24話 A級魔物に勝て!
「行き止まり?」
俺とリリヤが林を抜け先は沼だった。ぬかるんだ地面をロープでも使わなければ登れない高い段差が囲んでいる。
ここを通るには時間がかかる。
ならもう少しの距離で追いつけるはずだと思っていると、段差の上に影が見えた。
「フフフ ヤハリキタナ」
「魔物が喋っている!?」
現れた影はバジリスクとやつが率いる魔物たちだった。
バジリスクは人間離れした声で人間の言語を喋る。
「コノマエ ヨウヤク オボエタ」
「この化け物が。ここで待ち構えていたのもわざとか?」
「ソウダ ニンゲン ハ ナカマ ヲ キズツケラレルト カタキ ヲ ウチニクル
アノ コエタオス ガ イナイノハザンネン ダガ ワルクナイケッカ」
有利な高所に自分たちが立ち、なにも知らずにやってきた獲物を狩る。
人間の言葉を覚えたことといい、やはりこのバジリスクはそんじょそこらの魔物たちとは比較できない高い知能があった。
それをはっきりと感じた俺の心に怒りが湧き上がる。
「バジリスク。俺はさっきまでおまえの言った仇討ちなんてことは一切しようなんて思わなかった」
「デハナゼ」
「おまえが俺たちを襲ったことは生存競争の一種だからだ。食うことは生きること。そして俺たちが食われないように守るのも生きるためだ」
だが、実際に話してみて分かった。
このバジリスクは狡猾だ。幾重にも策を巡らし、餌となる対象の心を弄ぶ。
そんなこいつははっきり言って邪悪だ。
正義をかざす権利なんてない俺だが、こいつだけはここで倒しておかねばならない。
「リリヤさん頼んだ!」
《地獄の釜×666》
俺に合わせて、リリヤは複数の玉を取り出した。
《冥途忍法・火遁曲佃珠》
浮かせた大量の絵が、爆発に合わせて空で舞い散る。
突撃の準備をしていた周囲の魔物たち全ての視界に入り、死んでいった。
一体だけ残ったバジリスクへ言い放つ。
「さて、手下たちは全滅だ」
「数的有利を失いましたね。これで二対一です」
「ウヌボレルナ キサマタチナゾ ワシダケ デ ジュウブンダ」
バジリスクは少しも動じることなく力を溜める。
俺たちは頭上からの棘攻撃に注意する。リリヤさんはともかく、さっきは俺はひとりじゃ回避できなかった。
同じ結果にならないよう、何度も見た軌道を事前に予測しておく。
《雨雲舌》
すぼめた口元から細長い舌がミサイルのように伸び出てきた。
「うごっ!」
「リリヤさんっ!?」
完全に予想外だった。
直撃したリリヤは後ろの林まで吹き飛ばされていった。
「ヤッカイナ ハヤイ オンナ ツブシタ」
「くっ」
「アトハ オマエダケダ」
バジリスクの舌は連続で俺を狙ってきた。
ジャンプして躱す。上空を迂回する棘よりも直線なぶん無駄なく素早い。厄介な攻撃だ。
だが棘と違ってひとつしかないから、途中で切り取ってしまえばもう使えない。
俺はドレイクのサーベルを振り下ろす。
くらえ! これが俺たちの怒りだ!
《酸性篠突雨》
キィン
刃が弾かれる。さらに上から棘の雨が降り落ちてきた。
「まずいっ!」
サーベルで反らすが、それでもいくつかが脇を通って掠れていく。本来だったこの時点でアウトだったが、ドレイクの残してくれた光のおかげで毒は無効化される。
着地すれば足を使って回避できる。
そうなればかなり余裕が持てるはずだった。
バシーン! バシーン!
縮めたはずのベロを振り回して、死体となった魔物たちを打ってきた。
先程と違い、棘自体の威力は変わらないが別方向からの弾が加わって十字の弾幕となった。
ドレイクのような防御がない脆い俺では避けにくくなったこっちのほうが苦しい展開だ。
「フフフ ニンゲンヨ オドレクルエ」
やはりバジリスクは思考したうえで、相手に合わせて有利な戦法をとったようだ。
愉悦を感じる笑い声が聞こえてくる。
俺は必死になって避け続けるが、少しずつ当たる範囲が大きくなっていく。
不安定なリズム。一定のタイミングではない連続攻撃は予測では回避が成り立たない。直感なんて曖昧なものに頼るな。目と耳と肌で次に当たるであろう一撃を判断し続け、それだけを躱すことに専念しろ。
「ホウ」
感心したような声。
一度は急所まで穿ちかねなかった棘と死体が紙一重で通り過ぎていく。
舌のある側、棘が一度に何発まで撃てるか。
最低限の情報だけ頭に入れて、あとは一回ずつの回避に集中する。
ロングコートを回し、俺は死と踊り続ける。
迫りくるう死をパートナーにして捌ききっていく。本当に雨粒を一粒たりとも浴びない神業のような所業を魅せる。
だがそれでも――
《雨雲舌》
再度、ベロを直接伸ばしてきた。ぬかるみに足をとられ、動きが鈍くなったところで後ろから狙われる。
背中から腹を貫通する。
「ザンネンダッタナ ニンゲンヨ」
「……それはどうかな?」
「ナニ?」
ザクッ
俺の前に飛び出ている舌にサーベルを突き下ろした。これでもう舌を使った技はできなくなった。
自分の武器をひとつ失ったバジリスクだが、そのまま焦ることもなく淡々と喋り続ける。
「イマサラ ソンナコトヲ シテモ オソイ」
「悔しいが、その通りだ」
受けた一撃は、俺にとって致命傷だった。
仮に死ななかったとしても戦闘続行は不可能だ。
逆にバジリスクからすると軽傷で、このままだったらほとんど意味を成さない反撃だ。
……このままだったら。
「ミゴト ニンゲンヨ ミゴトダ」
ふいに、俺を絶賛するバジリスク。
やつはそのまま言葉を絶やさない。
「ウゴキ ヨカッタ
ワシニタイシ アンナゲイトウ ヲ デキルモノ ハ ソウイナイ
ダガ オシカッタ」
「!?」
攻撃がやむ。
そのまま俺がバジリスクのほうを見上げると、リリヤが他の魔物に組み敷かれていた。
綺麗だったメイド服はズタズタに引き裂かれ、銀の髪は血に染まっていた。
「リリヤ!」
「ワルクナイ サクセン ダッタ」
「……」
「コロシタ ト ユダンサセテ オンナ ガ ウシロカワ マワリコム
メノナイ ワシヲ リカイシタ サクダ
ダガ ワシモ オノレノ ジャクテン ヲ シッテイル」
どうやら俺たちの前に姿を現した魔物たちは囮だったようだ。
一度、戦ったことで《地獄の釜》の特性を見抜いたバジリスクは手下を分断して後方に潜ませていたようだ。
そいつらにリリヤが発見されて、数を利に襲われた。
知恵の無いはずの魔物が、人間を越えた策で迎え撃ってきた。
ただでさえ力で劣る人間にとって、その事実はもはや絶望としか思えなかった。
「ピガロ……さま……」
「フフフ オワリダ ニンゲンドモ
コレカラ ヤマヲオリ チカク ノ ニンゲン カラ クイツクシテヤル」
虫の息になっているリリヤ。
作戦が失敗に終わり、致命打を欠いた俺はこれから嬲り殺しにあうだろう。
どうしようもない事態に俺は膝を屈してしまう。
「フハハハハハ!」
バジリスクの渾身の笑い声が山を覆った。
俺は頭を抱えたまま暗くなっていく空を見上げる。
「あはははは!」
「ナゼ キサママデ ワラウ? ツイ ニ クルイデモシタカ ニンゲン?」
「そうだなおかしくなっちまうよ。だって俺を――いつから自分をピガロ様だと思っていらっしゃいました?」
掴んだ頭から黒髪が外れる。
ひとつも汚れていない美しい銀髪が清らかなまま晒された。
「オマエタチヨ ナゼアワテル?」
見えていないバジリスクの反応が遅れる。
その隙を突いて、俺たちは動いた。
《地獄の釜》
《冥途忍法・火遁連鎖爆発》
俺を捕えていた魔物は死に絶え、リリヤが回避しながら巻いておいた火薬によってベロ全体が爆発に包まれる。
「ド ドウイウコトダ!? グワァアアア!」
絶叫するバジリスクの口元へ、あらかじめ渡されていた油のビンをぶつけると舌の根元から引火する。
俺はメイド服を脱ぎながら答えてやることにする。
「あんまり人間様を舐めんなよ。知能がある敵なら、同じ人間相手にしていくらでも研鑽してきた」
「事前に分かっているのなら、自然と用意してある作戦も考えつきます」
「策士、策に溺れる。特別、自分だけが賢いと思っていたのがおまえの敗因だ」
バジリスクは初戦で見せなかった舌での攻撃で奇襲したつもりだったが、冒険者手引きを暗記しているグリニアによってパーティーから離れる前にその情報は既に教わっていた。そこから想定した結果、俺たちはまずあの小賢しい魔物がやってくるとしたら、速度もなく攻撃も効かない俺じゃなくリリヤを潰すことだと考えた。
だから俺とリリヤはここに来る前から、既にお互いの姿へ変装しておくことにした。リリヤから道具を借り、俺が相応しい色付けをしたことによる合体スキル。
《絵師忍法・変わり身の術》
まあリリヤのように骨格や声色までは変えられなかったため、常に顔は下にしてほとんど声を出さないようにしたが。
今回ばかりは、自分の女顔に感謝だった。
「――さて。まだ終わりじゃねえぞ」
これくらいじゃA級魔物は死にはしない。
そしてグリニアからもらっていた情報は攻撃方法だけじゃない。主な生息地、身体的特徴、弱点――曰く、バジリスクには本当は目があると。
舌、鼻、ピット器官、耳。他の感覚器官は全部焼いた。
俺たちの攻撃方法では、倒すにはどうしても目を出してもらわないといけなかった。これまでのことは、そのための布石だ。
だからここからが本番だった。
「キサマラ……」
黒焦げになったバジリスクから怨嗟の声が聞こえてくる。
誇っていた知恵を捨て、純粋な怒りのみでやつがとった行動は口を力いっぱい開くことだった。
喉の奥に、大きな眼球が埋まっていた。
見入られた途端、手足が固まる。
「う、動けません」
「体が石になってやがる!」
この瞬間に分かった。バジリスクにとってその瞳は手下の魔物さえ巻きこみかねない奥の手だったのだ。
石化していく肉体。
絵を見せようにも、もう両手ともに石になっていた。
クソ! 少しだったのに!
抗おうにもどうしようもないまま、俺たちは内側から変質させられていった。
《暴風突撃》
ガルー!
獣の吠える声がまだ生身の耳に入ると、バジリスクの横に衝撃が走った
ダメージはないが意識が分散され、石化が解ける。
また石になる前に俺が絵を差し出すと、バジリスクはなにも喋ることないまま死んでいった。
俺は助けてくれたワイルドウルフ――そしてその契約主と顔を合わせた。
「グリニアさん!? きてくれたんですか!」
「お、オイラはプロだぞ。まだひよっこな学生どもを見捨ててなんていけるかよ」
足を震わせながら胸を張るグリニア。
どうやら相当、無理をして来てくれたようだ。
「ありがとうガルー。ありがとうございます先輩」
「これでオイラも子供に父さんは冒険者だぞって言えるようになるよ」
「あの? 預けていたドレイク様は?」
「それなら安心してくれ。さっき――」
ズドンッ
寄ってきたガルーの胸を、どこからか飛んできた弓矢が貫いた。
「えっ?」
唐突な事態に一瞬呆然すると、その間に大量の矢が降り注いできた。
なんで?
矢が放たれた方向を見る――そこでは村長と村の住人たちが弓を持っていた。
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