19話 ドーモ、メイドニンジャです
魔物の表記が変わりました
(例)ワイバーン→ワイバーン(翼蛇竜)
以前出ていた魔物も今後出す時は同様にします
現在、俺たちは村を離れて山道を歩いていた。
「ひよっこども。山の中はいつもの平坦な地面と違うからな。でもだからといって、ピンチになってもオイラを頼ろうとするんじゃねえぞ。もし倒れてもそのまま容赦なく置いていくぞ。いいな?」
前で先導をするグリニアが、声高に俺たちへ注意を呼びかけてくる。
「山を登るというのは傾斜のイメージだが、実際にはそうじゃねえ。本当に厳しいのは上昇することより補整されてない場所を進むことだ。なんてことのないように見えて、凸凹の安定しない地面、木や葉の障害物を避けながら移動するというのは普通に歩くことよりもよっぽど疲労する」
「……」
「だが冒険者たるもの、そういう場所を避けては通れねえ。未開の道を切り開き、未知を発見することこそが冒険だ……まあ。ひよっこどもには早すぎてまだ分からねえだろうが……しかしこのオイラがそんな未熟なおまえたちに、今から先輩として山の中での移動の仕方というものを教えてやろう。いいか? まずは疲れたからといって腰を曲げて猫背になるな。そうなると背中から腰にさらに負担がかかってしまうからな。そして爪先をかけるように歩くのではなく~」
「はい」
グリニアの説明の要所要所で、俺は相槌を打つ。
本当のところは山狐盗賊団に入団していた時、訓練に付き合っていたことで彼の話している内容は把握していた。アジトが山奥の洞窟にあって、その近くでやっていたからだ。
当然、団長であるドレイクは俺よりもずっと体に染みついている。動きを見るかぎり、リリヤも慣れている様子だった。
そんなことを露知らず、既知の情報をグリニアはどや顔で語りかけてくる。
「~とまあこんな感じだ。分かったか小僧」
「俺ですか?」
「そうだ。たとえいくら雑魚だろうがリーダーたるもの基本はちゃんと覚えておくんだぞ。他も女ふたりなんだから、男のおまえがいざっという時に頼りにならなくてどうする」
「それもそうですね」
既に上級職なドレイクのほうがずっと頼りになるのは事実だけど、それに甘えてしまうのもどうかと思うので俺は俺のできるかぎりのことはしておかないと。
己を省みた俺は、より一生懸命に手元の筆を動かすことにする。
ガサッ
「魔物か!?」
近くの梢が揺れる音がした。
どこからだいったい?
アッシュレオはC級魔物。経験者によるパーティーにおいての初クエストには手頃でワイバーンには及ばないが、それでもこんな遮蔽物の多い場所で奇襲をかけられちゃひとたまりでもなかった。
敵の予感に緊迫感が訪れようとしたところで、
「ピューイ。ガルー頼んだ!」
グリニアが口笛を吹くと、青白い毛をした狼が現れた。
走ってきた狼は勢いを保ったまま、茂みの一点に飛びこむ。
「そこか」
狼を追うグリニア。俺たちもついていく。
二十秒ほど走ると、狼はなにかを噛んだまま停止していた。
「なんだこれ?」
「人の靴だ。おそらく注意を忘れて村人が入ってきたんだろ。おーい。ここには今日は入っちゃ駄目だ。なにもせずすぐに下りて村へ帰ってくれ」
グリニアは狼が見ている方向へ叫んだ。
それから彼は膝を落とし、目線を合わせながら狼を撫でる。
「収穫はなかったが、よくやったガルー」
「ガルル」
「【魔物使い】だったんですねグリニアさん」
「そうさ。このワイルドウルフは学生時代からのずっとオイラの相棒さ」
「おっさん。返事なかったけど、これからどうするんだ? 冒険者としては追うべきなのか?」
「いいや。遭難して足でも怪我しているならともかく、わざわざ逃げた相手にその必要はない。オイラたちは人探しではなく、魔物を狩りにきたんだから」
「ガルルル……!」
「おい。どうしたんだガルー」
魔物の捜索を再開しようとしたところで、突然、ガルーが手元から離れて駆け出した。
鼻先が向いているのはさっきと同じく奥の見えない茂み。
――そこから槍が飛んできた。
「ガルー!」
グリニアが大声を出すと、ガルーは呼びかけに応じて急停止する。
だが槍は高速で伸びてくる。
命の危機を感じた彼は相棒へ手を伸ばすが、とてもここからでは間に合わなかった。
《堅防壁》
ガキン、と穂先が透明の壁にぶつかって弾けた。
「たっ、助かっ――」
「まだだ! 全員、俺様の後ろにつけ!」
防いだと思いきや、茂みから無数の槍が飛び出してきて壁に続けざまにぶつかってくる。
「多すぎる。攻めに転じられねえ」
本当に人間が行っているのかと思うほど、無尽蔵の高速連打が途切れない。このままではいくらドレイクでも体力切れを起こしてしまうかもしれない。
だが敵の正体も分からない内にどうすればいい。
下手に動けば、この槍の雨に身を投げ出して蜂の巣になる。
「な、なんだよこれ。こんなのいったいどうすれば?」
「自分が行きましょう」
「や、やめろひよっこメイド。勇気と無謀は違うぞ。ここは落ち着いて冷静にだな」
「その子のおかげで方角だけは分かっているので、無謀とは違います。それに――」
ドレイクのスキルの範囲外からリリヤは自分の意志で出た。
どこからかこちらを覗いているのか、いの一番に槍の次のターゲットとなる彼女。
白いエプロンに尖りが突き刺さる。
「――メイド歴十五年。メイドとしては決してひよっこではありませんから」
《冥途忍法・空蝉の術》
槍が貫いたのはシルクのハンカチーフ。
消えたはずのいつのまにかリリヤは茂みを越えて、林の奥まで駆け抜けていた。
純白と黒のスカートをはためかせながら、攻撃を躱していく。その身には傷どころか汚れひとつついていなかった。
彼女は槍群を潜り抜けて、持ち主を発見した。
槍の根元は開いた貝に繋がっていた。
「貴様が正体か。今すぐ封じさせてもらう」
リリヤは手品のようにどこからか紐を取り出すと、散らばっている槍の根っこのほうへかける。
《冥途忍法・蜘蛛糸縛り》
ギギギ
雁字搦めに縛りあげ、貝の武器を一斉に封じこめた。
「さて。これで終了ですね」
トドメをさすため、貝殻へ乗りこむリリヤ。
そのまま中にある本体らしき珠を潰そうとしたその瞬間、開いていたはずの貝殻が中にいるメイドを潰す勢いで閉じていく。
「危ない」
「届いてくれ!」
貝殻の内側から絶叫があがる。
《地獄の釜》が目に入ったらしく、貝は死亡して殻は途中で開いたままだった。
降りたリリヤの元へ近寄る俺たち。
「無事だったか?」
「……ええ。この通り」
「よかった。視力が弱かったり目の見えない魔物もいるからもしかしたら効かないかもしれないと思って。リリヤさんが注意を引き付けてくれたおかげで近づけたのがよかったんだろうね」
「しかしピガロ様。あれしきのことを恩に着らないでくださいね。助けなんてなくてもひとりで回避できましたので」
「素直に礼を言えよおまえ!」
ドレイクとリリヤが喧嘩を始める。
折角、初勝利で幸先いいスタート切れたはずなのにこんな調子でこの先大丈夫かなと俺が心配していると、グリニアは槍――触手をダランと力なく垂らした貝の死体を見下ろして深刻そうな顔色をしていた。
「どうかしましたか?」
「この魔物はデビルパール。黒真珠が採取できることで知られている」
「ああデビルパールなんですかこれ。実物は初めて……あれ? たしかデビルパールって海の魔物じゃ」
「それよりも問題なことがある。こいつはB級魔物だ」
依頼されたアッシュレオよりよほど危険な魔物。ならば本来、こちらもクエスト内容に入るまたは個別に討伐を依頼されるはずだが。
――うわぁああああ!
男女の悲鳴が聞こえた。
パーティー結成初めての気楽なクエストのはずが、なんらかの異変が起きていることを直感した。
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