27話 とあるスライムの思い出とあるメイドの裏側
今回は前半は黒いスライム視点
後半でピガロ視点に戻ります
めんどくさい構成でほんとご迷惑おかけします
♢
父は純血の柴犬、母は純血のゴールデンレトリバー。
そんな彼らの高潔な血を受け継ぎしハーフこそ俺が――ドックだ。
本来、両親は家の事情で結ばれないことのないふたりだったが、隣家に住んでいた同士の彼らは恋をしてしまった。家族は大切だが、どうしても想いが捨てきれなない。そんなふたりは家を捨てて駆け落ちをしたのだった。
ラブラブで貧しくも幸せな生活を送る両親たち。
しかし家同士はふたりを決して許すことなく、最終的に両親を発見して引き裂いた。そんなふたりが別れる前に残したのが、この俺だった。
あれからひとり残された俺は旅をし、その行く末にこの桜井家の住み着くようになった。
雨露が凌げ、わざわざ狩りをしなくとも食料を分けてくれる。そんな居心地のいい場所を提供してくれた桜井パパとママは俺の第二の家族といえた。本当の両親には会えなくなってしまったが、これはこれで充実な生活を送っていた。
だが時々、母の言葉を思い出す。
――あなたは長男よ。もし私たちがいなくなっても、これから産まれた下の兄弟を守ってあげて。
結局、両親は俺以外の子供を産む前にいなくなってしまった。
唯一、残された両親からの言葉を遂行したい。だけど叶えようにも叶えられない願いであり、俺は幸せだがどこか欠けたような気持ちのまま過ごしていた。
しかしそんな俺にも転機が訪れた。
「うわあ、ほんと天使みたいにかわいいわね。パパ、ちゃんと名前を考えてきてくれた」
「ああ。夜も寝ずに考えたよ。この子の名前は○○!」
「いい名前ね」
新しい子供が桜井家で産まれた。
俺よりあとからこの家に来たから、まさしくこいつが俺の弟だ。
待っていた弟。
これでやっと両親の願いを叶えられる。さてどんな顔をしているのやら……
ぐげっ!
ようやく出会えたはずの弟はまるで猿みたいだった。俺は猿は嫌いだ。
こいつを守るのか……
正直、嫌な気持ちが勝っている。別にもう会えない家族のことだし、まあ無理に従う必要はないよな。俺はわざわざあんな子猿をちやほやするパパとママを不思議に思いながら、今日は他の誰にも触らせないほどお気に入りのベッド(座布団)で眠ることにした。
―半年後―
「ばぶばぶ」
「くぅ~ん(ああ弟よもっと強く掻いてくれ。そこだそこ~気持ちいい~)」
「きゃっきゃっ」
一緒にベッドに座りながら、俺は弟に痒いところを掻かせていた。
うむ悪くないな弟。使える。
だが俺も遊んでばかりではない。先日、弟を泣かせる悪魔を退治してママにご褒美をもらったのだ。
ママとパパが、俺たちを見ながらなにか話している。
「あなた。この前ドックがゴキブリ捕まえたのにお菓子あげたの間違ったかしら」
「まあ悪いことしたわけじゃないし。でもあんまりお菓子はあげないほうがいいと思うよ」
「ワンッ!」
どうやら俺の功績を賛美してくれているようだ。これなら次の報酬も期待できる。
―三年後―
「ドック。これとってーい」
「ワオーン!」
弟が投げたボールを華麗に空中キャッチ。
どうだ弟? 兄はすごいだろ!
「よくできたねドック」
「きゅうん(ああ喉いい。もっと撫でて)」
弟は体は大きくなったようがまだチビだし足は遅いし。あんまり頭もよくないみたいだから兄の俺がちゃんと守ってやらないとな。
―五年後―
「あはは。ドックこっちだよ」
「わんっ! わんっ!(待ちやがれこの子猿が!)」
「うおっ……と。あはは捕まえられちゃった」
ようやく追いついた俺はなんとかして弟を押し倒した。
また前よりも体が大きくなった弟。最近じゃ足も追いつけないほど速くなった。
本来は成長を喜ぶべきなのだが、でも昔の俺ならもっと余裕で同じことができた気がする。最近、目眩がするようになって眠る時間が早くなった。
俺の身体になにが起きているのだろう?
―十年後―
「ドック~!」
なんでみんな俺の身体に触れながら泣いているんだ?
最近、動くのが怠くなった。散歩も行きたくないことが増えた。
徐々に掠れていく視界の中で、お医者さんが話している。
「この犬は病弱でした。むしろここまで長生きできたのが奇跡でして、みなさんの彼への愛情が伝わってきます」
泣いているみんなの前で眠たくなってくる。悲しいはずなのに、とても心地よい眠りだった。
「よくぞきた。運命をまっとうできなかった子羊よ」
ここは?
気づけば、俺は謎の部屋にいた。目の前には知らない爺がいる。
「わしは神。細かい説明は省き、最低限だけを伝える。まずおまえは命を失った」
どうやら俺は死んだらしい。
なんとなく分かってはいた。でも誇り高き両親から生まれ、桜井家で暮らしてきた人生はたったひとつの悔いを除けば満足していた。
「不幸なことに寿命を達成できなかったおまえにチャンスを与える。今風に言うならば、チートで転生ダァー!」
「わ、わんっ?(ち、チート?)」
「ようするにおまえの望むものを与えて、新しい人生を歩ませてやろう」
望むもの……
俺は唯一求めるものを神へ言った。
「ワンッ!(強き肉体!)」
病気に負けず、いつまでも弟の傍にいられる体。俺が欲しいのはそれだけだ。
「よかろう。本来ならば少しポイントが余るが、それでおまえの求める人物と会える運命という特典を加えてやろう。それではエンジョイニューライフ!」
グッ、と親指を立てたポーズを決める神を最後に俺は部屋から去った。
次に目覚めた時には、洞窟の中にいた。
「ついに最後の子が起きました」
「ほうこの子が。よし今からきみの家族を――うぼぁ!」
なんかいた黒い物体を蹴散らして、俺は外を目指す。
うおお弟よー! いま兄が行くぞー!
黒いスライムがピガロに出会うまで――あと三〇〇年。
♢
「お疲れさマシマシ」
夜中、俺は女子寮に案内された。
本来は男子禁制なのだが、寮長であるマツリエの権限によって正面から入れた。
「はあ。アクシデントに次ぐアクシデントで今までにないほど今回は疲れた」
「そのことについては申し訳ありませんわ。てきとうに選んだとはいえまさかこんなことになるとは。借りを返したはずが、また作ってしまいましたわ」
謝るマツリエ。
とはいえ本来だったら最初から俺がやるべき事案だったので、彼女はなにも悪くなかった。あの時点で村の件もバジリスクの件も、予想できたものは誰もいるまい。
「いえでも今回のことで実績が作れたのは事実ですから、あんまりそこらへんのことは気にしないでください」
「優しいのですねピガロさんは。リリヤも気に入るのが分かりますわ」
「リリヤさんが?」
「おいお嬢様。そういえばおまえに聞きたいことがあったの思い出したわ」
「な、なんでしょうかドレイクさん!?」
ドレイクに話しかけられてマツリエは目を輝かせる。本当に正体バレてないんだろうなこれ?
気にしてないのか分かってないのか、ともかく不機嫌さ丸出しでドレイクは言う。
「あのメイドのことだ。なんであんな女寄越しやがった。嫌がらせか?」
「リリヤのことですか。いえ、そんな動機はまったく」
「俺もそれが気になっていました。実際、彼女がいて助かったのは事実ですし結果的にもリリヤさんがいなければクエスト失敗で全滅もしていました」
とはいえ、あんなにも嫌われていたならチームワークが乱れてそれが原因で負の結果が起こる可能性も充分あった。
俺たちの質問をひと通り聞いたマツリエはキョトンと童女のように不思議がっていた。
「なにか誤解マシマシ、いえ行き違いがあったようでマシマシですね」
「ごかいもろっかいもあるか。さっさとおまえがどういう意図だったのか吐け」
「ん~。それについては百聞は一見に如かずで、こちらを見ていただいたほうがいいかと」
マツリエは時計を確認すると、アンティーク調の棚を移動させた。
「ただの壁だけど?」
「ここですここ」
マツリエが指さした場所には注視しなければまったく分からないほど小さな穴があった。
「でも俺、男ですよ」
「ピガロさんならたぶん大丈夫でマシマシ。それよりもわたくしは主人としてリリヤの悪印象をどうしても払拭したいのです」
今となっては口が多少悪いくらいでそこまで悪印象はないのだが、そこまで言われたからには仕方なかった。
俺は穴の先を見る。
最初は暗くてぼけていたピントが合いはじめると――なんとそこにはベッドの上で可愛らしい小さな男の子の人形を抱えているリリヤがいた。
オフなためかメイドキャップは外している。
正直、クールな美女がそんなことをしているギャップに悶えそうになっている。だけどそれとこれとは別で、初見時の印象は決して覆ったりはしないはずだ。
徐々に耳も慣れ、彼女がなにか話しているのまで聞こえてきた。
「今日もきみは最高にかわいいねピガロきゅん☆」
脳の活動が停止した。
普段の冷たい毒舌とは正反対の甘い囁きをリリヤは人形へかける。
「リリヤねぇ実は今日まで本物のきみに出会ってたのぉ」
「……」
「あっ、ごめんね! 違う! 違うんだよ! 今ここにいるきみも、さっきまで一緒にいたきみもピガロきゅんでピガロきゅんに差なんてないんだよ! みんなリリヤにとっては特別な存在なんだよ!」
「……」
「許してくれるの? ありがとうピガロきゅん☆ きみは本当に優しいな~☆」
なにも語らない人形となぜか自答を繰り返すリリヤ。
彼女にはいったいなにが聞こえているのだろうか? そしてよく見ればその人形、俺に似ているな?
人形は手作りらしく、糸のほつれがそれなりにあった。
彼女はそんな自作の人形を力いっぱい笑顔で抱きしめる。
「きみといた時間は本当に幸せだったんだよぉ。朝も昼も夜も首を回せば、ピガロきゅんがいつもどこかにいてくれるの。ふたりっきりでいれた時間なんてまるで天国だったよぉ。会話中ずっとドキドキが止まらなくて、お礼まで言えたんだよぉ。あの時はほんとこのまま死んでもいいと思ったなぁ。あの怖い眼帯女が余計だったけど、最高に幸せなふたり旅だったね☆」
「……」
「なにこれ?」
「以前、家庭科の授業で助っ人となってもらった時からリリヤはとてもピガロさんを気に入ってらっしゃいまして。ですからサポートには適任かと思いましたの。彼女は少々、素直になれないところもありまして好きなものほどつい逆の反応をしてしまうところがありますけど」
いやこれそういう話か?
ちょっと待って怖くなってきた。一番の恐怖はバジリスクでも村でもなく、もっと近くにずっといた。
というかグリニアさんは!? ひょっとして眼中になかったってこと!?
「本当は唾もそのままかけてほしかったけど、さすがにそんな変態は引かれちゃうよね? 」
「……」
「はぁ~最高の思い出だっただけにほんとあの眼帯女が邪魔だったなぁ。あいついつもピガロきゅんの周りウロチョロして嫌い。今度遭った時には後ろから仕掛けようかな……あっ、そういえばこのメイド服はきみも着たんだよね。匂い残ってないかな? えへへ。せっかくだし嗅いで――曲者!」
短刀を投げると、サーベルで弾かれた。
部屋にはいつのまにここからいなくなっていたドレイクが侵入していた。
サーベルを構える。
「そんなにお望みなら今度じゃなくて今すぐに殺し合いしてやるよ」
「ノックもなしにいきなり他人の部屋に入ってこないでください。不審者ですよ。ですがこの部屋を見られたからには生きて帰すことはできませんね」
「上等だ! てめえみたいなむっつり変態鉄面皮をピガロに近づけられるか!」
ふたりの争いは寮全体にまで及ぶ大騒動となり、その後、関係人物である俺とマツリエも含めて反省文を書かされた。
『仲間紹介』リリヤ②
【年齢】18(三年生)
【誕生日】4月1日(虎座)
【身長】175/59
【スリーサイズ】80/53/92
【趣味】自室でピガロきゅん人形との会話、ピガロきゅん観察
【好きなもの】ピガロきゅん☆、お嬢様、かわいいもの
【嫌いなもの】コーヒー、エドワード・ドレイク
【ジョブ】忍者
【攻】C
【防】E
【魔】E
【速】A
【運】B
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