13話 クッキングピガロ
「お待ちくださいマシマシ!」
変わった語尾を付けながら俺を止めたのは、金髪ロールの女子生徒。左右に別れたドリルのような毛髪は先端が床に当たりそうなほど巨大だった。
たしか毛髪の重さって三十センチもいけば一キロ近くになるはず。だから目測を合わせると、
1(キログラム)×5(身長÷30)×2(ドリルの個数)=10(キログラム)
首折れないのかな。
そんな思いをよそに、彼女は高笑いをしながらこちらへ話しかけてくる。
「おーほっほっほ。平凡な男児が、このわたくしに声をかけられたことを感謝してくださいマシマシ」
「ありがとうございます。それで、どなたで?」
「なっ!? このわたくしを知らないとは失礼千万ですわ」
「申し訳ありません。この方は侯爵の長女でロミエール・マツリエ様でございます」
隣にいる銀髪のメイドが礼儀正しく深くお辞儀しながら教えてくれた。
どうやら金髪ロールの女性は見た目通りかなりお偉いさんの娘だったようだ。
言われてみれば規定の制服以外の靴やアクセサリーはかなり豪華そうなもので、制服も俺のものと違ってシワひとつなかった。
チャリンチャリン
転がっていったはずのコインが、彼女の靴先に当たった。指先でそれを拾うと、こちらへ近づいてくる。
「うわっ。怒られるかな」
いかにも目付けられたらやばそうだし、穏便に済ませたい。
こういう場合どう謝ればいいのかドレイクへ相談しようとすると、
「おっぷ!」
「動くな。悪いが、そのままでいてくれ」
両手で掴まれた首が前に戻されて固定される。さらにドレイクは身を縮こまらせて、まるでなにかから隠れるように俺の背後にピッタリ張りついた。
むにゅん、と彼女の大きなオッパイが潰れるように当たる。
意識してなかったのに、途端に頭が煩悩に支配されそうになってしまう。
「わ、分かった。でもおまえ、もう少し離れて」
「駄目だ。少しでも遠ざかったらバレる」
「盗賊のことかもしかして? どちらかがおまえの所業を知っているのか?」
「多分違う」
「じゃあなんで?」
「こちら。貴方のではなくて?」
「ひぃいいいっ」
前門の虎後門の狼。
俺たちがこそこそと話している間に、マツリエはあと一歩のところまで来ていた。もう三密だよ。別にこっちの世界では関係ないけど、あの時も実際に起こるまでは意識なんてしてなかったし、ちゃんと手洗いうがいして予防したほうがいいね。
彼女は素っ頓狂な悲鳴をあげながら頷く俺の手を取ると、掌に拾ったコインを乗せた。
「お金は大事になさい。一サントを笑うものは一サントで泣くことになりますわよ」
「えっ? あっ、いや、ありがとうございます……」
「リリヤ。どうして彼はこんなにも意外そうな顔をしているの? わたくし、なにか間違いマシマシ?」
「おそらくお嬢様がいかにも金持ちの親から甘やかされて育ったプライドの高い高飛車女の外見をしているため、怒りを買ったことで石詰めにされて海に捨てられるとでも勘違いなさったのでしょう」
「別にそこまでは」
メイドの口から紡がれる過剰な筋書きを否定する。
まあでも意外な対応だったのは事実で、抱いていた偏見を見直すことにした。
俺は素直に感謝しながら金を受け取ることにする。
手首がガシッとマツリエに強く握られた。
「えっ? ちょっとなんで引っ張って?」
「説明はあとにしますわ。背後の方も含めてとりあえず今はついてきてくださいな」
俺の許可なく、マツリエは俺をグイグイ引っ張っていく。
外見から想像できる全てが型通りというわけでないが、どうやらわがままなのはイメージ通りみたいだった。
そのまま何度停止を促しても、ジョブが前衛職なのか絵師程度では力負けしてしまって目的地まで引きずられていく。
「さて第三班も来ましたね。それで調理を開始してもらいます」
途中でどこかの民族風の仮面を被せられたと思うと、俺たちは調理教室で家庭科の教師と対面することになった。
「遅れて申し訳ありません。ですがロミエールの名を汚さないよう、きっちり時間内に間に合わせてもらいますマシマシ」
「どういうこと!?」
「実は自分たちは四人での班だったのですが、ひとりはベッドから出てこずもうひとりは始まる直前に逃げて二名ほど欠員が出てしまいまして。その代役を、暇そうだったおふたりにお願いしたいのです」
「別に暇じゃないけど!」
言い合っている内に、気づけば台所に立たれる俺。
授業中の脱走者を出さないために出入り口のドアは魔法で固定されているので、もう逃げ出せなかった。
諦めて、コック帽被った教師からの話を聞くことにする。
「さて本日の課題はこちらです」
「なんですの? この白い粒々は?」
マツリエは不思議そうに渡された食材を摘まみあげる。
「先生。こちらはどう調理すれば?」
「私からはなにも言うことはありません」
「えっ? でもこれ授業」
「冒険中、食事が求められる状況において常に見知った材料があるとはかぎりません。未知のものを調理する技術。それが冒険者に求められる料理なのです」
「なるほど。一理ありますわ」
そのあとは制限時間だけ伝えて、教師は俺たちの元から去っていく。
残された俺たちは課題の未知の食材を見下ろす。
「とはいえ。まったくヒントなしだと難しいですわね」
「先に取りかかってる連中を参考にするのはどうだ? カンニングは禁止されなかったし、冒険者なんだから周囲を観察する能力も大事だろう」
「それはグッドアイデアですわね! 貴方のこと気に入りましたわ。お名前は?」
「……ドレイクだ」
「?」
自らのことを言い淀むドレイク。
隠れたことといい、どうやらマツリエに対してなにかあるようだった。
マツリエ自身は、顔を隠した相手に素敵なお名前ですのねと称賛したあとは特に気にすることなく周囲を見渡す。
「焼け! 火を通せばだいたいの食材はなんとかなる!」「割れちまった!」
「小麦のように砕いて擦ってパンにしましょう」「ネバネバして一向に固まらないよー」
「全員、熱を加えて失敗しているな……そうだ。こいつは凍らせればいいんだ!」「駄目だ! 硬すぎて歯が通らん!」
「どなたも苦戦中といったところですわね」
謎の食材に対し、どの班も正解をあげていなかった。
余計に謎が深まり、目の前にいる三人とも手を付けることなく頭を悩ませている。
「いったいどうすれば……?」
「俺、知っているかもしれない」
「マジですの!?」
ピガロとしては、一度も目にしたことがないもの。だけど俺の記憶には白いこいつがこびりついてやまなかった。
俺は彼女たちに説明すると、早速、調理を開始するとする。
~一時間後~
「これは……おいしい」
「美味ですわ! おかわりマシマシ!」
俺の作ったチャーハンに舌鼓を打つリリヤとマツリエ。
やはり俺の睨んだ通り、謎の食材の正体は米であった。記憶が戻って以来、ずっと食べたいという欲求に悩まされていたのだが、この世界にはないと諦めていた。
まさかこんな機会に食べられるなんて。
世界をも超えた故郷の味は強引に連れてこられたことを帳消しにし、マツリエには感謝の言葉しか浮かばなかった。
うめー!
俺の調理法をみんなも真似し、教室中から絶賛の声が聞こえてくる。
「いやー。これほんとおいしいわね。お米一粒ずつに味がしっかりついていて、パラパラで感触もいい。私より炊きかたも扱いかたも上手ね」
「先生。ありがとうございます」
「でも、この味はなにかしら? 酸っぱいけれど嫌味になるほどじゃないマイルドな酸味。こんなの食べたことないわ」
「それはですね――」
本日の料理 マヨネーズチャーハン
①ビネガー、油、塩、卵を混ぜてマヨネーズを作る。今回使用した卵はホワイトチキン。
②マヨネーズをお米に混ぜておく。
③刻んだハムとネギマンに火を通してから、②の米を入れて炒める。
④塩コショウで味を調整しながらパラパラになるまで炒めれば完成。
ピガロのコメント:こちらの世界にはまだないマヨネーズを使った誰でもパラパラにできる簡単チャーハンだゾ。マヨネーズが米をコーティングすることで粒ごとに炒められ、さらにコクもアップしてうまい。
「……」
みんながワイワイと騒いでいる中、教室の隅で黙々とチャーハンを食べるドレイク。
俺は彼女の隣に座る。
「どう? 俺のチャーハンは?」
「……んっ? ああ、うまいぞ。おまえ料理まで上手だったんだな」
反応が遅れるドレイク。
どこか途方に暮れていて、ついさっきまでの彼女とは別人だった。気になった俺は隣で食事をしながら尋ねることにする。
「今回が上手くいっただけさ。それよりどうしてこんなところで? 仮面をちょっとズラすだけでも食えるからマツリエたちと一緒に食べてもよかっただろうに」
「俺様は昔、貴族の娘だと言っただろう」
「ああ。だけどそれといったいなんの関係が?」
「鈍いな……その時の顔見知りなんだよあいつ」
そこまで言われてやっと分かった。
どうやらマツリエはドレイクが子供の時の知り合いだったようだ。
捨てたはずの過去が、突如として自分の前に現れた。そんな経験はないため測りようがにのだが、ドレイクが苦しんでいることはなんとなく分かった。
俺はチャーハンを掬う手を一旦止めて、ドレイクへ話しかける。
「なあドレイク。よかったら俺の――」
キーンコーンカンコーン
聖堂の鐘が鳴る。どうやら昼休みのようだ。授業が終了したことで出入りが自由になるが、昼飯は自分たちが作ったものがあるため残って食べる。
「悪い。することがある」
ドレイクはそう言うと、ひとりだけ去っていった。置いてかれた俺の言葉は途切れたままだった。
放課後になった。
結局、別れてからドレイクと再会してない。おそらく残っている手続きをやっているのだと思うのだが。
「んっ?」
カサッ、と指先に当たった知らない軽い感触。
なんだと思って取り出してみると、入っていたのは手紙だった。
ま、まさかこれはラブレターというやつ!?
前世含めて初めての経験に胸が高まる。爆発しそうな心臓を抑えながら、緊張して震える手でなんとか中を開く。
読み終えると、拾われたコインが裏だったのを思い出した。
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