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第2章:遠隔の地(4)

 勇者の冒険譚は様々な物書きが書いていて、中には演劇として大勢の国民を熱狂させた作品もあるという。

 このエチェベリアで勇者人気が高いのは、そういった創作の力も大きい。

 そして、冒険譚の多くは架空の物語であり、実在する人物をモチーフにしてはいても、大半は作り話か誇張表現によって構成されている。


 ただ、物語を読んだり演劇を見たりする一般市民がそれらを真実と思い込めば、その話は真実として次世代に語り継がれる。

 そうやって勇者のパブリックイメージは積み重ねられてきた。


 例えば、勇者は人を惹き付ける力と同じくらい厄介事を引き付ける――――という印象もその一つ。

 当然、勇者という称号にそのような不思議な力はないが、既に多くの市民が勇者とはそういうものだと認識している以上、『勇者はトラブルメーカーでこそ』が正解。

 よって、勇者候補の必須項目の一つにその気質の有無があったとしても、それを批難するのは的外れという事になる。


「だから、あの子が何かしらのトラブルに巻き込まれるのは健全な勇者候補の証なのよ」


「……健全かどうかは兎も角、確かにこれだけ帰りが遅いと何かあったと判断するしかないね」


 リオグランテが店を出てから四時間が経過。

 彼が戻ってくる気配はしないし、ついでに客の気配もない。


「予想はしていました。何事もなく街や村を素通り出来た試しがありませんから」


「なら一人で行かせなきゃいいのに……勇者候補が拉致されたら仲間としてシャレにならないんじゃないの?」


「幾ら仲間でも、ずっと一緒って訳にはいかないでしょ? 出来る限り一人で解決出来るように、危険度が少ない場所では単独行動させて経験を積ませるようにしてるの」


「それくらい出来ないようでは、勇者には到底なれませんから」


 それ以前に大人にすらなれない――――と言おうとしたフェイルは、正論に正論をぶつける無意味さを悟り沈黙を選択した。


「服を売ってる雑貨屋はここと宿屋の通り道にあったから、道に迷う事はないと思うけど……」


「リオの事ですから、途中で野良猫でも見付けて追いかけて迷子になったとしても不思議ではありませんね」


「で、帰り道探してたら泣いてる女の子を発見して、話しかけたら『大事な帽子を川に落とした』って泣きつかれて、取りに行ったら橋の下で街を牛耳る反社会勢力のアジトを偶然発見しちゃった……みたいな」


 聞いているだけで疲れてくるような話だが、二人の余りに滑らかな話し方からして、ほぼ同じような事が以前にあったと推察するのが妥当だった。

 リオグランテという人物が勇者のパブリックイメージの一部とかなり合致しているのは間違いない。


 ならば――――


「探しに行くなら手伝うよ。理由がどうあれ、失踪されて困るのは僕だし」


 今後の事も考慮し、フェイルは嘆息混じりにそう進言した。

 自分が言い出さない限り、勇者一行の二人は動きそうにないと判断したからだ。


「助かります。でもお店は……」


「どの道、今日の感じだと多分もうお客様は来ないよ。明日交渉に行く為にも、リオには早めに戻ってきて貰わないと」


 半ば諦観の念も込め、フェイルは店じまいを始める。

 それから十分後――――三人は人通りの少ないレカルテ商店街の道端で固まり、商人ギルド【ボナン】の支部に面した北に抜ける通りを眺めていた。


「普通なら雑貨屋のある向こうを探しに行くべきですが、リオの場合そっちにいるとは限りません」


「私がそっちを探すから、ファルは西に回って。貴方は適当に」


「……機動力は兎も角、探索なら十分戦力になると思うんだけどな。地の利があるんだし」


 露骨にアテにされていない事に対し不満を述べつつ、フェイルは東側へ向かい単身での探索を開始した。


 日が傾きかけているレカルテ商店街は、等間隔に設置されている街灯に早くも火が点されており、微かな影が朧げに揺れている。

 夜になっても、この辺りは深い闇に飲まれる事はない。

 その為、多少は治安が良い。


 それは現在行方不明のリオグランテにとっては好材料となる筈だが――――ファルシオン達の話を聞く限りでは然程でもないだろう。

 トラブルが向こうから来るのなら、治安など無関係だ。


 そして、もしリオグランテが本来行く筈のない区域に足を運んでいたとしたら、闇雲に探してもまず見つからない。

 ヴァレロン新市街地は決して狭くはないし、通りの数も表・裏共に多い。

 フェイルの判断は早く、既に目的地へと向かって歩き出していた。 


 行き先は――――この商店街で最も高い建築物である見張り塔。

 薬草店【ノート】の東にある大通り『アロンソ通り』を南に下った所にある、本来は街の外部からの侵入者に対して見張りを行う為の塔だ。

 内戦などが活発にあった時期には重宝され、自警団や憲兵のみが立ち入りを許可されていたが、現在では内外問わず争いはないので無用の長物と化しており、一般人でも普通に上る事が出来る。


 フェイルはその最上階に足を運んだ。


 四方に落下防止の為の壁があるが、その高さはフェイルの腰辺りまでしかないので、遠くを見渡す上での障害にはならない。

 高さは街のどの建築物よりも上で、三階建ての屋敷でも悠々と見下ろせるほど。

 だが、それだけに通行人の顔の判別は難しく、特定の人物を探すのには向いていない。


 それでもフェイルがここを訪れたのは、彼には特定が可能な能力があるからに他ならない。


 鷹の目――――


 そう名付けられた右目ならば、遥か彼方の人間も見分ける事が出来る。

 歩いて十五分かかる距離であっても。

 フェイルは北側に視線を向けると、左目を閉じ、右目を凝らし、集中し始めた。


 この鷹の目は、精密な視力を持つ上に動体視力も高い。

 しかし、広範囲を同時に見渡す事は出来ない。

 細い筒で目を覆っているような感覚だ。


 その為、本来は今回のような特定の人物を探索する作業には向いていない。

 とはいえ、街中歩き回りながら探すよりはずっと効率が良い。

 建物の中に入っていたら見付けようがないが――――


「……ん」


 探し始めてから二分が経過。

 意外にも、その短時間でフェイルの右目はリオグランテの姿を捉えていた。


 予想外の早業――――とは言い難い。

 単に明らかに目立っている人混みの中に、リオグランテの姿もあっただけの事だった。

 それも、その輪の中心に。


「流石は勇者候補。期待を裏切らない……」


 周囲に誰もいないが、だからといって独り言にするほどの内容でもなく、フェイルは胸中でそう呟いた。


 勇者の危機産出能力は、単に物語を面白おかしくする為に物書きが付け加えたご都合主義の産物ではない。

 そこには相応の理由がある。


 英雄視されている勇者は、常に期待に応える存在でなければならない。

 その為に必要なのは、折れない心、際限ない才能、人望、弱き者を助ける慈悲の心――――など。


 つまり、自ら危機に飛び込む事も、他者から危機を持ち込まれる事も、そして危機に対し立ち向かえるだけの戦闘力と胆力も、全て持ち合わせていなければならない。

 トラブルに巻き込まれる事が多いというより、トラブルとは切っても切れない関係なのが実際のところだ。


 それを誇張して、民衆の心を掴む情熱的で感動的な物語に仕上げるのが吟遊詩人や物書きの務め。

 彼らの広報活動なくして、勇者は成り立たない。


 ――――と、そんな事を呑気に考えていたフェイルの鷹の目に、リオグランテと対峙している人物が映った。

 先程までは人混みが障害となって見えていなかったが、今はその人物の所属を示す物まで見える。


 右肩に縫い付けられている『剣』と『槍』と『斧』が重なったデザインの刺繍。

 それは、このヴァレロンにおいて【ウォレス】と並び二大傭兵ギルドの一つに数えられている【ラファイエット】の一員である証だ。

 

 新市街地においては特にこの二つの傭兵ギルドは拮抗し合っており、建物自体も直ぐ近くに位置している為、そのライバル意識、縄張り争いは相当なもの。

 体裁上、あくまでそれらは水面下での動きであって、表向きには街の治安を守る為にお互い協力し合っている事になっているが、実情は完全に真逆だ。


 ただ、【ラファイエット】は表向き穏健派とも言われる【ウォレス】とは違い、表立ってトラブルを引き起こす事の多い強硬派のギルドとも言われている。

 特に有名なのは、大隊長の地位にいるバルムンク=キュピリエ。

 筋骨隆々のその肉体は、地上最大の肉食獣とも言われている『ブライグマ』とも比喩される程で、大剣デストリュクシオンと戦斧マッシュムーンを交差させ背中に担いでいる。


 マッシュムーンは通常の斧の倍以上の重量を誇る巨大斧で、例え全身鎧を身に付けていても一撃貰おうものなら身長が半分以下になると言われるほどの威力。

 しかしそれでも、彼の本命の得物はデストリュクシオンの方と言われていて、真の強敵と対峙した時のみそちらを抜くと真しやかに囁かれている。

 外見の派手さもあり、ヴァレロン内は勿論、エチェベリア全土においてもその豪傑振りは轟いている。


 そして今――――フェイルの鷹の目が捉えているのは、まさにその人物像と一致する巨躯の男だった。

 しかも明らかに怒っている。


 リオグランテが何をしでかしたのかは、フェイルには知る由もない。

 ただ、明らかに状況は切迫していた。


 人混みが出来ているのは酒場の前。

 どうもこの勇者一行は酒場と相性が悪いらしい。


 もし、この人混みがリオグランテを勇者だと認識した一般市民の好奇心によるものなら更に最悪だが――――幸いにも、野次馬の視線は街の名物隊長の方に向いていた。


 当然ながら会話は聞こえない。

 ただ、フェイルの右目には遠く離れた二人の横顔がはっきりと見えており、その口元に集中すれば何を言っているかもおおよそ察しが付く。

 この目を活かす技術として、読唇術も一通りは"学ばされて"いたからだ。


 早速、実践――――


『早くこのおばあちゃんに謝って下さい! あなたにはその義務がある筈です!』


『ケッ、そんなヨボヨボの足腰で街道を歩いている方が悪いんだよ』


 状況を丁寧に教えてくれているかのような会話だった。


 余りにも都合が良い――――のならまだ良い方。

 リオグランテが勇者の自分に酔って何度も同じ科白を吐いている可能性もある。

 いずれにせよ、勇者の資質の一つである正義感はしっかり持っているらしい。


 ただ、腕っ節では大人と幼児ほどの差がある。

 それを踏まえた上での反抗ならば、技術によほど自信があるか、何か策があるのか――――


『はぎゅっ!』


 ――――といった事をフェイルが考える前に、豪腕の繰り出す拳によって無抵抗で吹き飛ばされていた。

 そしてそのまま動かない。

 あの勇者は失神が得意技らしい。


 一瞬で決着がつき、興味を失った野次馬が四方八方に散ってそれぞれの日常へと戻って行く。

 幸いにも、この街には強者が弱者を舐る様を見たい歪んだ性格の人間は少ないらしい。

 フェイルは何となく安堵しつつ、仰向けで目を回しているリオグランテの元へゆっくりと近付いて行くバルムンクに視線を向けた。


 表情は――――依然として険しいまま。


 この距離では殺気の察知も困難だが、もしその表情の意味するものが怒りであるならば、リオグランテの命が危ない。

 有名ギルドの大隊長ともあろう男が、既に失神している明らかに年下の少年に更なる暴行を加えるのは考え難いが、仮にリオグランテが勇者候補である事を知っているならば、何らかの情報を期待して拷問を仕掛ける可能性は否定出来ないだろう。

 勇者ならではの予定調和の危機とは明らかに質が異なる。


「……仕方ないな」


 フェイルは溜息だけを声に出し、背中の弓を手に取った。


 本来、昼間に狙撃をする事はない。

 まして、傭兵ギルド【ラファイエット】の大隊長に弓を引くのは、この街で生きる人間として余りにリスクが大きい。


 レカルテ商店街を取り締まっている商人ギルド【ボナン】は、商人の護衛を度々【ラファイエット】に依頼しており、治安維持の為の上納金も収めている。

 その関係は従属に近い。


 もし【ラファイエット】に敵対したと見做されれば、フェイルはレカルテ商店街はおろか、エチェベリア国内で商売をする事が出来なくなるかもしれない。

 それは非常に由々しき事態だ。


 だが、それでも――――そして例え店を傾かせた主因の疫病神であったとしても、見捨てる訳には行かない。


 正義感や道徳心の問題とは違う。

 勇者を匿っていたと判明する可能性を考慮した保身でもない。


 フェイルは理由を自問した。

 満足する返答が得られないのはわかっていたが。


 結局のところ、多少は情が移っているというのが最も折り合いの付く回答だった。


「……」


 しかし、矢は放たれなかった。

 バルムンクの表情が険しかったのは、リオグランテに向けられた怒気の所為ではなかったと、矢を放す一歩手前で気付いたからだ。


 バルムンクの視線の先には、細身の剣を既に抜いた金髪の女性が立っている。

 勇者一行の一員、女性剣士フランベルジュ。

 フェイルは彼女の実力に関して、その一端を微かに見た程度の認識しかないが――――その好戦的な瞳に、思わぬ好奇心が疼いてきた事を自覚していた。


 そしてそれは、刹那の内に満たされる事になる。

 一呼吸と置かない間に、フランベルジュの細身の剣が閃いていた。

 会話が交わされた様子はなかったが、あの状況であれば有無を言わさず攻撃するのは仕方がない。


 剣の切っ先は、バルムンクの肌に触れる事は叶わず空を切る。

 しかし、その標的の顔色を変えるには十分な鋭さを有していた。


 ――――有してしまっていた。


 次の瞬間、そうフェイルは思わざるを得ない感覚に囚われる。

 それは――――殺気。


「なっ……」


 バルムンクが放った殺気は、殺気と呼ぶには余りに異質だった。


 殺気には個性がある。

 そして、その察知にもまた個性が存在する。

 色で表現する者もいれば、形で説明する者もいる。


 フェイルは物や現象で表現するタイプ。

 鋭さが際立っているなら剣、圧力を感じる場合は壁――――といった具合だ。


 バルムンクの殺気は、今まで感知した事のない形をしていた。

 例えるなら、街全体を蹂躙する規模の嵐。

 形そのものは見えず、ただとてつもない渦の中に自分がいると理解するのみ。


 今、フェイルはまさにその状態に陥っていた。


 既に半数以上が去っていたものの、まだ残っていた野次馬達もいる。

 その全員が、呆けていた。

 そして、その殺気を向けられたフランベルジュも。


 当初は、自分が後れを取るなど想定していなかったのだろう。

 フランベルジュの表情には、確かな自信に満ちていた。

 実際、先程の一撃や先日の大立ち回りの際の動きを見れば、それも頷ける。


 彼女は間違いなく実力者。

 街のゴロツキは勿論、並の傭兵ギルド員程度なら苦もなく退けるだろう。

 勇者一行の肩書きを背負う以上、それくらいの力は持っていて当然だ。


 しかし、その力が却って仇となり、過信がバルムンクに牙を剥かせた。

 そして生命を左右しかねない大きな失態を生んだ。


 フランベルジュは動けない。

 捕食者と対峙する被食者のように。


 遥か南方、そして高台にいるフェイルにまで届いたバルムンクの殺気を傍でまともに浴びたのだから、無理もない。


 フェイルの鷹の目には、怯えるフランベルジュの顔が映った。

 それは、今まで常に不遜な態度を崩さなかった女性が見せる、初めての弱さだった。


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