備えている用意周到さも併せ持っているドレイクの総合能力はトップクラスの冒険者並みだった。
サーベルを抜いて、ゆっくり俺の下へ彼は近づいてくる。
「くらえ!」
たとえ地力がかけ離れるとしても、それでもさっきは勝ったんだ。
俺は《地獄の釜》を前に広げる。
ザッザッ
足音は消えることなく、どんどん大きくなって聞こえてくる。
「それを見ると、さっきと同じ羽目に遭うんだろ?」
ドレイクは半身になって眼帯のある側を向けたまま接近してくる。
いくら絶対無敵の守りさえ貫通できるとはいえ、やはり絵は絵で目に入らなければ意味はなかった。
俺はナイフを構える。
敵の得物に比べたら貧弱だが、視覚のハンデがある以上こちらのほうが有利だ。
シャキン
手元が軽くなったと思うと、俺の喉スレスレにサーベルの切っ先が置かれていた。
「ゲーム―オーバーだ絵描き」
ナイフの刃を断ち、二の太刀で俺を突く。
見えていないはずなのになぜそこまで正確な動作をできた理由は、どうやら眼帯はフェイントで、本当は逆側に隠れていた左目で足元を探っていたようだ。
「さてここまでウチのアジトを荒らしてくれて、いったいどうしてくれようか?」
もはやまな板の鯉になっている俺を前にして、ドレイクは心底から愉快そうにする。
一瞬で勝利をおじゃんにされて、絶体絶命のピンチに立たされた。
俺はリディさんのほうへ目を向けながら、喉仏が刃に触れないよう気をつけながら喋る。
「なあ。彼女だけは助けてくれないか?」
「ちょっとなに言ってるのピガロくん!」
「この前の件も含めて、あんたの部下を殺したのは全部俺だ。結果的には彼女の父も含めて、リディさんたちはあんたらに危害を加えちゃいない」
「……だから見逃せと? 盗賊が一度狙った獲物を放せと?」
おそらく面子が立たないということだろう。
そんなもの知るかと言いたいところだが、状況が状況のためひたすら懇願する。
「お願いだ。俺にできることなら、なんでもする。なんなら命だって捨ててもいい。まあ所詮、《絵師》になった俺の命なんてそのへんの畜生にも及ばないけど」
「なんでもか……」
一蹴されるかと思ったが、意外にもドレイクは思案する。
やがて口元から拳を外すと、
「なら絵描き。おまえ、ウチに入れ」
「はい?」
「俺様の部下になれ。そうしたら小娘は見逃して、二度と手出しをしないようにしよう」
驚きの提案を口に出してきた。
リディさんは反対の声をあげる。
「駄目だよピガロくん。あたしのために、そんなことまでしなくていいから」
「分かった。その話、受けることにする」
「そんな……」
ショックを受けるリディさん。
だが俺の本音も、言葉とはまた違っていた。
もうどうしようもなくなったこの段階ではこいつの脅しに従うが、いつか隙を伺って脱出する。盗賊家業なんてまっぴらごめんだ。
そんな俺の企みを知ってか知らずか、ドレイクは答えを聞くと笑顔になった。
「よし。二言はないな。なら入団直後で悪いが仕事だ。こっちに来い」
「ちょっとあんた。ピガロくんに変なことしたら承知しないわよ!」
「小うるさい小娘は黙ってろ」
猿轡を嵌め直すと、んん~と暴れるリディさん。
ごめん。今は助けられないが、絶対にあなたには傷ひとつ付けさせない。
俺は秘めた決意とともに、ドレイクの背中についていく
それなりに歩いてから、洞窟の空間を利用したまた別の部屋に案内される。
いったいこの部屋でなにをしようというのか。
俺はどんな拷問や非道をされようとも揺らがないよう覚悟しながら、室内に足を伸ばす。
「――」
言葉を失った。
丁寧に塗装された壁と天井はさっきとは別の世界のようだ。だが真に驚くべきはそこじゃない。
室内の端から端まで、絵画が飾られていた。きっちり額縁にまで入れられている。
「俺様の部屋だ」
「あれはモーダンの受胎宣言。隣にはオグラヴィナのプリマドンナ。最初の朝餉……すごいすごすぎる。持ち主不明だったありとあらゆる名作が、こんなところにあったなんて。あれ、これってもしかしてアーベルの塔?」
「アーベルの塔は王国の美術館にもある。まああれは贋作で、ここにあるのが本物なんだが」
名前が出た絵を凝視する。
一度、見たことがあるが確かに比べてみると美術館に展示された作品より細かいタッチが画家のものに酷似していた。
絵だけではなく彫像や陶器など複数のアートが並べられていて、その全てが美麗だった。
この世界に生きているものならば一度は聞いたことのある伝説の芸術家たちの作品に囲まれて陶酔に浸っている俺へ、ドレイクは椅子を出した。
「これを見たからには、俺様が言いたいことはなんだか分かったな?」
「よく分からないけど、こんないいものを見せてくれてありがとうございます!」
「……調子の狂う男だな。なら直接言うが、俺様の自画像を描いてくれ絵描き」
「えぇっ!?」
突然の似顔絵注文。
努力が結ばれたことに喜ぶより、怖くて竦んでしまう。
「いやこんな偉大なる作品に囲まれながら、俺の拙いものを見せるには……」
「描け。あの小娘を殺したいのか?」
その条件を提示されたからには、従わないわけにはいかなかった。
渋々と椅子に座り、部屋の中央で俺とドレイクは対面する。
持ち合わせていた道具を床に敷かれた絨毯を汚さないように広げ、紙越しに話しかける。
「確認するが、注文はあんたが一番絵に映える感じでいいんだよな?」
「そうだ。この俺様の勇姿を描け。色々な絵描きに頼んで駄目だったが、あの人を殺せる絵を描いたおまえに任せてみるのもまた一興だ」
かなり買われているようだが、あれは俺自身がデザインしたものではない。
それでも求められたからには、全力で描いてみせる。
ドレイクの後方には、この部屋で唯一、布が全体に被せられて正体を露にしてない絵画があった。それを気にせず、筆を進めていく。
《早描き》
スキルを発動して、描写速度を十倍以上にする。
モデルが疲れて体勢を崩さない内に細かい部分や色塗りまで済ましていく。
「できました」
「ほう早いな。では山狐盗賊団長に相応しい荒々しく目にしたものを恐怖心で震え上がらせる俺様の姿を――」
ガタン
手に取った途端、完成した絵画をドレイクは落とした。
わなわなと震えながら、顔を真っ赤にして叫んでくる。
「貴様! これはどういうことだ!?」
自画像のはずなのに、絵には特徴である大量のひげがどこにもなかった。
そればかりか、服や肌に付いている汚れが取り除かれた美しい姿が存在していた。
怒りの眼差しを向けてくるドレイクに対して、俺は堂々と胸を張った。
「――だってあんた女だろ?」
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