15話 【大魔女】
今回は前半は別人視点で後半はピガロに戻ります
♢
「はあ! はあ!」
おれの名前はリーパー。【探索者】っす。
これでも実力にはある程度の自負があり、同級生の【探索者】の中では昇級に一番近い存在。最近は学年の中でも頂点のパーティーである黄金の爪にもスカウトされて、このままいけば卒業時にはトップギルドにも入れそうっす。
そんな順風円満で将来安泰だったはずなのに――
タンッタンッ
「……!」
短剣を手にする。
【探索者】のスキル《地獄耳》によって廊下にいる敵を捕捉した。
実はさっきまではリーダーのマリオに命令されて、旧校舎の前で十人くらいの生徒たちと組んで人を待ち構えていた。理由も説明されず、先日の失敗もあって正直従いたくなかったのだけれどおれの代わりはいっぱいいると言われて、嫌々やるしかなかった。
そんでついさっきまで退屈しながらテキトーに時間潰ししていたら、あの男がやってきたっす。
「悪いね。こんな真似して」
おれ以外の全員を殺したそいつが、今、追ってくるように現れた。
入ってくる時にはどんな人間でもここに入れるなという命令だったので撃退しようとした。実力は知っていたはずなので全員が舐めてかかったのだが、なぜかひとり残らず返り討ちにされてしまった。
「【探索者】だから聞こえるよね? 休んでいる時、一緒にいたから知っている」
「……」
「本当は戦意のなくなった相手を追い回すなんてしたことないけど、今回のことについては失敗したくないからさ。ほら俺、後ろから不意打ちとかされるとすぐ倒されるほど弱いし。だからそういうことされないように全員潰させてもらう」
「先手必勝っす!」
唯一、おれだけが警戒をしていて生き残った。そのおかげでもうタネは見抜いている。
あの絵さえ目に入らないよう壁から出た瞬間を狙う。射程距離三十メートルの《投刃》によって高速でナイフを投げつける。
ズルッ
踏みこんだ足が滑り、後頭部からズテーンと倒れる。足の裏に粘着質な液体が引っ付いていた。
「なんなんっすかこれ!?」
「油絵の具だよ。一般の人がよく使う水彩と比べると粘り気が強くて、そいつを足元へ飛ばした。遠距離スキルがないと思って油断したんだろうけど、俺も持っているんだよね」
「お、おまえはいったい!」
それ以上は言う暇もなく、ピガロはおれの視界で絵を晒した。
出現した棺桶に体が呑まれていく。
絵を描けるだけの落ちこぼれ。そんなやつがどうしてここまで強いのか、最期まで分からなかった。
♢
《描射撃ち》。
絵の具を飛ばして遠くの場所へ絵を描けるスキル。漫画の夜空に浮かぶ星や血がドバっと出るシーンに使われる吹きかけという技術である。
俺は筆は持ったまま、服のホルスターにくくりつけられた絵の具の蓋を閉める。
リディさんに買ってもらったものを制服の上から羽織っているのだが、こういう絵描きとしての便利機能が色々とあった。
ドレイクの場所は既に別の生徒を脅して聞いているため一直線に向かう。
おそらく教師陣にはバレないよう念入りの計画のようだったが、不幸中の幸いというべきか俺を見下していたため門にいた以上の味方を呼んでいない。
このまま特になんの問題もなくいけるか?
走っている俺の前を塞いでいる女子を発見した。
浮かんだ箒に乗った彼女は俺の顔を見ると、ニッ、と八重歯を見せて笑った。
「き~ちゃった。本当にあの虫がマリオを倒せてここまできちゃった」
「水晶で覗いていたのか?」
「キャハハハ。その通りよ。というかこのアタシ以外でろくに水晶使える学生いないじゃない!」
【大魔女】レイ。
黄金の爪のメンバーで、性格は相変わらずのようだった。高いところに位置する彼女を見上げる。
「どけ。おまえの遊びに付き合っている暇はない」
「イヤよ。だってせっかくのアンタをいたぶる機会よ。あの無駄に硬い女は結局折れなくてつまんなかったから、アンタはピーピー地べたの虫けらのように泣いて命乞いしてよね」
「うるせえな偽乳」
「……てめえ。今なんて言った?」
余裕ぶっていたはずが、俺の一言でレイはこめかみに青筋立てる。
だからあえてもう一度、俺は馬鹿にするよう言ってやった。
「詰め物して平たいはずの胸デカいように見せてるんじゃねえよ。この土管女」
「アタシの胸のことを悪く言うやつは絶対にぶっ殺すって知ってるよな! あの虫小屋のように肉ひとつ残さず燃やしてやるよ」
《迦楼羅浄炎旋風》
怒り狂ったレイは初っ端から自身の最強魔法を放ってきた。炎の竜巻は縦横を埋め尽くしながら襲いかかってくる。灼熱を受けた窓ガラスが溶けて床が焦げて悪臭を放つ。
さすが距離さえあれば黄金の爪においての最高火力だ。
だが、それは放つには溜めがいる。無詠唱といえども俺が腕を動かすくらいの隙はあった。
《地獄の釜》を俺は発動する。
「いやぁあああ!」
魔法を挟んで絵を見てしまったレイは悲鳴をあげながら死んでいく。
挑発にまんまと乗ってオーバーキル狙いをしてくれて助かった。
狙い通り勝利した俺は、使用者が絶命して炎が消えてゆくのを待つ。眺めている内に、だんだんと小さくなっていき、最後には掌サイズまでになった。
《不死鳥の炎》
残った炎は鳥の姿に変形すると、消えずにそのまま俺へ襲いかかってきた。
「くっ!?」
一度は躱すが、火の鳥は空中で旋回して《地獄の釜》にぶつかる。
消す暇もなく瞬時に絵は燃え尽きてしまった。
「生きてたのか!?」
「キャハハハ! 残念。水晶越しに見えていたから、あんたがなにをするのかは分かっていたの」
膨らんでいた胸が潰れたと思うと、レイは身代わり人形を引っ張り出した。
俺の思惑を読みきり、唯一にして最大の武器を潰したことで彼女は今日一番の高笑いをする。
「キャハハハハハ! なにがなんだか知らないけど、好き勝手してくれたわね。でもこれでもうおしまい。もう死にたいって自分から泣いて懇願するほどいたぶってあげるわ」
「それでいいのか?」
「なにその笑み? そんな強がっても無駄だからね。すぐに化けの皮剥がして素直に怯えさせてあげるわ」
「強がりか……さてどうかな?」
勝ち誇り、俺の言葉を負け惜しみと捉える彼女の前でコートを思いっきり広げた。
ペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラ
ペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラ
急激な熱の上がり具合による上昇気流を受けて、俺の服の内側に用意されていた百枚の地獄の釜が周囲に舞った。
「なによこれ!?」
ドレイクに負けて以来、画像による力だけでは不十分なことを知った俺は散々弱点とその対策を考えていた。
二度目もしくは絵を既に知っている連中は必ず真っ先に《地獄の釜》を狙ってくる。
だからこうして大量に予備を制作しておいた。
どこにを見ようが躱せない必中の一撃必殺。
名付けて――《地獄の釜×100》
「駄目。上にも下にも後ろにもどこにでもある」
死から逃れようと準備体操のように首を回すレイ。逃げ場がないと悟った彼女だったが、パッ、と電球が光ったように妙案を閃く。
「そっか目をつむれば――キャァアアアアア! なにこれ痛い!」
トバァ!
瞼をギュっと閉じた彼女に赤い絵の具がかかった。
「トウガラシ入りの絵の具を《描射撃ち》した。渇きが早くて便利なんだ」
「辛い! 痛い! 辛い痛い辛い! うっ、目が……」
事前に上へ飛ばしておいて、時間差で当たった絵の具。
それを受けたレイはどうやらこらえきれなかったようで、俺が瞼を開いた頃には落ちた箒の傍に棺桶があった。
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