4話 初めて褒められた
「大変でしたね」
「ねー」
盗賊たちの襲撃から数時間後、俺はリディさんとふたりで教会から出てくる。
ワイバーンを倒したあと、魔力の余波から魔物の出現を感知した自警団がパン屋の前までやってきた。一部のことを伏せながらもあらかたの事情を説明すると納得してもらえ、俺も含めて被害者側であるリディ親子についても御咎めはなかった。
だがワイバーンの死体の処理に大人数が割かれたため、盗賊たちの蘇生を頼まれてここまで棺桶をふたりがかりで運んできたのだ。
「あたし蘇生はじめて見たけどあんな感じなんだね。ガッチョンガッチョンってすごかったな」
「いやあんな風に鎖で雁字搦めに普通されませんけどね」
盗賊たちは生き返ると同時に捕縛されて身動きはできない状態にされていた。神父曰く、あのままの状態で自警団に引き渡すらしい。
「けどさ、なんでその絵のこと自警団の人たちには言わなかったの?」
「あーこれはですね……」
リディさんは俺が背負っているものに目線を寄越す。
これはかつての俺の死因である一度見たら死ぬ画像を再現した絵だ。実際に目に入れただけで死ぬのは、俺自身、完成させた瞬間に物言わぬ遺体となっていたため分かっていた。
ただ自分の手で描きたかっただけだったのに、まさかこんな強力な攻撃スキルになるとうは夢にも思わなかった。
俺は困った素振りで答える。
「なんというか、こいつをできるだけ荒事には使いたくないなって。だってとてもいい絵なんですこれ。迫力あるというか、見ているだけなのに中から色で叩きつけられるというか。ともかく凄い作品なんです。だけどこれの及ぼす効果がバレたら、色々なことに利用されるだろうなって」
「ふーん。まあよく分からないけど、ピガロくんが黙ってほしいならあたしもお口にチャックしておくよ」
「ありがとうございます。あといくら生き返れるといっても、死ぬってめっちゃ苦しいんであんまり人にさせたくなくて」
「そっか……うふふふ」
なぜか急に笑い出すリディさん。
困惑していると、彼女から訳を話してくれた。
「あたし実はさ、冒険者とか嫌いだったんだよね」
「えっ?」
「いやまあ色々な冒険者はいるのは分かっているよ。だから冒険者志望ってだけでピガロくんを否定まではしなかったし。だけど死んだお母さんはさ、あの盗賊たちと同じ元冒険者に殺されてね。あの人らってともかく力あるから暴れられたらほんと手がつけられなくて、戦場帰りのパパが駆けつけてこなかったら多分あたしまで殺されてたもん」
死んだとしても蘇生できない条件はいくつかある。リディさんのお母さんは、死んでからあまりにも時間が経ちすぎてしまったらしい。
それにしても唐突に明かされた重い過去。
リディさんが言うには、店主がパン屋をやり始めたのもその事件が原因だったそうだ。妻のように、自分がいない場所で娘まで失うわけにはいかないと。
「だから能力を悪用しそうにないピガロくん見るとつい嬉しくなっちゃって」
「ど、どうも」
そんな大層な気持ちだったわけでもないため、反応に少し困ってしまう。
ルンルンとリディさんが先に歩きだすと、日差しが彼女を照らしだした。
「朝だね」
「そうですね。朝ですね」
「ねえ。よかったら、これからデートしない?」
「いいですねデート。うぇっ!?」
聞き慣れない単語が耳に入ってきて、驚天動地の思いになってしまう。
ちょっ、ちょっと待て。今、デートって言ったか? 勘違いするな。彼女はおそらく日付けのほうを訊こうとして。
リディさんは振り返ると、俺の手首を掴んでグイッと引っ張った。
「じゃあ行こう。レディーファーストだから、あたしが先導してあげるね」
「い、いいんですか俺なんかと? 店もあるし、あのお父さんめちゃくちゃ怒るんじゃ」
「ワイバーンの処理があるから、今日はお店休みだって。だからまた危ない目に遭わないように、あの坊主にボディーガードさせろってさ。断りそうだったら、パンの耳代請求しろって」
まさか本当にあのリディさんからお誘いされるなんて。
夢としか思えない魅力的な提案だが、現実的な条件が突きつけられてこれはリアルなんだと認識する。
先行く赤ずきんから零れた三つ編みの金髪がとても美しく輝いた。
「こんな感じが、よろしいかと」
「やったーかっこいい!」
「は、はは」
鏡の前で、俺は苦笑いを浮かべている。
細いタブレットに薄いショースに革ブーツ。元の世界だったらコスプレ扱いされそうな衣服を身に纏っている。
最初のデートスポットが、リディさんの実家の時点でこの可能性に気づくべきだった。
シャワーを浴びせられて元の服を掃除されたかと思うと、この服屋に連れてこられた。
そこからは流されるまま、俺は着せ替え人形のように店員とリディさんに様々な服を着せられた。
「なんか微妙そうだけど、どうしたの?」
「いやファッションのことは正直分からないんですけど、あんまこういう服は好きじゃないなって」
「とてもお似合いですよ。素材がよかったから、一段と力が入ってしまいました」
「でもその、苦手なんですよこの顔」
鏡に映る女の子みたいな自分の顔を怪訝な目で見る。前世でも似たような感じでからかわれたため好きになれなかった。
せめて生まれ変わるのなら、もっと逞しくなりたかった。
枝のようにか細い手足を前にして、溜息を吐いた。
「贅沢な悩みですね。しかしファッションとは自己表現。着ている人間が満足しなければ意味がありません」
「じゃあこれどう?」
「あっ、いいですね」
リディさんが持ってきてくれたロングジャケットを羽織る。生地が分厚く、威圧感ある黒のためこれなら少しはマシに見えた。
その上着ならばこちらのほうがいい、と店員さんに他のところも着せ替えされる。
最終的には、若干着せられている感じもするが自分としては満足する仕上がりとなった
「表情からすると気に入ったみたいね。じゃあこれ買ってあげる」
「えっ? いいんですかこんな高いの?」
「大丈夫。あたしのお金じゃないから。お父さんが、娘の命を救ってくれた礼だって。これで少しは商売も繁盛するだろうってさ」
どうやら店主には、見抜かれていたようだった。実際に店を切り盛りしている彼からすると、当然のことだったのだろうが。
それにしてもなにからなにまでお世話になって、彼には今後、頭が上がることはなさそうだった。
「だからあたしからはこれね」
背後で、キュっと縛られる音。伸びきった髪がリボンによってまとめられる。
「男の人でも違和感ないように目立たないやつだから。こういうほうが好きでしょ?」
「ありがとうございます!」
プレゼントもだけど、なによりもこちらのことを考えての気遣いが嬉しかった。
俺が笑顔でお礼を伝えると、リディさんも同じく唇を綻ばせた。
「ううん。こっちこそ、あたしとパパを助けてくれてありがとう。あの時、最高にかっこよかったよ」
「……」
「ど、どうしたの急に黙りこくって。なんか失礼なこと言っちゃった」
「違います。そうじゃないんです」
この時、俺はリディさんから顔が見えないように俯いていた。
覆った掌の奥で、俺は泣いていた。
初めて誰かに褒められた。絵師になって、初めて活躍したことが認められた。
感涙で歪んだ表情は、とても憧れている女性には見せられなかった。
ふいに、頭を覆う柔く暖かいもの。
「ピガロくんはよく頑張ったね」
思いを察してくれたのか、リディさんは微笑みを浮かべながら俺を撫でてくれた。
気恥ずかしくも喜んでしまう照れの時間は、一度離れた店員さんが再びやってくるまで続いた。
「それじゃデート楽しんでいこー」
服屋を出てからのリディさんの威勢のいい声。
その言葉通り夜まで続いた前世含めて俺の初デートはとても楽しく、一生忘れない思い出となった。
宿屋に帰っても、まだベッドの中でひとり陶酔する。
願わくは、学校へ戻る前にまたもう一度だけできないかなと昨日までとは違った希望を胸に抱いて眠りについた。
――だが、絶望というのはいつも近くに潜んでいるものだとすぐに知ることとなった。
朝を迎えた俺は、せめて彼女の顔が見たいなと用事もないのにパン屋に出かけた。
「……ぐふっ」
扉の先にあったのは荒らされてパン屑がそこかしことに飛び散っている店内と壁にもたれている店長。
眠っている彼が握っている紙には、メッセージが書かれていた。
“娘は預かった。無事に返してほしくば「山狐のアジト」へひとりでこい。小汚い絵描きへ”
騒ぎを聞きつけて集まってきた町の住民たちの間を、俺は絵を背負ったまま飛び出した。
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