幕間 幼馴染パーティーのその前1
今回はこれまでと違って前日譚です
これは俺――ピガロがまだ神童とも呼ばれてなかった小さかった頃の思い出だ。
♢
「いってきまーす」
「お昼ごはんまでには帰ってくるのよー」
まだ生きている両親に見送られ、幼き俺は家から棒キレ片手に飛び出した。
総人口一〇〇人未満の小さな村では子供も労働力とされているが、まだこの頃の俺は手がかからなくなっても力が足りてない年頃なため自由な時間のほうが多かった。
俺は村の近郊の河原に到着すると、熱い太陽の下で熱心に棒キレを独りで振るう。
ピュンピュン
先についている軽い枝が空気を叩いて音を鳴らす。
頭の中で切っているのは虚空でなくドラゴン。持っているのは木の棒ではなく伝説の剣。
俺は今、冒険者なのだ。
未開の大地を切り開き、どんな脅威も退け、最後には誰も見たことのない宝を手にする。
吟遊詩人の声を思い出しながら、想像した光景を駆け巡る。
そうして自分があたかも冒険者になったよう振舞っていると、河原に他の人物の姿も見えた。
「きゃははは。またくだらないことしてるわねピガロ」
上から俺を見下ろし、おかしそうにする子供。
声だけで誰だか分かった俺は、途端に青い顔になる。
「あっ、レイちゃん」
「そんな怯えちゃってどうしたのかな? せっかくだから遊びに付き合ってあげようとしたんだけど」
「いいよそんなの……」
「遠慮しなくていいわよ。一緒にやりましょう冒険者ごっこ」
この時、もう俺の目には竜も剣も見果てぬ大地も見えていなかった。
「やりなさい」
「悪いなピガロ」
現在の【大魔女】であるかつてのレイに命令されると、子分になった村の子供たちが俺を後ろからガシっと掴んだ。
動けなくなったところに、レイが唇の端を吊り上げながらゆっくり近づいてくる。
「は、離して」
「ねえピガロ。あんた、さっきなにやってたの?」
「……」
「答えなきゃもっとひどい目に遭わせるわよ」
「……ドラゴンと戦ってました」
「わはははドラゴンって!」
俺を除いたその場の子供たちみんなが笑い出す。
恥ずかしくて逃げ出したくなっていると、
「いいわ。じゃあやりましょうドラゴンとの戦い」
レイがそんなことを言い出した。
どういうことだとみんな不思議がる。
彼女は子分たちに命令して、俺に棒キレを再び持たせた。
「せっかくだし、発案者のあんたに主役の冒険者を譲ってあげるわピガロ」
「ど、どういうつもり?」
「どういうつもりもなにも、あたしは同じ村の出としてあんたと一緒に遊びたいだけよ」
レイは俺以外をその場から離れさせる。
一対一のような状況になった。
正面に立ったレイから手がかざされる。
「じゃああたしがドラゴンの役ね」
《火球》
俺へ向かって火が飛んできた。棒キレに当たると引火する。
「あちちち」
「きゃははは。勇敢な冒険者が自分の武器を手放していいのピガロ」
嘲笑されるが、現実の痛みには耐えられない。
燃える木を地面に落として、熱気から遠ざかろうとする。
《地錠》
地面が盛り上がって、後退する俺の足を固めた。
「ジョブも授かってないのに魔法を使えるなんてやっぱりすげーよレイ!」
「レイみたいな天才が冒険者になるんだよ。ピガロなんかじゃ無理さ」
「きゃははははは。どうするのピガロ? あんたの冒険の書はこんなところで消えちゃうの? 最初の敵に無様に負けるなんてダサ過ぎてあんたにお似合いの末路よ!」
レイは魔法の準備をする。
俺は泣きながら抵抗するが、足を動かすことすらできない。
嫌だ。俺は絶対に冒険者になるんだ。
だがそんな必死な思いも届かず、貧しく非力な子供の儚き夢は子供の無邪気な悪意によって踏みにじられようとしていた。
「闇あるところ冒険者あり、悪あるところ冒険者あり――」
声に反応して振り向くと、そこには光によってちょうど顔が影になっている女の子がいた。
「あ、あんたは!?」
「――私、参上!」
言い切ると、女の子は上から駆け下りてくる。
レイはその彼女へ指をさして子分たちへ命令する。
「あんなやつやっちまいなさいあんたたち」
「おらおら。おれの拳を食らえ……ぶぼっ!」
殴りかかろうとしたら、逆に女の子からグーパンチを返される子分。
他の子供たちもひとりに対して集中攻撃を加えるが、全員、一撃も当てられずに逆に倒されてしまった。
女の子はレイと顔を合わせる。
「レイちゃん。またこんなことして」
「うるさい! あんたこそ、なんでいつもあたしの邪魔するのよ!」
「悪を挫き、弱きを助ける。それが冒険者だから」
「冒険者冒険者。あんたたち、いつまでもおとぎ話に夢見てんじゃないわよ!」
《火球》
レイはすかさず魔法を放とうとする。
「えい」
「ぎゃあっ!」
だが発動前に殴られてしまった。
レイは頬を抑えると、涙目になりながら言った。
「お、覚えてなさいよ! 今度は絶対にあんたもいじめてやるんだから!」
そして子分たちと一緒にどこかへ消え去っていった。
「うわぁっ」
「あっ、大丈夫」
「いてて」
魔法が解除されると、バランスを保てなくなって俺は倒れてしまった。
そんな俺へ、女の子は駆け寄ってくる。
「はいピーくん。立つの手伝ってあげるね」
「いいよ。自分でやるから」
「えっ? なんで?」
「俺は弱くないの!」
腕を伸ばして不思議がる女の子へ、俺はそう叫んだ。
すると彼女は吹き出すように笑い始めた。
「うふふふ」
「な、なんだよ? なにかおかしい?」
「いいやそうだね。ピーくんは強いもんね」
「馬鹿にしてるんだろ?」
「ううん」
女の子は首を左右へ振って否定した。
駄目だ。力が入らない。
意地を張ったが、足を捻ったせいで立てなかった。だけど彼女の言い分があまりにも悔しくて、俺は頑張ろうとする。
ギュッ
いつまでも転んでいる俺の手首を、女の子は掴んだ。
「だから自分でやるって」
「ピーくんは強い子だよ……でも同じ夢を見てるならさ。お互いに支え合って冒険者になろうよ。みんなは馬鹿にするけどさ。でもきっと私たちが一緒に頑張ればなれないものはないって」
「……分かった」
「もしどうしても嫌って言うならさ、私が困った時に今度ピーくんが助けてよ」
いじめられていた俺を助け、素直になれない俺をなだめる女の子。
彼女はただ力が強いだけじゃなく、心まで立派だった。
そんなまるで太陽のような存在の彼女へいつか追いつこうと決心しながら、幼き頃の俺は強く頷いた。
「うん。ウル姉」
かつて憧れだった女の子――ウルナは繋いだ手を引っ張って俺を起こしてくれた。
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