31話 いじめっ子との再会
レイ。
最年少で魔法系ジョブの上級職【大魔女】にランクアップした魔法の天才。黄金の爪に所属し、一年目から特待生としての期待を大きく上回る功績を打ち立てるという輝かしいデビューをしたことで学園の多くの大人と生徒からその実力を認められた才女。
そして、俺――ピガロのいじめっ子だった。
「レイ、お姉様?」
人魚アイニーの言葉が俺の頭の中で反芻する。
彼女は自分を助けてくれたレイに対して、尊敬をこめた眼差しを送る。レイは当然とばかりに余裕たっぷりの笑みで受け止めていた。
「アイニー。いつまでも教室に来ないから心配したわよ」
「も、申し訳ないのじゃ♥ 同級生たちと遊んでいたら、つい熱が入ってしまって♥」
「遊びねぇ……」
アイニーは頬を染めながら訳を話す。
それに反してレイが冷たい目で別のところを見ると、途端にアイニーへ嫌がらせをしていた女子たちがビクっと背筋を震わせる。
「れ、レイ様。わたしたちは決してその人魚がレイ様に気に入られているのがムカついていたというわけじゃなく」
「わたしたちは、そろそろ授業なのでこの場を離れさせてもらいます」
そう言うと、女子たち冷や汗をかきながら逃げていった。
騒動の原因が消えたことで、野次馬になっていた生徒たちも離れていく。彼らは全員、場を諫めたレイを褒めそやすような言動をしていた。
廊下に俺とドレイクだけが残った頃、アイニーが俺を指さした。
「おー! おぬしは今朝の恩人! レイお姉様。あやつが妾を救ってくれた男じゃ」
人魚はレイの袖を引っ張って教える。
俺に気づいた彼女は、微笑んで声をかけてきた。
「あらピガロお久しぶりぃ。後輩を助けてくれてありがとう」
「……前に出会った時から一か月も経ってないと思うが」
「アハハ。そうだったかしら」
笑いを絶やさないレイ。
まるで俺どころかドレイクまで巻きこんだあの事件がなかったとしか思えないような態度だった。
ドレイクも、レイの態度に思うところがあったようで無言ながらも不機嫌な顔になる。
ふたり揃って訝しんでいると、レイは俺たちから視線を外して切なげな瞳をする。
「ごめんなさいね。ふたりとも」
「はっ?」
「レイお姉様。なんで謝っているのじゃ?」
事情を知らないアイニーが横で不思議がると、レイは人魚を見下ろす。
「実はアタシが前にいたパーティーがあのふたりに迷惑をかけたのよ」
「そ、そんな」
「とてもひどいことをしたわ。運良く噂が消えてくれたおかげで後には長引かなかったようだけど、それでも当時しでかしたことは許されることじゃないわ」
「おいレイ。なにが目的だ?」
「ピガロ、目的なんてないわよ。強いて言うのなら、ただアンタたちに謝りたかっただけ」
レイは俺たちへ振り返る。
その飴玉のようなふたつの目は潤んでいた。
「でももし許してくれるのなら、黄金の爪をやめてジョブも変わったアタシと再び親交を結んでほしいわ」
あのレイが自分以外のことで泣いただと!?
初めてのことに俺はショックを受けて固まる。すると横から脇を小突かれる。
「おいどういうことだピガロ? 俺様はあの女と知り合ってたいして長いわけじゃないが、それでもあんな顔しそうなタマじゃなかっただろ?」
「分かってる。たぶんこの中だと俺が一番動揺している」
だが俺は、レイに親しい後輩がいるのを知らなかった。
さらにレイは現在、黄色ベースの魔女衣装で身を固めている。おそらく最近、新しく発明された雷魔法に特化した【雷電魔女】にジョブチェンジしたのだろう。
外見が変わり、パーティーをやめて立場も捨てた。
長年一緒にいたはずの俺でも知らない側面があったことを考えると、あながち彼女の言葉も簡単に否定できるものではなかった。
「いいのなら友好の印として握手をしましょう?」
レイは俺たちへ歩み寄ってくる。
もし本当なら俺は彼女を許すべきだろう。《絵師》の力を十全に振るえず、迷惑をかけたせいで追放されたのは事実だ。その過ちを許してくれてまた共に歩もうというのなら、俺もレイにされたことを不問にするべきだ。
新品の手袋に包まれた手をレイは差し出してくる。
パシィッ
俺は彼女の手を振り払った。
「どういう、ことかしら?」
「悪いが無理だ」
俺はそれ以上なにも言わず、レイの前から立ち去ることに決めた。
だが俺の行く手を妨げるようにアイニーが回りこんでいた。
「恩人いや男! レイお姉様になにをするのじゃ!?」
「少し力が入ったのはすまないと思ってる。でも俺はどうしてもあいつの謝罪を受け入れることができない」
「なぜじゃ? もしや復讐をしようというのか」
「いいやそこまでは。ただレイ。もし俺へ悪いと本気で考えているのなら、これ以上かまわないでほしい」
「なんでじゃ!? 今は別れたとしても、おぬしたち長いこと盟友だったのじゃろう!? ならば間違いのひとつやふたつ許すべきではないか。人とはひとりでは決して完全なものではなく、ミスを犯してしまうもの。だからこそ多くで固まって、誰かが間違った時に助け合うのが人間というものではないか。おい逃げるな。もはやおぬしなぞ恩人ではないわ! このバカ! アホ!」
アイニーを避けて、俺はレイから離れた。
背中に彼女の本心から湧かせたであろう真っ直ぐな罵倒が痛いほど突き刺さった。
キーンコーンカンコーン
授業の鐘が鳴る。
誰もいなくなって物寂しくなった廊下で俺は立ちつくす。
「俺様は別に悪い判断じゃなかったと思うぜ」
「ドレイク……」
ひとりついてきてくれたドレイク。
彼女へ、俺は自嘲するよう言った。
「元とはいえ仲間を許せない小さな男だと笑ってくれ。俺は本当に心が狭い駄目な人間だよ」
和解するならば、あれが絶好の機会だった。
上手くするばやめたとはいえ他の幼馴染の面々とも話を通せて、また仲直りできたかもしれない。
みんなが幸せになる方法で、最良の選択肢だった。
だけど俺はその場の感情だけで拒絶してしまった。
子供の頃のことはいい。もう終わったことで、そもそも許容していなかったらこの学園でパーティーを組みもしなかっただろう。
でもどうしても俺はレイの所業で許すことができないものがある。
ひとつはドレイクを嬲ったこと。そしてもうひとつは、アトリエの火事。
前者は一度やり返して謝られたとはいえ、とうていあんな言葉ひとつで怒りが収まるわけがなかった。後者は黄金の爪全員にかかるのだが、手段を考えるとおそらくその張本人は――
以前ならともかく、【絵師】として冒険者になることを決意した俺にとってどうしてもあの程度の会話でレイの謝意を認めることなんて不可能だった。
「なるほど。よく分かった」
「だろ? さあ大いに笑ってくれ。自分の感情ひとつでウジウジ言って周囲を困らせる愚かなやつだって」
「いや。そんなことは絶対にしない」
全てを聞いたドレイクは真剣な顔つきで俺の隣に立っている。
「なんで?」
「おまえが相当めんどくさい感情をあいつらに抱いているのは分かった」
「め、めんどくさいって。そうかな? わりと普通だけど思うけど」
「いや、はっきり言ってめちゃくちゃめんどくさいぞ……まあ今はそこについてはいい。人の感情なんてどれほど親しかろうが他人が容易に変えられるものじゃないからな。だから俺様がおまえにすることはおまえの悩み解決や相談の答えを出すことじゃない」
「じゃあ、なに?」
「ピガロ。俺様はおまえがどんな選択をしようが、その道の前を進もう。たとえどれだけの連中が、どんな人物が間違っていると否を唱えようが傷ひとつ付けることなく最後まで守ってみせるさ」
俺様は、おまえの盾だからな。
ドレイクは最後にそう付け足した。
ただの言葉であることはレイと一緒なのに、俺はどこか気持ちが軽くなった気がした。
「……じゃあ頼んだ」
「ああ。任せとけ」
「でも、俺だって間違える時は間違えるんだからその時は指摘してくれないと困るよ?」
「そこも任せろ。前にいる俺様がちゃんと進めるよう先導してやる」
「喋って教える盾か。魔道具通り越して魔物みたいだな」
「軽口でも言っていいことと悪いことがあるだろうが。馬鹿」
デコピンされたあと。元気になってくれたのは嬉しいけどよとボソっと呟かれた。
実際、ドレイクの言った通り気力が漲ってきている。今日の授業では四年生までの中級性を対象にしたダンジョン講習がある。今はまだ張り紙の成果が出てないが、そこでいい成績を出せば人も集まってくるはずだ。
そのために頑張るべく、気合を入れ直して学業に臨むことにした。
「それでは三人組を組んでください。余った人や足りない組は先生へ連絡を」
「相変わらず容赦ねえなうちの担任は。そういうの簡単に言えるようなのはそうならないだろうに」
クラスメイトたちが相変わらずロボットのように淡々とした言い方のザガートを揶揄する。
今回の授業においては、彼が担当の教師だった。
あの先生ではとても贔屓なんて受けられないし(別にされたくもないが)、とりあえず言われたことをすぐ済ませるようにする。
「三人。ウチだとひとり足りねえな」
「とりあえず別れて良さそうな人探そう」
「分かった。半端なやつ連れてくるんじゃねぞ。先にいいの入れたほうが、メシおごりで」
唐突に賭けを仕組んでくるドレイク。
まあ失敗してもそこまで悪条件じゃないし、やる気が出るならこれはこれでいいかと受けることにする。
しかし良い人材か……
好成績を残すことを考えると、とりあえず余り物を入れるというのはよくない手だ。だからといって、能力ある人物というのは既に認められてて引く手数多だろう。そう考えると狙うなら強パーティーであぶれた人間だろうか。黄金の爪のように四人や五人だとどうしてもスリーマンセルだと組めない生徒も出てくる。
うん。これでいこう。
狙いを定めた俺はその通りの人材を探すべく動く。もらったぞドレイク。せっかくだから学食で一番高くて手が出せなかったマンモスクロワギュウのステーキを頼んでくれるわ。
そうして白熱したスカウト合戦の結果――
「フハハハハハ! 妾を選ぶというのは実にお目が高いぞ!」
水槽に全身を浸からせたアイニーが前に現れた。
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