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第12章:誰が為に罪は在る(20)

 クラウがファオを足止めする事には、大いに意義がある。

 ただそれは、ファルシオン達が正しい手順でアルマを見つけられる術を持っている事が大前提だ。

 ただ、先程のファルシオンの推察通り、ファオと名乗る者が院長ではなくこの病院全体、或いはアルマ――――世界の恥部を守っているのだとしたら、少なくともファオはその術をファルシオン達が手中に収めていると考えている。


 だからこそ、彼女はここに出現した。

 自分の守る対象を脅かす存在を排除する為に。


「……っつってもよ、皆目検討もつかねーぞ。そもそも、魔力の状態になってるアルマの嬢ちゃんって視認できねーんだろ? どうやって見つけんだよ」


 走りながら、誰にともなくハルが問う。

 だがその質問にはクラウでさえ答えられないだろう。


 或いは――――スティレット達でさえも。


「あ、ちょっと! 扉が左右にあるけど?」


 先頭を走っていたフランベルジュが息を切らしながら叫ぶように、通路の途中の左右それぞれに一つずつ扉が見えた。

 更に、その奥にも幾つかの扉が左右対称に配置されている。


「急に病院らしくなったな。つっても、元々は病院じゃない建物だったんだよな?」


「はい。それは間違いありません。当初は何の為に造られた建物だったのか……」


 それがわかれば、何らかのヒントになる。

 ファルシオンはそう睨んでいた。


 普通に考えれば、世界の恥部を隠す為の建物というのが最もしっくり来る。

 アルマの中に封印する前の世界の恥部を保管していた場所。

 それをカムフラージュする為に病院に造り替え、院長となったグロリア=プライマルが世界の恥部を見張り続けている――――こう考えれば、かなりシンプルな構図になる。


 だが、この旧館は築100年以上の古びた建物。

 現国王が生まれる前だ。

 果たしてそんな昔から、世界の恥部が保管されていたのか?


 そもそもメトロ・ノームは何の為に作られたかというと、当時王族がこの地に住んでいた為、有事の際に王族が逃げ込めるようにと用意された『地下都市』だった。

 だが計画は頓挫し、王族はトリスタンへと拠点を移し、そこに王城を構えた。



 ――――何故?



「取り敢えず、適当に入ってみようぜ。ただし細心の注意を払ってな」


「そうね……何か手掛かりがあるかもしれないし。ファル、良い?」


「……」


「ファル?」


「あ……はい。わかりました」


 そう生返事しつつも、ファルシオンは今よりも遥か昔のヴァレロンに想いを馳せていた。


 かつてこの地には王族が住んでいた。

 闘技場があるのはその名残だ。

 あれほど大規模な施設が建設されたのは、王族が見学する催事を行う為に他ならない。


 ただそうすると、ヴァレロンには本来あるべき建物がない事になる。

 

 王城、或いは王宮。


 王族が過去に住んでいたのなら当然、彼等の為の巨大な住処があって然るべき。

 王城でなくても、貴族が住んでいるような、或いはそれ以上の規模の館がなければおかしい。


 だが、ヴァレロンにはそれらしき建物など何処にもない。

 大規模な屋敷は幾つかあるが、それらはあくまでスコールズ家などの貴族の所有物であり、王族とは関連がない。


「あの……ハルさん。ヴァレロンには城跡や、かつて王城が建っていたとされる敷地はないんですか?」


「ん? そんな話聞いた事もねぇけど」


「だとしたら不自然だと思いませんか? ここにはかつて、王様が住んでいたんですよね? どうして城も宮殿もないんですか?」


 例えば当時、エチェベリアが新しく興されたばかりの国だったのなら、そういう事もあり得る。

 けれど、エチェベリアの歴史はそんなに浅くはない。

 そして、隣国の魔術国家デ・ラ・ペーニャのように王城を持たない国でもない。


「言われてみりゃ……妙だな。そんな昔の事、気にした事もなかったしな」


 勇者一行の二人もハルも、元々はこの地の人間ではない。

 とはいえ、仮に彼等の地元がここだとしても、果たして100年以上も前に城があったかどうかなど気に留める機会はなかっただろう。


「城跡は観光名所にもなりますし、解体するには莫大な資金と人員が要ります。更地にするメリットがないんです」


「……」


 扉の前で、三人揃って押し黙る。

 本来、雑談に興じている余裕などないが――――この事は、ファルシオンだけでなく他の二人も妙に引っかかり、後回しに出来ずにいた。


「つっても100年や200年前の話なら、記録には残ってるだろうよ。調べればすぐわかるんじゃねぇか?」


「調べてわかるくらい簡単に得られる情報なら、それこそ観光に活用しない筈がありません」


「……私達が最初にこの街に来た時、異常な歓迎ムードだったのよね。勇者が来た街って噂が広まれば、それが売りになって人が集まるかもしれないから、って」


 実際には勇者ではなく勇者候補だったが、それでも街の人々は色めき立っていた。

 同じ街に住むフェイルが戸惑うくらいに。

 それくらい、ヴァレロン新市街地は目玉となるものに飢えていた。


 なのに、かつてこの地に王族がいて王城があった事を全く誇っていない。

 観光名所どころか話題にすら出そうとしない。

 エル・バタラが開催され、アルベロア王子が訪れた際にもだ。


「どういう事だよ? 王族はいたけど王城なんてなくて、質素な暮らしをしてたってか?」


「それはあり得ません。王族がいたのなら、必ず住居は権力の象徴とする筈です。王家の威厳を保つ為にも」


 王族と言っても、彼等自身に特別な能力が備わっている訳ではない。

 権力を維持する為には、王が王らしく、王族が王族らしく振る舞い、国民にそれを周知させなければならない。

 住む場所の圧倒的なボリュームは、箔を付ける上で非常に重要だ。


「……なんか、話が見えて来たな」


「ええ。アンタも私も大概バカだけど、流石にこの流れならね」


 自覚はあるらしく、ハルも大きく頷く。

 ファルシオンが何を訴えたかったのか。


 それは――――



「愉快な話をしていますね」



「!」


 突然の声。

 やはり気配もなければ足音もしない。

 しかしファルシオン達は、いい加減その事に慣れていた。


「やっぱり、一人じゃなかったって訳かい。ファオ=リレーは」


「全く……面倒な連中ですね。崇高なこの場所に土足で踏み行ったかと思えば、今度は推理ごっこですか。目障りですね、貴方がたは」


 露骨に敵意を示すその声は、これまでファルシオン達が何度か聞いて来たファオのそれと区別が付かない。

 ただ口調は微妙に違う。

 敢えてそうしてきたのは明白だった。


「だったら不意打ちでもかましてくりゃ良いじゃねーか。なんでわざわざ話しかけてくる? メリットなんてねぇだろ?」


 当然とも言えるハルの挑発めいた応えの直後――――その視界にファオの姿が映った。


 口元をベージュのマフラーで隠している。

 明らかに、これまで見てきたファオの格好ではない。


「生憎、私は暗殺スキルはそれほどではないんです。『ファオ』にも色々なタイプがあるのですよ」


 同じようで、同じではない。

 それは容姿も声も、そして能力も。


 ファオ=リレーはそういう面々の繋がりによって構成されている――――チームだった。


「扉を開けるのを待って背中からの不意打ちで最低一人は始末できたんでしょうが……残りの二人を同時に倒すのは難しい。それでも、その魔術士だけでも倒せば良いかと思っていたんですが、情報を共有されてしまいましたからね」


「……やっぱり、知られたくない事実なんですね」


 王城があったのか否か。

 あったとしたら、それは何処にあったのか。

 何故、王城があったという事が宣伝に使われていないのか。


 ファルシオンは既に結論を出していた。


「この病院が、かつて王族の住む建物だった事は」


 病院にしては、妙に間延びしている廊下。

 封術による幻術まで使用した、徹底的な管理体制。


 それらが王城あるいは王宮だった頃の名残だとすれば、辻褄は合う。


「新館を追加で建てられるくらいの敷地……その筈です。王家の住まいがあったのなら、それくらいの広さはあって然るべきですから」


「確かに、ここまで移動して来た印象からして、病院より城って方がまだ納得が行くな」


「城なんて勇者候補一行として旅に出る前に一度行ったっきりだけどね」


 ハルとフランベルジュが、同時に剣を構える。

 暗殺が苦手、というファオだが――――それはつまり、姿を見せての戦闘には絶対の自信があるという証。


「知らなくて言い事を知るのは……不幸ですね」


 刹那、ファオの姿がフランベルジュ達の視界から消えた。


「気を付けろ! 敵はそいつ一人とも限らねぇ! だが集中が散漫になるの――――」


 次の瞬間。


 かつて王城の通路だったその場所に、静かに血が流れた。







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