5話 無双
♢
痛い。
地面に拘束されたまま放り投げられたリディ。現在、彼女は洞窟の奥にいた。日の光が差さない場所では、ランプこそが唯一の光源で小さな火が宙で揺らめいている。
周囲にあるのは温かさを感じられないゴツゴツとした岩肌とその前にズラッと並ぶ凶暴な男たち。
彼ら全員が、現れれば泣く子も黙って逃げると巷で畏怖されている山狐盗賊団のメンバーだった。
「話が聞きたい。口元だけ解いてやれ」
「分かりました」
団員のひとりが猿轡を外す。
「いったいなんだってのよあんたたち! どうしてこんなことするのよ!?」
自由になったリディは、溜まっていた鬱憤を吐き出す。
告白を断り続けてきたばかりで、人生で初めてのデートを楽しんだ彼女が気分よく朝を迎えたらいきなり大勢の盗賊たちが店の中に入ってきた。
目の前で、多勢に無勢で倒される父。
ショックで混乱している間に、強引にそのままここまで攫われてきてしまった。
「ずいぶんと威勢がいい小娘だな」
「黙らせますか?」
「別にいい。それより邪魔だから、おまえたちが黙っていろ」
「はい」
武器を手に握りながら尋ねてきた大男だが、ひとまわり小さな中央の人物に命令されると黙々と下がった。
「誰よあんた?」
「俺様の名前はエドワード・ドレイク。この山狐盗賊団のボスで、一部だと赤髭鬼と呼ばれている」
白みがかった赤髪に、モップのような頭と同色のひげ。長い傷の上に黒い眼帯を右につけている。
ドレイクは玉座のような椅子に足組みをしながら、リディと会話する。
「赤髭鬼だかなんだか知らないけどね、こっちは迷惑しているのよ。因縁つけてきたのはそっちなのに、まったくなにさまのつもりなのよ!?」
「俺様」
「……」
「冗談だからそう苦虫を噛み潰したような顔して怒るな。だがおかしいな。部下たちの報告では、そっちが一方的に襲ってきたという話なんだが」
「はあ? そんなわけないでしょ。昨日、店にきたと思ったらパンも買わずにいきなりこの町で営業するからには自分たちへ金を払えって脅してきたのはそっちのほうよ。しかも断ったら、店を荒らしはじめるし」
「なるほど。それが本当なら、頭にくるのもおかしくはない」
あれ? 意外に話が通じる?
リディの言い分を聞いて頷くドレイク。もしかしたらただの行き違いで、ちゃんと説明すれば納得して和解してくれるかもしれない。
そのままリディは事実をありのまま伝えようとする。
「――本当ならばな」
「えっ?」
「仲間の話と、その仲間を襲った敵の言葉どちらを信じると思う? 少なくとも証拠がない時点では、俺様は絶対に部下のことを信用してやる」
憮然とした態度でドレイクは言い放った。
「なによそれ……」
リディはこの卑劣な盗賊たちを前にしても嘘なんてひと言も吐いてない。
しかし真実はどうあれ、ドレイクはなにを話しても信じない。
なぜ大切なものを荒らされるどころか、命まで脅かされたのに屈しないといけないというのか。
抗えない現実に、リディの心は押しつぶされていく。
「どうやらこれ以上はなにもないようだな……では予定通り、昨日の成果を報告しろ」
「はっ!」
物言わなくなったリディを放置して、盗賊たちはボスの命令に従う。
最も大柄の男が箱を抱えながら並びから出ると、ドレイクより小さくなるよう跪く。
「ボスがかねてから欲しがっていた太陽の女神像を入手してきました」
「おお!」
「すげえ! 本当に純金でできてるよ!」
宝箱を開けた先にあったのは、全身が金で形成された女性の彫像。
芸術が分からなくても簡単に想像できる価値に、周囲の盗賊たちもリディも目をまん丸にして驚く。
周囲の声から会心の手応えを掴んだ男は、得意げに笑みを浮かべた。
「どうでしょうボス?」
「……右腕が、じゃっかん捻じれてないか?」
「あっ、本当ですね。さすがボス目聡い。ですが欠けてはいませんし値打ちには異常は――」
ガツン!
男が口を動かしている途中で、顔面に蹴りが飛んだ。
「ふぎゃっ」
吹き出る鼻血を抑える男。
彼を見下ろしながら、ドレイクは左右へ低くなった声で言う。
「そいつを抑えつけろ。失敗した罰を与える」
事態の急変に動揺していた盗賊たちだが、ボスから一喝されると即座に動く。
数人がかりで全身を拘束して、地面に這いつくばらせる。
「ぼ、ボス。自分は失敗なんて」
「おまえの言う通り、たしかに純金としての価値は落ちてねえよ。だがあの女神像自体の売値はあの傷でおそらく半額以下になった。ただの金ならこの程度の量インゴットでいくらでもある」
腰から垂らしていた鞘からサーベルを抜く。
掲げられた銀色の三日月は人間の骨なぞ容易く断ち切れそうだった。
「ちょっとやめなよ。大切な仲間なんでしょ?」
いくら傷つくのが犯罪者とはいえ、目前の凶行は黙って見てられずにリディは口を出す。
「部外者は黙ってろ小娘。仲間だからこそ、失敗をそのまま見過ごすなんてできるか!」
「だからってそれはやり過ぎよ」
「知るか。これがうちのやりかただ! だいたい小娘、次はおまえの番だぞ! こいつと同じ罰を受けるんだよおまえは!」
指を伸ばせ、とドレイクは部下に命令する。
男の掌を強引に開かせて固定すると、サーベルを小指の真上に置いた。
なにをするか分かったリディは青ざめる。
照準を合わせ終えると、ドレイクは思いっきり刃を降り下ろす。
ギィィ……
聞こえたのはサーベルが土を割る音ではなく、たてかけの悪い扉が開いた音。
新たに足を踏み入れたのは、曝け出した絵を持っている状態のピガロだった。
♢
扉の先でピガロ――俺を待ち構えていたのは、映画で見たことのあるヤ〇ザの制裁現場。
予想外のことに戸惑っていると剣を握っている赤ひげの男に声をかけられる。
「おまえは誰だ?」
正直、不審者過ぎて逃げだしたくなるが我慢してその場に立ち止まる。
「誰もなにも、呼び出したのはあんたたちのほうだろうが」
「もしかしてワイバーンを倒した絵師か」
「そうですドレイクさん! こいつが、おれたちを襲ってきたんです!」
俺の遥か後方から、あのキレてワイバーンを町中に出した盗賊が叫んできた。
見ないと思ったら牢獄に捕まったままじゃなくて隠れていたのか?
俺がなぜいなかったかの理由を考えていると、部下に呼ばれた赤ひげは怪訝な顔つきになる。
「待ち構えていた一〇〇名以上の団員はどうした? ワイバーンを倒したとはいえ、迎撃用の罠も入念に準備していたはずだ」
「それがこいつ。たったひとりでみんなを倒しちまいやがって!」
「なんだと?」
洞窟の入口からここまで。俺が通ってきた道には山ほどの棺桶が転がっていた。
俺の出した結果に思わず閉口する盗賊たち。
「ボスお願いします! こんなやつさっさとケチョンケチョンに」
「そろそろ静かにしろ」
俺は風呂敷に包まないまま、《地獄の釜》を背中へ回す。
目に入ったようで、騒がしかったやつは死んだ。
これから前の十人を相手にするっていうのに、バックポジションを取られているのはかなり脅威だった。
集中力を一方向に注ぐ。
「あの、ごめんね」
拘束されたままリディさんが口を開いた。
俺は無事だったことに安堵する。
「なにがです?」
「巻きこんじゃったこともだけど、できるかぎり争いとかしたくなかったんでしょう? だからごめん」
「気にしないでくださいよ。所詮、絵は絵です。人の命には代えられない」
それに巻きこまれたのはリディさんたちもだ。
彼女らはただ平和に暮らしていただけなのに、盗賊たちはただ一方的に奪いにきた。
そんなこと当然、許せるわけあるか。
怒りに燃える俺は、相手に準備させる暇もなく不意打ち気味にスキルを放つ。
《地獄の釜》
分かっているリディを除いて、屋内にいる全員が目を開けていた。
これならいける。
勝利を確信した瞬間、
《女神聖天守護壁》
あらゆる武器も魔法も無効化する絶対防壁がドレイクを中心にして周りを包む。
盗賊系のジョブでは使えないスキルのはずなのになぜ!?
疑問に頭が埋め尽くされるが、だからといって俺にはこの絵しか手段はない。
頼む……どうか通ってくれ……
願いをこめながら結果を待つ。
リディさんが瞼を上下に開いた頃には――十の棺桶が地べたに広がっていた。
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