12話 冒険者という夢
「今なんて言ったてめえ」
こめかみに青筋をつくるマリオ。
ドレイクは俺のことを指さしながら応じる。
「だから言っただろ? それとも耳クソ詰まっててよく聞こえなかったのか剣聖くん。剣の腕と一緒で、耳かき使うのも下手くそなのか」
「あまりに信じられねえことでな。おれどころか、誰も信じられねえ与太話だよ」
クラスメートたちはいきなり始まった喧嘩よりもドレイクの発言に戸惑っていた。
マリオは不愉快だとばかりに舌打ちする。
「ほざけ女。そんなことあるはずがないだろ」
「ある。俺様はなにも根拠のない風の噂より、目の前で起こったことのみを信じる」
「そんなわけあるか! おいピガロ。金も力もないおまえが、どうやってこいつをほだしやがった!?」
「ほだすって……」
「馬鹿野郎! 俺様とこのモヤシがそんな関係なわけあるか!」
言葉のチョイスに俺が困惑していると、意外にもドレイクは顔を真っ赤にして強く否定する。
「いいか!? たしかに俺様がこの学園にきたのは、こいつを自分のモノにするためだ! だからといって、俺様はピガロなんて好きなんかじゃない!」
「そうだったのか。ショックだな……」
「勘違いするなこのアホ! 俺様がおまえを嫌いになんてなるわけあるか! 今のはそういうことじゃなくてだな」
いくら短い付き合いとはいえ、初めて絵のことを語り合えた相手だ。友達くらいにはなれたと思っていたんだけど、まあ親友からも絶交された俺ごときじゃ友情なんて持てるわけないか。
落ちこむ俺の隣で、あわあわとドレイクはなんとかフォローしようとしてくれた。
「ありがとう。分かったよ」
「本当か? よかった」
「金輪際これからは話しかけないようにしておくよ」
「なぜそうなる!? それだったら、俺様がずっと話しかけることになるぞ!」
最後には意味不明の発言を残すドレイク。
なんとか理解しようと塾考していると、マリオがロングソードを強く握りしめた。
「ピガロから離れろ女」
「あっ?」
「そんなに言うなら、実際に戦ってこいつの弱さを見せつけてやるよ。おまえは邪魔だからすっこんでろ」
「発想は面白いが、俺様は命令されることが好かん。ピガロと勝負したいなら、まず俺様に傷のひとつでも付けてみろ」
「いくら好みの女といえど、二度と手加減はできねえぞ」
「おまえみたいな下手くそに、そんな器用な真似とてもじゃないができると思えないが」
お互いに武器を構えた。
まずい。
どこまでかは俺程度じゃ見極められないが、こいつらが本気で戦い合ったら周囲を巻きこみかねない。
俺はなんとか停戦もしくは場所の移動だけでもさせようとする。
「そこまで!」
教壇からの叫びに、動きを止めるドレイクとマリオ。
大声を放ったザガートは、全員の注目を集める。
「ふたりとも、これ以上の私闘は教師として止めさせてもらう」
「ちっ。雑魚が邪魔するんじゃねえよ」
「だから俺様は命令されるのは好きじゃないんだが」
「気に食わないのなら辞めろ。生徒として学校にいる以上、教師の言うことには従ってもらう」
「クソが」
「悪いが、まだやることがある内はいさせてもらう」
話を聞いて、両者はおとなしく矛を収める。
争いを諫めたザガート先生。
ここまで声を荒げるのを見たのはみんな初めてだった。
いくつもの出来事が起きたことで動揺し、沈黙に包まれた教室内でザガートは俺へ言った。
「ピガロ」
「は、はい。なんでござるでありましょうか?」
「口調がおかしくなっているぞ。まあいい。おまえはエドワードと仲がいいようだから、学校を案内してやってくれ」
「えっ、でも授業が」
「担当の先生には伝えておく。別に授業を受けたいのなら、あとで個別にできるようにする。今回のことは、評定にもいくつか加算しよう」
退学ギリギリな俺にとっては仮に足されるのが少しだとしてもありがたい申し出だ。
他の生徒にとってもそれは似たようなもので、俺が断ったら我こそはと挙手しようと待ち構えるのが何人かいた。
もちろん俺は素直に了承し、ドレイクと一緒に教室から出ていくことにする。
「……あとで覚えてろよ」
残ったマリオは、誰にも聞こえないくらいの声で去り際にそう呟いた。
廊下を歩いている俺の後ろをドレイクはついていく。
身長が俺とほとんど変わらないため、気を遣わずに普段と同じ歩幅で進んでいく。
「どういうことだ?」
周囲から怪しまれないように移動しながら小声で尋ねた。
「さっきも言った通りだ。俺様は欲しいものはなにをしても奪う。ピガロ。おまえには副団長に必ずなってもらうぞ」
「その件については丁重に断らせてもらったが」
「あれしきの問答で俺様が諦めるわけあるか。ここに来たからには、ほとんどの時間をおまえと過ごすことになる。その間じっくり口説き落とさせてもらうさ」
どおりで、すぐに引き下がったわけだ。
彼女はどうやら本当になんとしても俺の絵が欲しいらしい。その思いは作家としてはそりゃ嬉しいものだが、俺はこの学校を辞めるつもりも盗賊業をするつもりもない。
「でもどうやってうちの生徒に?」
「ここの学園長とは知らない仲じゃなくてな。おまえのクラスになったのも、あのババアのおかげだ」
「ふーん、そういうこともあるんだな……ところでどうしたんだ? その恰好は」
「似合うか?」
「そりゃ似合ってる。めちゃくちゃ美人だ」
「そうか。ふふん」
「いや喜んでるところ悪いが、いいのかそれで?」
「おまえにもらった絵があるだろ? あれを見てると、こういうことをもうしてもいいんじゃないかってな」
ドレイクはスキップしながら回転する。
ふわりとスカートの端が捲れると、白い太ももと黒いタイツの境界線が日差しにさらされる。
「たしかに俺様が正式に騎士になれなかったのは性別が原因だ。盗賊の親分やってる時もあの服装のほうがいい。でも俺様は女だってのが、あの絵を見ていると分からせられちまってな。もしあんな風におまえから見えているのなら、ああなるのも悪くはない」
言い切ったドレイクの表情はいつものようなしかめっ面ではなく。実に華やかでそして身軽だった。
他にも色々と訊くべきことはあるんだろうが、俺としてはこんな彼女を見てしまってはもうとやかく言うつもりにはなれなかった
「じゃあ言われた通り案内しますか」
「最初はピガロのお気に入りの場所へ連れていってくれ。俺様は好きな料理は初めに食べる主義なんだ」
「好きな場所ねぇ~」
特にないのだが、ずっと絵しか描いてこなかった自分からすると学園ではアトリエが馴染み深い施設だった。
とはいっても、俺の不注意でまだ眠っていた作品ごと燃えてしまったのだが。
「他は図書館くらいかな。あーでも、そういえばドレイクおまえ飯は食べたのか?」
「いいやまだだ。手続きで忙しくてな。咄嗟のことだから書類も試験も詰め詰めでこなす形になってな」
「なら飯でもいくか」
せっかくなので祝いに奢ることにする。金欠だが、まあ散々お世話になったしこれくらいはな。
チャリン
コイントスしながら前に進んでいく。
「ところで、こちらからも質問いいか?」
「いいよ。分からないところがあったら、なんでも聞いてくれ」
ここに通っていた身として、先輩づらで許可を出す。
落ちてきたコインを掴むと――
「おまえはなぜ、そこまで冒険者になりたいんだ?」
握りきれずにすり抜けてしまう。
確かになんでもとは言ったが、そんなことを尋ねられるとは。
はぐらかしてもよいのだが、いかんせんドレイクの真剣な表情を目にするとそうするのはひどい罪悪感を覚えてしまう。
俺は目の端で転がっていくコインを背にして、ドレイクへ振り返った。
「辺境の出身だとは、前に言っただろう」
「聞いた。でも、それが関係あるのか?」
「多分な……田舎で子供がすることなんて、ほんとうになにもなくてな。親の手伝いはするけど一日の大半は暇を持て余すことになる。退屈で退屈でしょうがない。だけどそんな俺たちを唯一、心の底から時間も忘れて楽しませてくれるものがあった」
冒険譚。半年に一回ほど来訪する吟遊詩人が聞かせてくれた冒険者たちの旅の記録。
普段ならば酔っぱらいを恐れて行かない酒屋に集まり、居座るために頼んだ貯めた小遣いで買ったサルタジュース片手に唄に浸る。その夜が過ぎ去っても、子供たちは内容を覚えて冒険者たちの真似事をして次に詩人が訪れる時まで遊び続ける。
「憧れだったんだ。遊んでいたみんな一緒になりたいと思っていた。家督を継ぐのも大事だが、辺境の子供ならば一度は冒険者になりたいと夢を見る」
運良く、俺は特待生として誘致されたおかげで妄想ではなく現実的な目標となった。本当にあの日までは、みんなと一緒に自分が冒険者になれると疑っていなかったんだが。
「ふむ……憧れか……」
ドレイクは神妙な表情で独り言を呟いている。
これ以上の追及はなかったため、俺は校内案内を再開しようとする。
「そこの貴方たち――お待ちくださいマシマシ!」
唐突に、俺たちの前に見知らない女子生徒ふたりが現れた。
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