29話 一日メイド
「というわけで、本日このリリヤはピガロ様の一日メイドとなることに決まりました」
「なにが、というわけ!?」
休日の朝、徹夜で絵を描き続けてから三時間の睡眠を経たあとに起床したら自分の部屋にメイドがいた。
な、なにをされたのか分からない。
頭がどうにかなりそうだ。催眠術とかドッキリじゃない。もっと恐ろしいものの片鱗を感じる。
とりあえずこういう時は、
「二度寝!」
寝て忘れるのが一番。寝不足の夢だったんだよきっと。
《冥途忍法・風遁旋風》
発生した風によって布団と枕が引っぺがされた。
「二度寝はあまり体によろしくないため、ピガロ様のメイドとして禁止させてもらいます」
「メイドなら主人の命令を尊重してくれ!」
「少なくとも自分が教わったメイドというものは、ご主人様が道理として間違った命令をすれば訂正して差し上げるというものです」
すごい立派。
思わず信頼して全てを預けたくなるが、いかんせんそもそもこの状況がよく分かってない。
今まで俺にメイドなんてものはいなかった。
リリヤはマツリエのメイドのはずなんだが。
「なんて考えていたら、いつのまにかご飯までできてる」
椅子に座らされて、その前にはホテルのような朝食が広がっていた。
食材自体は元から自室にあったものだが作り方と盛り方でここまで美味しそうに見えるなんて。
「うまい! 見かけだけじゃなくて、中身も同じくらいうまい!」
「ご主人様が以前に作り上げたチャーハンというものには及びませんが、毎日、お嬢様の舌を満足させるべく屋敷で雇っているシェフに習いましたので」
マツリエはこんなの毎日作ってもらっているのか。いいなー。
朝としては多かったはずの量なのにデザート含めて平らげてしまった。
「ごちそうさま。ありがとうリリヤさん」
「……」
「リリヤさん?」
「あの、失礼を承知で申し上げしますが今日に関してはリリヤと呼び捨てにしていただけないしょうか?」
「な、なんで?」
「自分は従者で、ピガロ様がご主人様だからでございます」
「ふーん。そういうものなのか」
正直、メイドなんてメイド喫茶以外まともに経験なくて分からない。
リリヤさんが萌えと言いながらオムライスにケチャップかけているところを想像したら吹き出しそうになってしまった。
「ごほんごほん。じゃあ分かったよリリヤ。これでいい?」
「はいご主人様。それでこれからのご予定はなんでしょうか?」
「うーん。とはいっても今日は休みだし部屋でゴロゴロするくらいだったけど」
「分かりました。では部屋でゴロゴロするために最適の環境を作り上げますので、一時間ほど外で散歩をしてきてください。食後の運動は大切ですので」
そう言うやいなや、部屋の外に俺は押し出された。
「リリヤさん。もうここまできたら別に言われた通りにするんだけど、最後にひとつ質問いいかな? なんで今日は俺のメイドなの?」
「お嬢様が本日は実家に帰られるのですが、その際に休暇を言い渡されまして。なにをしていいのか分からなくなった自分がお嬢様にどうすればいいかと尋ねましたら、ならピガロ様のメイドにでもなっておやりマシマシと言われまして」
なんか飼っているペットを一日だけ預かってと押し付けられた気分だ。
まあ人に対してこの例えはちょっと失礼か。
マツリエには普段から散々世話になっているため、特に文句も言わず了承することにした。
朝食の手際の良さや一緒に冒険をした時に見た感じだと別に悪さはしまい。
俺は彼女を信じて足りなくなった画材でも買いにいくことにした。
一時間後。
「ワンッ! ワンッ!」
「放せこの駄スライム~これはリリヤのものなの~☆」
忙しない物音がしたため、わずかに開けた扉の隙間から室内を覗くとおかしな光景が広がっていた。
起きてきたドックとリリヤが俺のコートを奪い合っている。
困惑していると、なにかスキルを使ったらしく噛まれていた半分を自分の元に引き寄せるリリヤ。
よく見ると他に畳まれている服があって、ならドックが見慣れない住人に怒って悪さでもしたのかもしれない。
そう思っていると、俺の目の前でリリヤは自らの顔面をコートに押し付けた。
「すーはー。ピガロきゅんの香りすてき~☆ これが一番、匂っていたから欲しかった☆」
俺は頭を抱える。
そういえばそうだった。朝飯の美味さやさりげなく片付けられていた部屋を見たせいですっかり記憶が飛んでいた。
思い出したリリヤの本性に、俺はどうしていいか分からず立ち止まってしまう。
「えへへへ。ここがピガロきゅんの部屋。一緒に食事していると、まるで新婚さんみたい☆ つい調子に乗って呼び捨てにもしてもらっちゃった☆ リリヤもあなたって呼んだほうがいいかな? それはやりすぎか☆ ふっふ~ん。せっかくだから新妻定番の彼シャツとかもしちゃったりして」
「グルルル!」
「そんなにほしがってもあげないよーだ☆ うわっ、と……やりましたね。今すぐ奪い返してみせましょう」
コートを羽織ろうとしたところで、ドックが取り上げてくれた。
どうやらドックは善意でやっていてくれたらしい。疑ってごめんと思うと同時に、そもそもこんな誤解しかねない事態引き起こしたやつが悪いよなと考え直す。
「リリヤさん。一緒に遊びにいこう!」
「えっ、ピガロきゅ……ご主人様いつからそこに!?」
「いつからでもいい! 俺は今すぐきみと遊びたいんだ! もう家事とかほっぽりだしていいから外に出よう!」
「はい。分かりました……これってもしかしてデートのお誘い☆」
「……」
バタン! ガチャッ!
なにやら独り言を呟いていたリリヤを部屋から出した直後、俺は扉を閉めて鍵をかけた。
ドンドンと外から叩かれる。
「ちょっとどういうことですかご主人様!?」
「リリヤ。おまえをこの部屋から追放する」
かつてマリオに言われたのを真似てみた。
こんな人いくら家事ができようが部屋の中に置けるか。マツリエはお嬢様ゆえか少々浮世離れしているせいで変に感じていないようだが、正直、リリヤからの俺の感情は怖かった。このまま居続けられたらなにをされるか分かったもんじゃない。
とりあえずノック音をBGMにしてドックと一緒に戯れることにする。
「お手」
ドンドンドン!
「おすわり」
ドンドンドンドンドンドン!
「ちんちん」
「ワンッ! ワンッ!」
「偉いぞドック。ご褒美にジャーキーをやろう。あれっ?」
あれだけ騒がしかったはずが、いつのまにか音がやんでいることに気づいた。
諦めたのかなと安心した瞬間、
《冥途忍法・壁抜けの術》
壁がスイングドアのようになって回転してそこからリリヤが現れた。
「アイエェエエエ!? メイド! メイドナンデ!?」
「メイド歴十五年ですから」
「絶対にそのスキルはメイドにいらないよね!?」
俺が抵抗する前には縄で拘束されていた。
ドックに助けを頼もうとするが、まるで塩をかけられたなめくじのようにシワシワになっていた。
「ドック!?」
「そのスライムがネギ類を食べるとそうなるのは既に承知。餌に混ぜておきました」
そうなのだ。スライムは本来雑食で好き嫌いなんてものもないが、なぜかドックはネギが苦手で間違って口に含んでしたりしてしまうとこうなるのだ。
動けなくなったドックを尻目に、リリヤは俺を見下ろす。
「さてご主人様。なぜ自分に対してあのような仕打ちをしたのか答えていただきましょう」
「ご主人様に向ける視線じゃない……」
「先程答えました通り、ご主人様が間違ったことをしでかしたら訂正するのがメイドの務めです。なにもされずに解放されたいなら、それ相応の理由をおっしゃってください」
「いやだってね」
リリヤのこの反応を見るかぎり、間違いなく自分の本性が俺に気づかれているとは考えてない。
だとすると非常に言いにくいところであった。秘密とは誰にもあるもので、それを知っていたよといきなり言うのはいくらなんでも気の毒だろう。
俺はそれとなく遠回しに言えるよう会話を続けることにする。
「あのリリヤさんの好きなものってなんですか? あと趣味とか?」
「好きなもの……」
俺を見据えるリリヤ。
表情はなにひとつ変わってないはずなのに、目だけがとてもおぞましいものになっていった。
今から肉食獣に捕食される草食獣ってこんな気分なんだろうなと考える。
「あの実は自分、あまり似合わないと思われるのですがお人形とか好きでして」
「人形ね。たはは……」
「先日、初めて自分の手でも作ってみました」
「……」
「この前までは既製品を買うだけでした。ですが、どうしても欲しいモチーフのものができたのですけれどそれはどこにも売ってなくて。ならばなければ自分で作るしかないと思い当たってやってみました。出来栄えは残念ながら、所詮は素人の真似事でした。けれど特徴はちゃんと掴んでいただけに、見れば見るほど愛着が湧いてきまして。もうほんとほんとかわいらしくて☆ 出会った日を思い出します。いつものように欠席したパーティーメンバーの穴埋めをやれやれと探していたら、突然、光のように現れたあの子。ああ天使☆ 天使が舞い降りた☆ あの時からもう一時もあの子のことが頭から離れられなくて☆ だからあの子に見える人形を抱いてずっと寝てました☆ 近づいたことで匂い、肌の温度と情報が入ってきましてさらに自分の脳内での再現度を高め……」
途中からトランス状態で喋るリリヤ。
お、俺は彼女になにをしてやればいいんだ? なにをしても最終的に俺にとって不幸なことになりそうでできれば触れたくないけど。
しかし逃げ出そうにもこういう時に頼りになるドレイクは今日は山狐盗賊団に戻ってて学園にいな
い。
いったいどうすればと悩んでいると、ガシッ、とリリヤが俺の両肩を掴んできた。
「ご主人様☆」
「は、はい。なんでしょうか!?」
「さっきはリリヤのことリリヤと呼んでとお願いしましたけど、本当は違う呼び方がよかったんだけどいいでしょうか☆」
「まあ別にそれくらいならいくらでも」
「じゃあ姉って☆」
「その呼び方はちょっと。少し変わるんならまた別ですけど……」
「じゃ、じゃあもしかして一番してほしかったお姉ちゃんはいいでしょうか☆」
もはやバグってるいるかのごとく普段の口調のまま声色だけ変化している。
俺はこの際もうなんでもいいやと投げやり気味に言う。
「リリヤお姉ちゃん」
「アバーッ☆」
鼻血を吹き出すリリヤ。おいおい何年前のリアクションだよ。ここ現代じゃないけど。
「……」
そして彼女はそのまま意識を失った。
俺はその間になんとか時間をかけて縄をほどき、それからは寮から飛び出てメイドの任期終了までの一日を外で過ごした。
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