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第1章:梟と鷹(6)

 この日、エチェベリアは全国的に天気が崩れていた。

 早朝は小雨程度だった雨足は、昼間になる頃には地団駄を踏むかのように活性化し、目と鼻の先を見渡すのも困難な程に視界不良となっている。


 当然、商売をしている人間にとって雨は天敵。

 薬草店【ノート】も例外ではない――――筈なのだが、先日の食虫植物騒動で固定客が離れた事もあり、元々ここ数日は客足が極端に少なく、余り影響は見られない。

 そんな悲しい現実を受け止めつつ、フェイルは店内の改装に着手していた。


 そのテーマとは『動物』だ。


 この改装が直接的に売り上げに繋がるほど甘くはないのは百も承知。

 だが、店に入って貰わない事にはどうしようもないし、信頼回復の為には多少あざとくても無害である事を内外にアピールしておく必要がある。

 薬草とは特に関連はないが、主婦層に大して求心力のある可愛い動物を起用しようと決心したのは、フェイルなりの決意の表れだった。


「……良し、出来た!」


 間断なく雨音が響き渡る中、自身を激励する意味も込め、敢えて大声をあげる。

 非常に粗雑な羊皮紙を安く購入し、それに描いたのは二匹の子猫。

 愛らしくじゃれ合うその姿は、誰が見てもその心を和ませるに違いない――――そう確信し、早速入り口の傍の壁に貼った。


 これで改装は終わり。

 やる事はこれだけだ。


 稚拙な一歩。

 しかし、確かな一歩。

 この薬草店【ノート】を盛り上げる一助となるだろう。


「……はぁ」


 そう信じ、フェイルは暫しその絵をカウンターから眺め――――自分がいかに追い詰められているかを理解した。


 如何にも手作り感のある、素人丸出しの動物の絵。

 それでも、ノノは食いついてくれるだろう。

 彼女がまた来てくれれば、この絵に安堵感を覚え、そして『フェイル兄様のお店が元に戻った』と喧伝してくれる。


 子供の言葉に誇張や不足はあっても嘘はない。

 街の人々はノノを信じ、食虫植物を警戒しつつも再度足を運んでくれるようになる。

 そうすれば、この幼稚な絵を見て『フェイルがノノと仲直りしたくて描いた』と解釈し、疑われていた人間性や信頼の回復に繋がる。


 そういう狙いだった。


 幼女を頼りにせざるを得ない、なんとも情けない一手。

 それでも、失った信頼を取り戻す為にはこれが最も適切と判断した。


 何しろ、勇者が街に来るまでにこの閑散とした現状を打破しなければ、評判の悪さで素通りされてしまう。

 事態は一刻を争う。


 けれど、忙しない雨足はこの店とノノを一層引き離している。

 無論、他の客の来訪など望むべくもない。

 元々、薬草のように必需品とは言い難い商品を扱う店は、天気によって、または気候によって客足が大きく変動する。


 日が悪い。

 そう結論付けるのに時間はかからなかった。


 整然と並んだ商品の面々と睨めっこしつつ、フェイルは熟考する。


 もう今日は店を閉めて、内装のみならず外装のプランもまとめてしまう方が、有意義な時間を過ごせるのは明白。

 恥を覚悟で、他の店同様に勇者歓迎の仕様にしてしまうのも一考の余地がある。

 実際に集客効果が得られるかはともかく、他の店の主人から『スカしてんじゃねぇのか?』と思われない為にも、朱に交われば赤くなるべきだ。


 決断は下った。

 フェイルは椅子から腰を上げ――――


「早く! 早く!」


 その刹那、急かすような声が店の外から聞こえてきた。


 雨音を裂く強い声に続き、今度は水溜りの出来た地面を駆ける足音がかなり小さい間隔で届いてくる。

 更に、具体的な内容の聞き取れない会話が空気を伝達し、フェイルの鼓膜を吐息のように擽る。


 雨音とそれ以外の音を完璧に区別出来なければ、雨中の戦場では役に立てない。

 尤も、フェイルは弓兵になる前からその技術は会得済みだったが。


 閉めようとした途端に来客。

 よくありそうな状況ではあるが、現状を冷静に見つめれば、雨宿り目的の冷やかしである可能性が高い。


 しかし、冷やかしから準固定客へ昇格を遂げるケースもある。

 まして、今はそれにも縋る思い。

 そもそも、営業妨害を企てない限りは皆等しくお客様――――それが正しい接客業の在り方であり、冷やかしか否かを考慮する意味などない。


 斯くして、フェイルは濡れた状態で今にも駆け込んで来るであろう客を迎えるべく、入口へと向かい、入りやすいよう扉を開けておく。 

 息を切らしたその呼吸音が、雨音の間隙を縫って伝わって来た。


「いらっしゃいませ」


 そして、来店前にもう一礼。

 その客の従者にでもなったような心持ちで、フェイルは来客を心から歓迎した。


 そして――――


「う――わ――あ――あ――――あ――――――――あああああああああああ!」


 その客は、店内に入る直前にぬかるむ地面に足を取られバランスを失い、頭を下げているフェイルを素通りし、そのまま勢いよく横回転で派手に転倒して、道連れに猫の絵を爽快な音で引き裂き、陳列した植木鉢を満遍なく落とし、尚且つ身体全体で床を転がり雨から避難させていた花々を多数磨り潰した後、そのまま床の上で目を回していた。


 僅か数秒の出来事。

 半日かけて描いた絵の損失が『その他の被害』の項目に入るほど、店内に突如訪れた嵐のような出来事は薬草店【ノート】を蹂躙し尽くした。


「……え?」


 頭を上げたフェイルの顔は、営業スマイルのまま固まっていた。

 心因性の麻痺である。


「え?」


 再度問う。

 誰に対してではない。

 敢えて言えば神に対してだが、フェイルは無神論者なので正確には神的な概念たる運命に対して。


「はぁ……またこの子は」


 いつの間にか、フェイル以外の気配は三つになっていた。 

 来店者――――もとい来襲者は合計三名。

 内二名は今し方訪れたばかりだったが、既に状況を正確に理解しているらしく、嘆息混じりの入店となった。


 一人は、腰の辺りまで髪を伸ばした猫っぽい目の女性。

 凛然とした顔立ちをしている。

 年齢は目測で二〇歳前後だとフェイルは判断した。


 どうやら剣士らしく、腰に細めの剣帯を締めており、腕には深い蒼のガントレット、肩から腰にかけて薄めの金属製鎧を装備している。

 古典的な金属製の防具は回避の足枷となるため、魔術の台頭によって激減しており、現代では珍しい装備となっている。

 それも、彼女のような女性剣士が装備するのは極めて稀だ。


「……」


 その隣で深く嘆息しているもう一人も女性で、小さい身体を大きめのローブで包んでいる。

 顔立ちは幼く、両側を縛って二つの尻尾を作った髪形が更にそれを助長させていた。

 一方、店内を眺める眼差しと表情には、どこか大人びた雰囲気も含有している。


 ローブを着用している以上、魔術士である事は明白。

 隣国の魔術国家デ・ラ・ペーニャ出身である可能性が高い。


「きゅ~」


 そして、この惨状の加害者であり主人公。

 床に転がって目を回しているのは、来襲者唯一の男性――――というより少年だった。


 頭に巻いたピンクのバンダナが印象的だが、それ以上に印象的なのが背負っているリュック。

 明らかに容量を超過しているその物体が、この惨劇の要因である事は火を見るより明らかだった。

 ただでさえ足場が悪い天候に加え、大荷物を背負っていた為にバランスを崩し、店内での破壊活動へと繋がったのは疑いようもない。


「……」


 人間、事故のような余りに突発的な悲劇に襲われると、まず言葉を失う。

 当然頭の中は真っ白だ。


 フェイルは生気のない顔で謎の汗腺を開き、冷や汗とも違う何かを流し、昏倒している破壊主をじっと見つめていた。

 睨むと表現するには、余りにも切ない。


「ふにゃ~」


 そんな店主の絶望を逆撫でするような、鳴き声にも似た呻り声。

 意識を失っているのは明白で、戻る気配もない。

 意思の疎通は道端の石に話しかけるよりも不可能だった。


 仕方なく、連れの二人に視線を向ける。


「えっと……どうしてくれましょうか」


「どうぞご自由に」


「煮るなり焼くなり。なんなら、私手伝います」


 剣士は他人事のように、魔術士はそれ以上に感情を出さず、しれっと答える。

 怒りのやり場がどうにも定まらず、フェイルは思わず膝から崩れ落ちた。


「全くもう……勇者ともあろう人間がどうしてこういつもいつも……」


 しかしその直後、予想もしない女性剣士の言葉に思わず立ち上がる。


「……え?」


「ま、信じられないでしょうけど……その子は勇者。一応、私が保証する」





 ――――遠い遠い、昔の話。





 このエチェベリアに、デルパウラと呼ばれる魔王が降臨した時代があった。

 魔王は国全土を恐怖と混沌に陥れ、人民はその不遇な時代に嘆き、苦しみ、跪いた。


 しかし、そんな時代に終止符を打つべく立ち上がった男がいる。

 アレッサンドロ=コスタクルタ――――アレスの愛称で呼ばれていた彼は、仲間と共に数々の苦難を乗り越え、壮絶な旅路の果てに魔王を討伐し、エチェベリア全土に平和と秩序をもたらした。


 幾多の試練にも勇気をもって立ち向かい、見事救国の英雄となった彼は、騎士でも兵士でもなく、ただの一般市民だった。

 庶民でありながら英雄となったアレスに、国民は歓喜し、感動し、そして彼をこう呼ぶようになった。


 勇者――――と。


 時の王、ヴァジーハ一世は勇者を正式に称号として採用。

 以降、時代の節目節目で現れる、国を救い、人民を守り、平和へと導いた一般市民には国王から直々に『勇者』という称号を与えられた。


 ある者は、『北の厄災』と呼ばれ恐れられた厄病に犯されし大地を見事浄化。

 ある者は、他国との戦争を僅か数名の仲間と共に終結へと誘導。

 またある者は、国土汚染と呼ばれる生物兵器の蔓延を未然に防止。


 ――――といった具合に、歴史に刻まれる偉業を成し遂げた彼らは皆『勇者』と呼ばれ、その称号は歴史を重ねる度に問答無用の最強ブランドへと昇華されて行った


 勇者は常に羨望の眼差しを向けられ、憧憬の的として崇められ、神聖な存在として祈りを捧げられる。

 いかなる財宝よりも高価で、どのような資源よりも貴重な存在――――


「ううう……申し訳ありません~」


 そんな勇者様が半ベソかきながら土下座している姿を眺めながら、フェイルは沈痛な面持ちで天井を仰いでいた。



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[一言] この作者さん確実にサッカー好きだな笑 サウスゲイト、ルンメニゲ、コスタクルタ
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