33話 ジョブチェンジ
なぜヒュドラがここに?
ヒュドラなんてハイレベルな魔物がいれば直接戦ったことがなくても噂になっているはずなのに、聞いたこともない。
俺は予想外の強敵の出現について原因を探る。
前回同様にトラブルか。いいや授業が始まる前に教師陣が必ず点検を行っているそうだし、ましてやあのカルト村と違って虚偽の査定をする理由もない。
でもそういえば、このヒュドラどこかで見た覚えが――
「やっぱりこのジョブじゃ駄目なのじゃ……」
アイニーのガックリした声に思考が途切れる。
「下僕は無事だったけど、妾自身はまたなにもできなかった……なんで水神様はこんなジョブに妾を選んだのじゃ?」
「こんなジョブって、花魔法使いのこと?」
「……おーい。話しているのはいいが、そろそろ引き上げてくれ」
「分かった。アイニー。すまないがこっち持っててくれ」
穴の底にまだいたドレイク。
繋がっているロープをふたりがかりで引っ張りながら、俺はアイニーへ尋ねた。
「ウンショ、ウンショ」
「アイニー。きみは今のジョブに不満があるのかい?」
「ウンショ……当たり前じゃ。人魚は水に生きる種族。水魔法に適性があるジョブなら、きっともっと活躍できて、落ちこぼれ扱いもされなかったはずじゃ。現に妾は水魔法は呼吸さえできれば人並みに使えておる。ジョブの適正さえ合っておれば今頃はあんな馬鹿にされることも……」
レンジやオーブンにからかわれている時のことを思い出しらしく、苦虫を嚙み潰したような表情になるアイニー。
俺はそんな彼女に懐かしさを覚えた。
自らの才能は本当は別のところにあり、上手くいかない現状に不満を募らせる。
それはまるで昔の俺を鏡で見ているようだった。
だがついこの前までの俺とは反対に、パッと元の快活な笑顔になるアイニー。
「でも、もうすぐこんなジョブとはおさらばになるのじゃ」
「ジョブチェンジか?」
俺はすぐに彼女の元気な源を察した。
ジョブチェンジとは、名の通り自らのジョブを別のものに変えることのできる方法だ。細かいやりかたは知らないが、トレジャー学園では学校側に申請すれば可能だった。
「だけどジョブチェンジは、元のジョブである程度成績を残さないと許可はしてもらえないぞ」
この条件のせいで、俺は長らく黄金の爪の連中に迷惑をかけて。みんなに見下され続けた。
理由はあるらしいのだが、自分に不向きなジョブで結果を出せないのだから変えてほしいのにそれができないというのは本音を言わせてもらうと不可解な制度である。
とはいえ、いち生徒の立場でいくら不満をあげようがなにも変わらなかったのだが。
まあ俺自身の文句は置いておいて、アイニーの言い分への疑問としてジョブチェンジしようにもまだそれらしい実績を挙げてないであろう彼女はできないのではないだろうか?
かつて俺のように制度を詳しく知らず、膨らんだ期待が外れて落ちこむなんて事態になるのならできるだけ早い段階で止めてやりたい。
そんな気持ちで俺は嫌われる覚悟で突き放すような言い方をしたのだが、
「既に知っておるし、とっくに解決済じゃ」
なんとアイニーは一切動じることなく自信満々で答えてきた。
「マジか?」
「マジじゃ。これはジョブチェンジを提案してくれたレイお姉様が教えてくれたことでのう。お姉様が進言してくれれば、たとえまだなにもしてない一年生でも可能なそうなのじゃ」
「レイが?」
俺が目指している学生大会で既に活躍し、教師陣からも認められている幼馴染。
言われてみればたしかにあの頃のなにもできずに足引っ張りだった俺と違って、彼女の意見ならば通るかもしれない。
アイニーは嬉しそうにレイの話をする。
「レイお姉様は亜人で落ちこぼれの妾にも偏見なく接してくれるのじゃ。ついこの前まで妾は力のないせいで馬鹿にされ、種族のせいでみんなに混じれなかった。でも魔法科の授業でレイお姉様は隣に座ってくださり、その時は卑屈だった妾にも「怖がらなくていいわ。同じ人間なのだからみんな平等よ」と他の子たちと同様に扱ってくれたのじゃ」
「あいつがそんなことを……」
幼い頃から俺を傷つけ、嘲笑してきた彼女。
そんなレイがまさかこうして誰かを救っていたなんて。
なにか理由があったのかもしれないが、元仲間の知らなかった顔が明かされてショックを受けている自分がいた。
ジャキッ
その時、地面にサーベルを刺してドレイクが穴から這い上がってきた。
「あー。デカい穴だった」
「無事だったかドレイク?」
「この通りピンピンしているよ。おまえたちはいったいなにがあったんだ? さっきまでなんか話もしてたそうだし」
「あー。それはだな」
状況を理解していなかったドレイクにかいつまんで説明する。
話を聞き終えたドレイクはヒュドラの死体へ目線を落とした。
「おいピガロ。こいつもしかして契約魔物じゃないか?」
「えっ?」
「ほら。ここに紋章がある」
既視感の正体が判明した。
俺はヒュドラの首元に刻まれた紋章を知っている。こいつはたしかあのオーブンって娘の契約魔物だった。
よく見ると、紋章が切られているかのごとく傷ついていることに俺は気づく。
直後、黒い疾風が坑道内に吹いた。
一早く察知したドレイクはサーベルを構える。
《堅防壁》
激しい衝突のあと、割れた壁の穴から魔物が顔を覗かせる。
ケルベロス。
闇に混じる黒い獣毛に包まれた三つ首の狼がそこにいた。
「ピガロ今だ!」
「分かってる」
ドレイクの指示と同じタイミングで絵を懐から出す。奇襲によって防御を破ったケルベロスだが、やつもまた勢いを失って停止していた。
《地獄の釜》
ヒュドラと同じく目さえあれば、この絵を見ると死んでしまう。
バチャアン!
右の首が爆発した。
一同揃って撃退の成功を確信した瞬間――ケルベロスは再加速した。
「うおわぁあああ!」
「ガキ!?」「アイニー!?」
アイニーは首元を咥えられて、水槽から引きずり出される。
ケルベロスは首ひとつ失ったまま人魚を持ち去っていった。