14話 絶交
隣で夕日が沈んでいく屋上。
あと一時間もすれば夜になるだろう。
オレンジ色の光に染まりながら俺とマリオは対面していた。
「よく来たなピガロ。おれはてっきりおまえが尻尾巻いて逃げるかと思ってたよ」
「いや別にそうする理由もないだろ?」
「……」
手紙の送り主は、目の前にいる彼だった。
内容は、屋上に来いさもなくばおまえにとって大変なことになるというものだ。
俺だったからいいもの、普通だったらこんなあやふやな内容無視しちまうぞ。
俺のときめき返しやがれ。
そうやって以前のように軽口をぶつけようとすると、その前にマリオが苦虫を噛み潰したような表情でぶつぶつ呟いていたことに気づく。
「そう……ねえ……」
「んっ。今なんて言った?」
「……いいやなにも言ってねえ気にするな。ところでおまえ、休学中はなにしてたんだ?」
聞き返すと、スッといつものような自信満々の面構えへ戻る。
そういえばマリオと初めて出会った時も、彼はこんな顔だった。領主の息子で、家に引きこもっているお人形遊びの好きなおとなしい妹がいるのだが、それとは真反対の持って産まれた能力を鼻にかけている自信家。村に来る時は親からもらった護衛の部下を引き連れて、権力を笠に威張り散らしていた。
たしか最初に声をかけられたのは俺が子供たちに剣を教えている時で――
「なにボーっとしてやがる」
「あっ。すまん、久しぶりにこうしてふたりっきりで顔を合わせたせいか少し昔を思い出していた」
「朝、教室で会ったばかりだろうに気持ち悪い」
その際、最後にマリオの放った言葉が気にかかるが特に触れることなく話を合わせることにする。
「そうだな。休学中については、絵を描いたり売ったりかな。あっ、初めて女の子とデートもした」
「あの女とか? 呑気なことだな。おれたちはその間、必死に実力を磨いてダンジョンに潜ってたりしたんだぞ。遊び惚けていたおまえとは違って生死のやり取りをしていたんだ」
「あはは……すごいな……」
マリオが示しているのはドレイクだろうが、一緒に遊んだり服を買ってもらったのはパン屋の看板娘リディさんだった。
誤解を正そうとするが、そうしたらドレイクの正体についても教えなきゃいけないことに気づいて咄嗟に苦笑いして誤魔化す。しかし思い返すと色々なことがあった。とてもひと言やふた言では簡単には状況が説明できない。
得意げにダンジョンでの出来事を話すマリオ。
「おまえみたいなお荷物が増えてしまったが、それでもおれはこの剣で強敵を切り倒して」
「そういえば剣、変えたんだな?」
「――」
「購買で売っているやつだよなそれ」
現在、彼の腰にあるのは学園で売られている中では最高級品だ。
指摘されると、饒舌だったはずのマリオは押し黙った。
「やっぱり俺のじゃ駄目だったか。頑張ってデザインして鍛冶部の連中にも褒められたけど、やっぱり俺じゃおまえたちにもうついていけないんだな」
「……」
「でもだからって怠けるのは、あんまりよくないと思うよ?」
「はあっ?」
「そりゃ足手まといがいなくなって油断してたんだろうけど、ダンジョンで全滅したんだろたしか? いや伝聞なだけでもし間違ってたらごめんだけど。でも朝の《恐竜牙切裂》も前より威力落ちてたみたいだし」
グランドラゴンの首を断ち切った斬撃はもっと巨大で高密度だった。俺が慌てて返すと、マリオはまたぶつくさ独り言を呟き始める。
「……ころが……んだよ」
「だからなんて言って――」
「――おまえのそういうところが、ずっと気に食わなかったんだよ!!!」
叫んだマリオ。
予想もしていなかったことをされて俺が面食らうと、彼は声を荒げたまま怒鳴り続けてくる。
「えっ?」
「ずっとおまえのことが嫌いだった!」
「ごめん。散々、足引っ張って。でももう追放されたんだしさ俺。だったらもう時間も経ったことだし、入学前みたいに話そうよ」
「この学校にきてからじゃねえ! ピガロ! 出会った時からおれはおまえのことが嫌いでたまらなかった!」
昔、子供たちに剣を教えている俺に対してマリオは果し合いを申しこんできた。
曰く、天才である自分よりも優秀な神童がいると言われているのが気に入らないと。
自らの最強を証明しにきたマリオを俺は返り討ちにした。
その次の日から、彼は俺に剣を習いにきた。
「貴様に分かるかこの屈辱が! 血統も才能も有していたはずのこのおれが、ただの百姓の息子に負けたなんて! だけどそれでもおれはいつかおまえに勝とうと、憤りを僅かも漏らすことなく敵であるおまえに従事した。父に庶民なんかに頭を下げるなと叱られても、それでもなお続けたのはおまえ以上の剣の使い手なんてあんな辺鄙な場所じゃ誰もいなかったからだ!」
「……」
「なのにピガロ。おまえはおれの秘めた怒りをおちょくるようにヘラヘラ笑っていやがって! あまつさえ友達になれただと? ふざけるんじゃねえ! こっちは隙さえあればその喉笛をかっ裂いてやたがったよ!」
「俺はそんなつもりじゃ」
「黙れ! 落ちぶれたなら落ちぶれたでせいぜい虐げられていればいいものを反抗しやがって! もう殴る蹴るじゃ気が済まねえ。貴様には地獄を味あわせてやる!」
マリオは通信用の水晶を掲げた。
ごく短距離ではあるが、カメラのように離れた場所の映像を見られる。
透明の球体には――ぼろぼろな姿のドレイクがいた。
「なっ!?」
「こいつはな、休憩中のおれへ懇願してきたんだよ」
「なにを?」
「もうピガロに近づくな、なにもしないでやってくれだとよ。土下座までしてな。見ものだったぜ。あんだけ強かった女が、おまえのこととなるといくら殴っても抵抗せずにこんな風に頼み続けたんだ。
ピガロのことを奪いにきたが気が変わった。分かっていたが、あいつは俺様程度で囲える人間じゃないもっと高くへ羽ばたくはずの男だ。ピガロには俺様が選べなかった道を――憧れを手に入れてほしい。困難な道だがピガロなら絶対にやり遂げる。
だとさ。そんなくだらねえこと言いながら結局、なにもできないまま眠っちまった。あほらしくて笑っちまうよ」
ギュウウウ
高笑いをするマリオの前で、俺は以前のように拳を握りしめていた。
落ち着け。
これはもう俺らだけの問題じゃない。ここでマリオと戦ってドレイクを取り戻しても、結局はことが収まらずに潰し合いが始まるだけだ。冷静に先生たちへ今回マリオがしでかしたことを伝えれば、相応の処罰が下るはずだ。
俺は自らの感情を捨てて、最適な行動を取ろうとする。
「ギャハハハ。おまえのものを傷つけると、おまえ本人を痛めるより苦しそうで痛快だぞピガロ!」
「そうかよ」
「毅然としているつもりだろうが、内面では腸煮えくりかえっているのが分かりやすいぜ。なんせ十年来の幼馴染だもんな。そんな大切な親友にサプライズだ……おまえのアトリエ燃やしたのはおれたちだぜ」
「――」
「なに言ってるんだって顔してるな。おれだけじゃなく、黄金の爪全員おまえにムカついてたんだ。だからおまえに学園から去ってほしくて、倒れている間に魔法でボッて火種を入れてやってな。まさかあんだけ見事に燃えるとは。すごい面白かったぜ」
「……ごめんねピガロ。わ、わたしは止めたんだけど」
ガチャン、と屋上の扉が開くと黄金の爪のメンバーである【聖女】ウルナが現れる。
そしてその後ろからぞろぞろと武器を持った生徒が出てくる。
「チクらせはしねえぜピガロ。今日は決して逃がさずに、こいつらみんなでボコり続けてやる」
「呼ばれたはいいが、たかが絵が描けるだけの雑魚ジョブひとりに過剰戦力じゃねえか?」
「ただ殺すだけなら、おれひとりでも余裕だ。だがこいつにはおれさまが受け続けた数倍の屈辱を味わってもらう」
チャキン、とロングソードを抜くマリオ。
白刃に俺の姿が映る。
その双眸は――血走っていた。
俺は静かにだけどこの場いる人間全てに聞こえるようはっきり言う。
「全員、目を閉じろ」
「ご、ごめんなさい!」
「はあ? なに言ってんだ。隙を作って逃げるつもりだったんだろうけど、そう言われて誰が素直に従う」
「だろうな。分かってて口にした」
俺は背負っている《地獄の釜》を袋から取り出す。
それから一秒も経たない内に、死の証拠である棺桶が屋上で山を築いていた。
「な、なにこれ!? み、みんな! マリオも! ピガロいったいなにをして」
唯一、俺の命令を素直に聞いて生き残ったウルナ。
瞬きしたら視界に飛びこんできた悪夢のような光景に恐れおののく彼女の首根っこを俺は掴んだ。
「ぐふっ!」
「おまえを残したのはドレイクの居場所を聞くためだ。さあ吐け!」
「ごめんなさい。あの人は旧校舎にいて……きゃあっ!」
ウルナを投げ捨てると、俺は急いで屋上から駆け下りていった。
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