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10話 脱獄


 ガキィンガキィン……バガーン!


「でたー!」


 ピッケルを放すと、小さな穴からこちら側に光が差しこむ。

 穴を覗いた先には洞窟内にはあるはずのない森林と青空が広がっていた。

 ついに苦労が報われたのだ。


 メモの正の字を確認したかぎりだと投稿再開日の数日前。移動を考えると、本当にギリギリのタイミングだった。もしもこれ以上、休んだらただでさえ退学ギリギリの成績なのにさらに追いこまれる形になってしまうため、冒険者になるためにはなんとしても避けなければならなかった。


「あそこらへんでなんか音しなかった?」

「気のせいだろ」


 やべっ。俺は団員たちの声を聞くと、即座に掘り返した土で穴を埋めた。

 わずかに耳にできる会話からここを探しているみたいだが、どうにかバレなかったようだ。


 俺はようやくホっとひと安心する。


 この時間帯、ここらへんで彼らは演習をしているためすぐには脱出できない。また夕方も夜もなんらかの可能性があるため、あまり好機とは言えない。

 やるならば、多くが眠り、少数の警備が正面にだけ配置される深夜しかなかった。


「ちょうどいいな」


 これでやり残すようなこともない。

 俺は疲れた体を回復させるため、あとは時間まで眠ることにした。洞窟から出たところで安全が約束されているというわけではない。危険は常にあるため、体力があるにこしたことはない。


 荷物の整理と早めの夕飯を終えて、月が昇るまで瞼を閉じる。


 コンコン

 予定通りの客の訪問に合わせて、俺はベッドから体を起こした。


「よ、よう。今日も来たぞ」


 ドレス姿にまだ慣れていないらしく、ドレイクは恥じらったまま部屋に入ってくる。


「ああ。そこに座ってくれ」

「……今日は準備がいいな。この前は寝過ごしていたのを、俺様が起こしてやったくらいなのに」

「めちゃくちゃ豪勢で、頭の中ずっとグワングワン揺れてたよ」

「あははは。そうだったのか」


 屈託のない笑みを彼女は見せる。

 そういえば、少し前まではこんな表情を俺の前ではしなかったな。


 ドレイクは獲物や部下の前ではいつもしかめっ面だ。でもそれは怒っているというよりは、自分を男に見せるための彼女なりの努力だということに観察していると気づいた。


 赤髭鬼。巷ではそんな異名で呼ばれ、本物のドワーフより恐ろしい存在だと評判だが、こうして近くで接していると自分の姿を隠すことに必死な臆病な女の子のようだった。

 まあそんなこと言ったら、烈火のごとく怒られるのでやっぱり怖い人物なのだが。


「うん。いい感じだ」

「もしかして、今日で完成するのか?」

「ああ」


 この姿の彼女の肖像画はついに完成する。

 脱出の前にこれだけはすませておきたかった。もう二度と会えないかもしれないと考えると、その前にこの美しさを俺自身の手で描いておきたかった。


「そうか……」


 わずかなミスも起こさないよう俺が丁寧に色を重ねていると、ドレイクはなんだか切なそうにうなだれた。


「どうした? 変なものでも拾い食いしのか? いつもなら別に俺様は完成してほしくねーよとかキレてただろうに」

「別に拾い食いなんてしてないが……終わる前に、ひとつ話をしてもいいか?」

「いいけど」


 ドレイクからなにかを話すというの珍しかった。

 彼女はいつも自分のことは話したがらず、話題をフるのは俺ばかり。しかも気に食わなかったら無視される始末だった。

 最初はボソボソとまるで独り言のようにドレイクは喋りだす。


「俺様の本当の家は貴族だったんだ」

「えっ?」

「そこそこ有名な家系でな。家長である父は国王の近衛騎士のひとりだ。立派な人で、俺様も憧れていたよ」


 まるで結びつきのない立場に戸惑う俺。

 もし話が本当だとすると、貴族のお嬢様しかも近衛騎士の父をもつ彼女がなぜ一介の盗賊なんかをしているのか。

 だがドレイクの表情にふざけた様子はなく、俺は嘘だとは決めつけることなく黙って話を聞き続けることにする。


「父ひいては家そのものに憧れていた俺様は、自分も近衛騎士を目指すことにした。まあ女のクセにと、さんざん周囲に馬鹿にされたけどな」

「……」

「だけどいくら蔑まれようとも、俺様は騎士を目指すことを諦めなかった。幸い、家族も理解してくれて次に家長を継ぐ兄上の訓練に付き合わせてもらえるようになった。辛く苦しい日々だったが、夢に近づいているという実感はどんな過酷な環境に置かれても幸福に感じた」

「ならなんで盗賊に?」

「これだよ」


 トントン、とドレイクは自らの傷跡を指で叩いた。


「訓練の最中に起きた事故でついたものだ。だがこれしきの傷程度で俺様も諦めなかった。近衛騎士に荒事はつきものといった気概で、一日休んだらすぐに訓練に戻るつもりだった」

「……」

「だけど、俺様が眠っていると思っていや家族の会話を聞いてな――嫁ぐはずの貴族の娘を負傷させてどうする? って父は怒鳴りつけていた」

「――」

「理解を示してくれてるなんて、ただの大甘な勘違いだった。結局、父が俺様にさせていたのは子供の

好奇心を満足させるだけの騎士様ゴッコ。時がきたら貴族の娘としての役割に徹せさせるつもりだった。それを知った俺様は、雨にも関わらず人がいないのを見計らってすぐに家を飛び出した。そこからはただ生きるための日々を過ごし、そんなことしている内にいつのまにかついてくるやつもできてこんな大所帯のボスになっちまった」


 最後のほうはまるで自嘲するかのように彼女は言った。

 気づけば筆を止めていた俺は、キャンバスから離れてドレイクと目を合わせる。


「話は分かった。でもなぜ、俺に?」

「さてな。ただ話したかったから話した。ただ俺様が自分の身の上を話したのはこれが初めてだ」

「そうか」

「ほんとなんでなんだろうな? ピガロ。おまえと絵のことについて話していると、ついいつもより饒舌になって。おまえに褒められると、ちょっと胸が熱くなる。こんな女としての姿も忌避していたはずなのに、いつのまにかこれはこれでいいのかもしれないって思い始めて」


 ドレイクは胸元のレースを抑えた。

 俺がなにも答えられずに黙っていると、彼女からまた話しかけてくる。


「なあピガロ。もう出ていっていいぞ」

「なに?」

「おまえ。ずっとここから脱獄しようとしていただろ。壁にまで穴開けて。別にそんなことせずとも、パン屋を襲ったあのふたりが咎められた時点でもう俺様におまえを止める権利はないんだ。だから好きにするといい」


 どうやら俺の計画は既にバレていたようだった。


 しかしわざわざそんなことまで自分から言ってくるとは。

 動揺のあまり、ついどもってしまう。


「い、いいのか?」

「いいさ。まあ部下たちは許してくれないだろうから、するなら夜だろうな。正面の警備は俺様が誘導するから、その内に出ていけ」

「分かった。じゃあお言葉に甘えさせてもらう」


 まさかこんな簡単に脱出できるとは。ここまで内部に入られた以上、最終的にはそんなことをすれば殺されるとも考えていたのに。


 俺は準備していた荷物を背負うと、扉を目指す。


 スカートを踏まないようにしながら、ドレイクの脇を通り過ぎていく。


「……本当に行くのか?」


 ザクッ、と背中をナイフで刺される。


 ……そんな警戒をしていたはずなのに、彼女はキュッと指先で俺の服の裾を掴んでいた。

 

 な、なんでだ?

 想像と現実のギャップに戸惑っている間に、ドレイクはいつもと違うか細い声で囁いてくる。


「ここにいるならば、おまえは絵を描き続けるだけでいい。衣食住を用意するだけじゃないく、なんならいくらでも贅沢させてやる」

「パトロンになってくれるって言うのか?」

「そうだ。たとえ才能が枯渇しても、絶対に不自由させない。冒険者になんかならなくてもいいんだ。学校に戻って、馬鹿にされる必要もない」


 とても魅力的な提案だった。

 ここでの生活は実際のところ悪くなかった。多少の注文さえこなせば自由の時間はかなり多く、冒険者につきものの命の危険はない。なにもかもを忘れて絵を描き続ける日々など、聞いただけで幸福に浸ったような気分になる。

 生徒たちと違って団員たちも慕ってくれて、提案通り満ち足りた日々を送れるのは確かだ。

 逡巡ののち、俺は振り返ることなく答えを告げる。


「断る。俺は冒険者になるんだ」

「……そうか」


 頷くと、ドレイクは意外にもあっさりと指を放してくれた。

 ここまでされたんだからもっと問答があると思ったのだが、どうやらそれは俺の自惚れだったみたいだった。

 なんだか拍子抜けした気分だったが、とりあえず目的は達成できたので立つ鳥跡を濁さないようにした。


「とりあえずこれ」

「なんだこの紙は? 洞窟内の地図か?」

「他にもここまでの侵入経路や、団員たちの姿格好全て書いてある」

「!」

「本来の予定なら脱出したあとに自警団に渡す予定だった」

 

たとえ逃げても、追われたりリディさんを標的にされたらこれまでの二の舞だと考えていた。だから山狐盗賊団ごと潰す気だったのだ。

 まあ素性を知ったうえで、ここまでされてもらったからにはそうするのは俺の立場としてはアンフェアだ。


「破るもよし、なんらかに使うのもよし。好きにしてくれ」

「つくづく、おまえを敵にしたままじゃなくてよかったと思えたよ」

「追放された程度の落ちこぼれだけどな」


 軽口交じりに自嘲した。休学して一か月そろそろ自分の中でもそれなりに心の整理がついたようだ。


「あと絵は完成させた。この絵を除けば、俺自身の最高傑作と言っていい」

「そんなにか?」

「ああ。モデルがよかったからな」

「またしても抜け抜けと……」


 顔を背けるドレイク。耳まで真っ赤になっているため、どんな表情なのかは容易に想像できた。


「感想を聞いていいか?」

「え~」

「頼むよ。そのために今日まで頑張ってきたんだ」


 俺が拝み倒すと、渋々ながらもドレイクは了承する。


 回りこんで、完成した己の自画像に目を通す。


 スッと一瞬真顔になったあと、


「――ありがとう」

 

 初めて見る心の中から幸せそうな、まるで桜の花が開いたような微笑みを彼女は唇に浮かべた。

 もしもこの休学に意味があったのだとしたら、それはあの画像の再現とこの表情を見るためだけにあっただろうなと俺は思った。

 

 ここからは人生の寄り道から、再び夢に向かって真っすぐ歩み出す。

 

 その決意とともに学園に戻ったのだが――







「転校生を紹介します。エドワード・ドレイクさんです」


 教室の一番前には、ニコニコとサーベルを肩に担いでいるドレイクが制服姿でいた。


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