11話 転校生エドワード・ドレイクさん17歳
三十分ほど、時を遡る。
ぎゃははは。おはよう。わははは。昨日、ダンジョンでさー。
朝早くにも関わらず、騒がしい教室。
生徒のほとんどは近郊の貴族を除けば寮生のため、用事がなければこうして起床してすぐにクラスに集うのが普通だった。なので遅めに入学する生徒は、貴族出勤など裏では呼ばれたりする。
ギリギリ貴族出勤にならない時間に教室の手前にきた俺は、一か月前となにひとつ変わらないいつもの光景に混じろうとする。まあ俺がここですることなんて、授業を受ける以外は机に寝たふりで突っ伏しているだけなんだが。
昔を思い出しながら俺が足を踏み入れると、
「……」
あれだけ騒がしかった教室が一気に静まり返った。
困惑して歩みを止めると、クラスメイト全員が俺に視線を集める。
どういうことだ?
俺はここではただの日陰者。決して人気者やカーストのトップに君臨するわけでもなく、ましてやほとんどの人物と関わりないんだが。
ひょっとして俺のことを心配してくれたんだろうか。
あまり話してないとはいえ、クラスメイトだし少しくらいは仲間意識を抱いてくれたのかもしれない。
誰かが、ポツリと呟いた。
「へー。辞めてなかったんだ」
あいつ誰だ?
落ちこぼれ職業のやつか。
絵を描くだけが取り柄らしいけど、意味が分からん。
黄金の爪がかわいそうだぜ。
あいつのせいで、この前のダンジョン授業失敗したらしい。
ひと言を皮切りに、波打つように俺に対して話すようになるクラス。
そのどれしもが、決して印象が良いものとは言えなかった。
というかあいつら失敗したのか。
意外だな。
てっきり俺が抜けたおかげで、同学年では初めてのダンジョン踏破をするのかと思っていたんだが。
どんな状態だったのか気になってマリオのほうを見る。
以前と同じく、俺の机の上にに座って近くの席の女子と話している。
「そんでドラゴンが油断したところで、やつの首を一発でスパッと切り落としたわけよ」
「マリオくんかっこいー」
「だろ? あのさ、よかったら今日の放課後、一緒に外に出ないか? いい飯屋があるらしんだよ」
「えー。どうしよっかなー」
語られる武勇伝に、酔いしれる女子。
まあ実際、あの時のマリオはすごかったから仕方のないことかもしれないが。
結局、誘いを了承した彼女は楽しそうに別の話題を切り出す。
「そういえばさ、今来た落ちこぼれくんってどうだったの?」
一応、クラスメイトで隣の席なんだがかなりの他人行儀。自分の居場所のはずなのに、戻りづらい気分になる。
「落ちこぼれ……ピガロのことか。別に、なんでもねーよ」
これまでだったら、俺のこと馬鹿にして盛り上げていただろうにマリオは不機嫌そうに女子から顔を反らした。
するとふいに、俺とマリオの目が合った。
……
しばらくの思考停止。
ハッ、と俺は意識を取り戻すが、なんと言えばいいのか分からず喋らないまま口をモゴモゴさせてしまう。
普通の挨拶なんて、あんな別れをしておいてなんだし。だからといって、もう熱が冷めてしまって喧嘩を売るつもりもない。
いっそ殴りかかったことを謝ってしまおうと思うと、
「ちっ。生きてやがったのか。大人しく、そこらへんでくたばってればいいのに」
舌打ちするマリオ。
あまりの言いように、つい口をつぐんでしまうとあいつから俺の元にきた。
「なんで戻ってきた?」
見下ろされて、睨みつけられる。
「俺はここの生徒だ。誰にも咎められる理由はない」
「追放されたおまえには、もう居場所なんて残っちゃいないんだよ。さっさとおれたちの前から消え去れ。目障りなんだよただの人間以下のゴミクズ」
強い罵りを受けた俺を、近くの同級生たちがクスクスとあざけ笑う。
クラスどころから学年でも最上位に位置するマリオの言葉は、彼らからすると絶対だった。
ついこの前までは仲良くやっていた幼馴染の本音に、反論する気すら失った俺はさっさと自分の席に座ろうとする。
ズテーン
横切ろうとしたら、マリオが伸ばした足に引っかかって転倒する。
「ぎゃはははは! 非力なクセに、そんな無駄にデカいもん背負ってからだよ!」
マリオの大笑いにつられて、教室中に笑い声が飛び交う。俺が来る前と同じ光景が広がっていた。
立ち上がると、逃げるように自分の席に座って突っ伏した。
背中へ馬鹿にする声がかかるが、本当に眠っているかのごとく一ミリたりとも顔を上げることはなかった。
やがて愉快な空気が落ち着くと、担任のザガート教師がやってきていた。
「みんな本日もおはよう。今朝はふたつの知らせがある」
無感情の表情から出る無機質な喋り。まるでロボット、こちらの世界でいうゴーレムのようだった。
「ひとつは、ピガロくんが復学した。これまでと変わらず仲良くしてくれ」
再び注目が集まって、ところどころでクラスから洩れる嘲笑。
耐えて、ホームルームが終わるのをひたすら待つ。授業がこんなにも待ち遠しいのは、前世ではなかった感覚だった。
「もうひとつは……」
途中で区切って、閉まっているドアのほうへ目をやつザガート。
そんなことせず早く済ませてくれ。この状況を今すぐにでも止めてくれ。
そう心の中では急かすも、いつまでもザガートは続きを言わない。
いったいどうなってるんだと慌てていると、
「もう入っていいぞ」
「あれ? そうだったのか。ならばいざ、ご対面」
外にいた知らない人間の声に、面食らうクラスメートたち。
だが純銀のハープのような高く澄んだその音に覚えがあった俺は違和感を持つ。
勢いよく扉を開き、彼女は入ってきた。
「――転校生を紹介します。エドワード・ドレイクさんです」
もうひとつの知らせは、俺にとってこの場にいる誰よりも驚くべきニュースだった。
あまりのことになにも言葉が出ずに餌を求める金魚のように口をパクパクさせている間に、軽い自己紹介が行われる。
「名前はさっき先生が言った通りだ。歳は当然だが同じ十七。他のことは色々あるから、まあ聞かないでくれ」
「なにも分からないが、美女だ」
「ミステリアスで素敵よね」
そりゃ賞金首の素性なんて話せない。
それでもドレイクを褒め称える声があちこちから聞こえてくる。今の彼女はつけ髭を取り去り、女子用の制服に身を包んでいる。
「傷がちょっとマイナスだが、あの顔に体は総合的に見てかなりいい女だな」
シャツが張り裂けそうなくらい大きなドレイクの乳房を見ながら、マリオは舌なめずりをする。
ザガートは空いている席を指さす。
「悪いが、突然こちらも聞かされたもので新しい席が用意できなくてな。今日のところは休んでいるあそこの生徒のところへ座ってくれ」
「休んでいるなら、ピガロくんもだと思いまーす」
「そうだったな。あいつもずっと休みで、成績も悪いしそろそろ退学するんじゃ……あっ、いたんだ」
「あはははは」
マリオと近くの男子とのふざけ合いに爆笑するクラスメートたち。油断していた俺は顔を隠す暇もなく、したくもない苦笑いで場を流そうとする。
みんなが笑顔で、傍から見ると和やかで幸せそうなクラスになる。
しかしドレイクのみはひとりだけ笑わずに、ただ一点を見つめていた。
「先生。俺様の席はあそこにしてくれ」
サーベルの切っ先を、俺の隣の席にいる女子へ向けた。
「悪いが、なにか事情がないかぎりはそういう意見は通らない」
「なあ女。いいだろ?」
「ひいっ」
ザガートが否定している間に、ドレイクは移動してガンッと足を机の上に乗せた。
刃の光を見せると、怯えて女子は席を離れる。
「この娘が、実は目が悪かったからどうしてもそこがいいとさ。なら当然、空いたここに俺様は座るべきだよな……欲しいものはなにをしても奪う。それが俺様さピガロ」
得意げにウインクするドレイク。
いやいやいや。急になにしてるんだこいつ。というかそもそも、なんでここにいるんだよおまえが。
大量の疑問で頭の中が占められていくが、俺がそれらを口にする前に事態は変化する。
「ちょっと顔がいいからって調子に乗ってるんじゃねえぞ!」
マリオは席から立ち上がると、俺がいる方向へ叫んだ。
周囲が怯える中、ドレイクはまるでそよ風のようにつまらなそうな表情で受け流す。
「なにか用か? 木偶の棒」
「でくっ!? おれは【剣聖】だぞ! しかも学園史上、最速で上級職に至った男だ!」
「へー。それは立派なことで」
「だからこのおれに目をつけられたくなきゃ、おとなしくするんだな。なんだったら、おれの女になれば優遇してやるよ」
自信満々なマリオを、ドレイクは鼻で笑った。
「ふっ。ピガロが褒めてたからにはどれほどの益荒男かと思ったが、とんだ勘違い馬鹿男だな」
「ピガロピガロとそのゴミクズをこれ以上認めるんじゃねえ!」
長剣を鞘から抜いたマリオはすかさず切りかかる。
その勢いと放たれた輝きには見覚えがあった。
あれは危険だ。
「やめろマリオ!」
《狂竜牙切裂》。
あのグランドラゴンの首を分断した一撃。規模といい威力といい、ただの学校の教室で人に対して使っていいスキルではなかった。
竜の噛みつきを模した強大な斬撃が俺のいる方向へ飛んでくる。
ドレイクは、ニッ、と白い歯を見せながらサーベルを構えた。
《堅防壁》
現れた透明な壁に当たった衝撃波は停止し、たちまちに霧散していった。
自らの最強スキルが軽々と破られ、あっけにとらわれるマリオの前でドレイクは言った。
「ピガロは、これの数倍は硬い守りをぶち抜いて俺様を殺したぜ」
続きが気になってもらえたらブクマか広告下の☆☆☆☆☆から応援いただけるとありがとうございます