32話 ぽんこつ人魚
「妾の名は、アイニー・ミヅエノウラ。この学園の一年生にして、ジョブは【見習い花魔法使い】である」
まるで水族館のイルカのように上半身だけ水面から出したまま高笑いするアイニー。
隣にいたドレイクがそっと耳打ちしてくる。
「おい。なぜ、あの人魚を選んだんだ?」
「いや結局、誘った人みんなに断られたから先生に余ってる同士で組まされて。でも実力については未知数だからいいだろ? 落ちこぼれだって言うなら俺もそうだったし」
「そういうことじゃなくて、おまえたち仲たがいしたはずじゃ」
「おい下僕」
「俺もそうだと思っていたんだけど、なんか向こうから組みたいって積極的にアピールされて」
「こら下僕! 呼んでおるのじゃから返事するのだ!」
「あっ、俺のことか」
アイニーに怒鳴られて、ようやく下僕が自分を示すことに気づいた。
チャキンッ
ドレイクがサーベルの切っ先をアイニーの鼻先へ向けた。
「ひぃっ! な、なんじゃ人の女!?」
「ドレイクだ」
「そんな名前じゃったのか……これは今からお世話になるパーティーの方へ失礼をした。ではドレイク、妾にいったいなぜ、ぶ、武器を向けたりするのじゃ?」
「入らせてもらったくせに、いきなり自分のところのリーダーを下僕呼ばわりする無礼者に礼儀ってやつを教えてやろうと思ってな」
正直、俺からしても怖いほどドレイクは静かに怒っていた。
そういえば彼女は自らがボスの盗賊団内で決めたルールにとても厳しかったのを思い出す。
理由を説明してもらうと、自分の考えによほど自信があるらしく得意げな顔で答える。
「そやつには命を救ってもらったお返しに妾の下僕にしてやるのじゃ♥」
《切裂》
その場でサーベルが勢いよく風を切った。
「ひぃいいい!」
「悪いな。俺様はこういう場での冗談は嫌いなんだ。もう一度だけ機会を与えてやるから、今度こそ本当のことを言え」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「うるせえ。謝るんじゃなくてさっさと本当のことを……」
「うぇえええん! 嘘なんて言ってないからもう剣使わないでぇえええええ! お姉ちゃん怖いよぉおおお!」
おいなんだ? あの子、泣いてるよ。うわ喧嘩かよ。
アイニーの大声を聞きつけた生徒たちが遠巻きにこっちを見てくる。俺は気まずくなるが、ドレイクは意に関することなくサーベルを構え続ける。
「おいガキ。泣けば済むと思ってるのか? 残念ながらこちとらそんなの履いて捨てるほど見慣れてるんだよ」
「うぅぅ……」
「ドレイク。もういい。そのへんにしとけ」
「上下関係の乱れは集団の混乱を招く。だからこそ最初に徹底しておくべきだ」
「アイニーはパーティーに正式に所属してくれたわけじゃない。それに穴埋めしてもらって、助かってるのはこっちも同じだ」
さすがに泣き続けるアイニーを見かねて、助け船を出すことにした。
ドレイクはチッと舌打ちしたあと、刃を鞘へ納める。
「分かった。今はおまえがリーダーだ。部下の俺様は指示に従おう」
「ありがとう」
「だけど経験者として言わせてもらうが、いざという時にまでその甘さで判断するのはやめておけよ。前回は初めてだから指摘はしなかったが、これからは少し厳しくさせてもらう」
前回というのは遠征のことだろう。
確かにドレイクやプロであるグリニアに任せてばかりでリーダーとしては頼りなかった。
あまり考えていなかったが、俺も反省しなければならないのかもしれない。
「アイニー。怖がらせてすまなかった」
まあ今はそんなことより、怯えて泣いている人魚を落ち着かせることが先決だ。
「げ、下僕~助けてなのじゃ~」
「もう大丈夫だから泣きやんで」
「……よいのか下僕でも?」
「俺は別に気にしないから」
「そうか……そうか……」
アイニーはうつむいて独り言を言っていたかと思えば、パッ、途端にさっきまでと同じ自信満々の表情に戻る。
「フハハハハ。では、いざ冒険に行こうではないか。妾を運ぶのだ下僕よ」
「やっぱり一度、痛めつけておいたほうが」
「け、剣はもうやめてくださいのじゃ」
「もういいから。今回は時間にも限界があるんだし、さっさと行こう」
先行き心配になる野良パーティーを結成した俺たちはダンジョンを目指すことにした。
「ゼエ……やっと……ゼエ……着いた」
ダンジョンの入口に到着した頃には俺は汗だくになっていた。
本来、集合地からここは少しばかり離れているが、そんなに疲れるほどではない。
原因は俺のすぐ後ろにあった。
「フハハハ。スタート地点に立ったばかりとはいえ、よくやった下僕。褒めてつかわそう」
「ゼエゼエ……どういたしまして……」
アイニーの命令の運ぶというのは文字通りで、彼女が入った水槽をここまで運搬してきた。
人魚でも魔法の維持で消耗することなく移動するために思いついた方法らしい。
悪くないアイディアだとは思うが、たぶんこれだと他の仲間がアイニー以上に体力を減らす。
「前の時みたいに、人間の足にはなれないの?」
「あれは干上がった時限定の姿じゃ。あんなもの続けたら干物になるほうが先じゃ」
「ゼエゼエ。ピガロこれ本当にダンジョンの奥までいけるのか?」
「う~ん」
できることなら早めに結果を残したいが、幸い、学生大会までにはまだ時間がある。全滅のペナルティを考えると今回は無理しない程度にしておくべきかなと考え始めた。
「まあ休んでれば思ったより回復できたし、いけるところまで行こう」
「なにもなかったここまでならともかく、ダンジョン内でこんなの続けられるかどうか」
「ワンッ!」
「ドックはまだまだいけるってさ」
元気よく鳴く黒いスライム。
学生大会に参加できないドックだが、なんと今回の授業では起用が可能だった。
A級魔物にも引けを取らないばかりか多数を相手にできるスライム。水槽に関しては大きさの都合上、手伝うことはできなかったがダンジョンでは大いに頼りになることだろう。
俺は失った希望を取り戻し、少しでも深く潜るどころか学年初のダンジョン踏破をも視野に入れて意気揚々と入ることにする。
ギュムギュム
「……」
「まさかそれ以上進めない?」
「クゥーン」
入口の途中で詰まったまま、悲しい声をあげるドック。
俺は彼に出迎えを頼んで、奥に行くことにした。
太陽の下、ハチ公のごとくドックは寂しさを纏いながら闇に消えていく俺の背中を見送る。
「うぅう。よい飼い犬じゃな下僕」
「そうでしょう。本当にドックは最高の犬です」
「いやスライムだろ」
感動し合う俺たちへ、冷静なツッコミをするドレイク。
そんなことをしていると、前に立ちはだかる連中が現れる。
ピーピー ネギネギ ニンジニンジ
「ヤサイマンか」
独特の鳴き声で登場する野菜から手足を生やしたような生き物。
こいつらはヤサイマンといって、最も下のランクであるE級においてスライムと最弱を競い合っている魔物たちだ。
一匹ずつだと弱いが、数が揃っている。
俺とドレイクは気を入れ直して、戦いに挑むことにする。
「待つのじゃそこのふたり。ここは妾に任せるのじゃ」
だがその前に、アイニーがそんなことを言い出した。
「どういうことつもりだ?」
「下僕もドレイクもご苦労じゃった。ここまで妾を運んで疲れたじゃろう」
「あっ、うん」
「分かってたんなら最初からやめろよ」
「だからふたりは少し休憩するのじゃ。なにこの程度の魔物たちくらい妾ひとりでもいけるとも」
アイニーは一流魔法使いのようにまったく失敗を臆することなく言いのけた。
同級生に落ちこぼれと馬鹿にされていた彼女。それはどこか俺と重なるようで、もしかしたら自信に釣り合うなにかがあるのではないかと思えた。
「いくぞ廃棄野菜ども。妾の真の実力を見るがいい!」
様子見するヤサイマンたちに威勢よく言い放つアイニー。
彼女は詠唱と魔方陣の作成を終えると、杖をかざした。
《花束魔術》
カラフルな美しい花束が杖の先から出現した。
「……」
「どうじゃ魔物ども? あまりの光景に見惚れて戦意を失ったか?」
「ピーピー! ニンジニンジ!」
「うわぁあああくるなのじゃぁあああ!」
なにもダメージがないことが分かったヤサイマンたちは一斉に襲いかかってきた。
《針の盾》
間にドレイクが割って入る。
針に突進したヤサイマンはみんな突き刺さってそのまま倒れていった。
「ドレイクありがとうなのじゃぁあああ!」
「おまえドヤ顔で出したのになんだったんださっきのスキル!?」
「こ、これが花魔法なのじゃ。いやでもさっきは失敗したとはいえ、わりといい効果もあるのじゃぞ。ほれ、この青い花なんかとてもいい匂いで戦闘中でも安ぎを得られて」
「集中している時にリラックスなんかしてどうするんだよ……」
呆れるドレイク。
とりあえず俺は他に魔物がいないのか周囲を探る。
「おっ。これは」
「宝箱か」
ヤサイマンたちの死体の中心に箱が落ちていた。
ダンジョンで魔物を倒すと、こうして出てくる。昔は気にならなかったが、前世の知識を取り戻した現在では物理学的にどうなっているのかと気になってしまう。
「謎箱か。鍵開ける必要ないのは気楽だ」
開けてからのお楽しみで、運で中身が決まる宝箱のことだ。
「とりあえず俺様が開こう」
「なんでじゃ? 妾も開けたいぞ」
「馬鹿。謎箱はもしも運が悪ければ魔物が飛び出したりすることもある。だから念には念を入れて、この中でなにかあった時に一番対処できるであろう俺様がやる」
「まあまだ浅い階層だし、そんなことよほどじゃないかぎりは……」
箱の上側を押し上げると、ドレイクの真下に穴ができた。
そのまま竹槍へ落下していく。
《防壁》
ギリギリのところでスキルを使って防御した。
「うおぉおおお」
「あったな。よほどのこと」
「げ、下僕。まだ生きているみたいだし早く助けてやるのじゃ」
言われずとも、用意しておいたローブを投げこんだ。
ギシギシ
ドレイクを引き上げようとしたところで、先にある石の扉から音が聞こえた。
なにごとかと思って見た瞬間、
ピヤァアアア!
扉を突き破ってヒュドラが飛んできた。
「嘘だろっ!?」
「なんでこんなところにそんな強い魔物がいるのじゃ!?」
逃げることを促そうとする。
だがその前に、俺の胴体を巨大は顎が挟んでいた。
ベキベキベキ……ムシャムシャ
「おいピガロ。いったいなにがあった!?」
「下僕! 下僕ぅううう!」
ヒュドラは俺の体を断って砕くと、そのまま口で食べやすいサイズに潰していく。
「あっ、ああっ!」
突然のことに頭が追いつけず、アイニーは絶叫する。
次は自分だ。
ヤサイマンの群れと比較できない恐怖によって、彼女は虚勢を張ることもできない。
カタカタ、と歯を揺らして目の前の悲惨な状況とやがて訪れる自分の未来を重ねる。
俺はなにも言わないままクシャクシャにされていく。
「――ところで、美味しいのかそれ?」
「下僕!?」
一緒に目を丸くして五体満足な俺の姿に驚くアイニーとヒュドラ。
《絵師忍法・変わり身の術》
リリヤとの協力でヒントを得た俺は改良の道を考え、あらかじめ俺の姿の絵を用意しておくことでそれを囮にさせることを思いついた。
ヒュドラが満足そうに食べていたのは《早描き》で背景も描きこんだ絵だった。
食感や味で分かりそうなものだが、視覚情報による錯覚というのは怖いものだな。
「それじゃ出会って早々だけどバイバイ」
《地獄の釜》
ヒュドラは一度見たら死ぬ画像を見たことで本当に死んでしまった。
「あ、あのヒュドラを一発じゃと……そんな学生いや冒険者含めても聞いたことないのじゃ……」
戦いの光景を後ろから見ていたアイニーは驚くように言った。
続きが気になってもらえたらブクマか広告下の☆☆☆☆☆から応援いただけるとありがとうございます