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第1章:梟と鷹(10)

「入院施設? なんで?」


「はい。結論を先に言えば、入院出来なくなった、若しくは入院を望んでいない患者の治療を行う為です」


 リオグランテとフランベルジュが同時に首を捻る中、ファルシオンは宙に文字を書くような仕草と共に説明を始めた。


「今は戦時中ではないので、入院患者が溢れる事はありません。でも長期的に高額の治療費を払えない人や、病院が嫌になった人は必ず出てきます。そういう方々の情報を病院から貰い、この薬草店で長期的な治療を行えば、客単価は跳ね上がります」


「……目の付け所、渋っ」


 仲間のフランベルジュが若干引くほど、ファルシオンの案は素人考えと思えない内容だった。

 そして、かなり考え抜いた上での立案である事が、フェイルにも伝わってきた。


 実際、終末期の患者に効果が非常に強い薬草を使うことで苦痛を和らげるという治療のスタイルは存在する。

 それを薬草店が担うケースは前例が殆どないが、実現出来れば安定した収入が得られるだろう。


 問題は、そのような強い苦痛を和らげる薬草をどうやって大量入手するかだ。

 合法で且つ幻覚作用がない物となると、該当する薬草は決して多くはないし、相応の金額が必要となる。


「妙に専門的な意見だけど……医学に精通してるの?」


「いえ。単に思いついただけです。失礼ですが、この規模のお店で短期に大きな収益を得る方法は限られるので」


「耳に痛い話だけど、その方向性は間違ってないし、凄いとも思うよ。でも無理だ」


 フェイルは本心からファルシオンの案に感心していたが、同時に不可能である事も察していた。


「まず単純に、病院と交渉する材料がウチにはない。このヴァレロンで病院と言えばヴァレロン・サントラル医院って事になるけど、あそこは規模が大き過ぎて相手にされないよ。それに元手もないから効果の強い薬草をまとめ買いするのも難しい」


「そう改めて言われると、非現実的な案のように思えてきました」


 納得したらしく、ファルシオンは無表情のまま項垂れていた。

 顔に出さないだけで感情はしっかりあるらしい。


「なら、私からも一つあるけど、いい?」


 その敵討ちと言わんばかりに、フランベルジュが締まった顔つきで挙手する。


「どうぞ」


「香水って作れない? 昨日チラッと見えたんだけど、香草も沢山あるんでしょう? だったら……」


「作れない事はないけど、もう街に【パルファン】て専門店があるんだ。評判良いし、付け焼き刃じゃ到底太刀打ち出来ないよ」


「……そう」


 女性らしい視点ではあったが、残念ながら現実的ではなかった。

 薬草や香草を使った加工品の制作と販売は、非常に時間がかかる。

 仮に香水店が近所になかったとしても、商品化する頃には一ヶ月などとっくに過ぎているだろう。

 

「なら、やっぱりお宝を見つけてくるしかないですね!」


 不意に――――勇者リオグランテが薬草店と全く関係ない事を言い出した。


「……貴方、何言ってるの?」


「だって、このお店を繁盛させるのは簡単じゃないでしょ? だったら街に眠ってるお宝を探してみる方がいいかなって」


 呆れ気味に肩を竦めるフランベルジュとは対照的に、フェイルは至って真面目な顔でリオグランテの横顔を眺めていた。


 今出た案の中では、彼の『宝探し』が最も理に適っている。

 目的はあくまで弁済なのだから、この薬草店【ノート】が繁盛しなくとも、まとまった金銭さえ払えれば良い。

 全く関係ない所から金銭を得ても問題はない。


 突拍子もないようで、実は誰より確信を突く。

 今まで幼児性しか感じなかったリオグランテに、フェイルは初めて勇者の資質を見た。


 尤も――――


「で、街に眠ってるお宝に心当たりはあるの?」


「ないです!」


 わかりやすく宝箱に入って街中に放置されている筈もなく、そもそも眠っている保証もないのだから、やはり現実的とは言えない案だった。


「っていうか……案を出してくれるのは嬉しいけど、勇者の名前を有効利用してる案が一つもないのはどうなの? それにここで働こうって気も全然感じないし」


「勇者の名前を使って客を呼び込むという安易な方法だけは避けたかったので」


 ファルシオンの本音は想定内だったものの、実際言葉にされると返答に困る内容だった。

 ヴァレロン新市街地の現状をそのまま言語化したようなものだ。


「やっぱり、ああいうのってどの街でもあるの?」


「はい。効果があるのかどうかはわかりかねますが」


「本当、行く先々よね。誰か私達の移動する方角を調べてるのかってくらい」


「それは――――」


 呆れ気味に呟くフランベルジュに、ファルシオンが何かを言おうとしたその時。

 

「フェイル!」


 突如乱雑に開かれた扉が妨害する。

 そして、風のような速さで進入して来たのは――――


「あ、アニス? 珍しいね、ここに来るなんて」


「そんな事はどうでも良いの! あなた、ノノちゃんを泣かしたって本当!?」


 フェイルにとって、幼馴染の女の子。

 そのアニスは凄まじい剣幕でフェイルの胸倉を掴み、顔を限界まで近付けて来た。


「私、言ったよね。ノノちゃんを泣かしたら絶対許さないって。私言ったよね」


「いや、そんな新婦の父親みたいな事言われても……あれは不可抗力だったんだ」


「いーえ問答無用。ここに直りなさい。わかるでしょう、悪い子にはお仕置きが必要なの。それじゃ罰として、この黒いのを食べて。さあ食べて!」


「明らかにノノの為じゃなくて自分の都合の為のダシにしてるよね……結局炭火で焼いちゃったし」


 実際にはそれ自体が炭と化していた。

 ただし尻尾の形状はほぼそのまま。

 害虫駆除の一環とはいえ、生命の無念が怨念のようにドス黒さを強調しているようフェイルには見えた。


「い・い・か・ら・食・べ・な・さ・い」


「い・や・だ」


 ピンセットで摘んだその炭を放ろうとするアニス。

 男性の腕力で抵抗を試みるフェイル。

 そんな拮抗する攻防を、勇者一行は沈黙の中で見つめていた。


「ネズミのコゲコゲ焼きを食べた人は胃が丈夫になって素敵なお嫁さんが貰えるっておまじないがあるでしょ? だから観念して!」


「聞いた事ない! 抵抗力上がるより先に死ぬから!」


「むううううーっ……ところでこの人達、誰? お客さん?」


 鼻息と嘆息が混じった攻防が一段落したところで、アニスはようやくフェイル以外の人間が店内にいると気が付き、怪訝な表情を覗かせた。

 まるで『この店に三人も客がいるなんて天変地異の前触れ?』と言いたげに。


「お客様じゃないよ。彼らは……」


「私達は旅人です」


 真っ先に答えたのはファルシオン。

 彼女があらゆる対人接触の窓口になっているようだ。


「旅人さんかー。わたしはアニス=シュロスベリーです。はじめまして」


 黒コゲネズミを持ったまま、深々と一礼。

 著名な学者の娘とあって初対面の相手への礼儀はわきまえている。常識は兎も角。


「ファルシオンと言います。隣がフランベルジュ、その隣がリオグランテです。隣国への旅の途中に路銀が尽きてしまって、暫くここで働かせて貰う事になりました」


 勇者候補とその仲間達である事は伏せつつ、自己紹介も兼ねた事情説明。

 それを聞いたアニスは、まるで雷にでも打たれたかのように一瞬身震いをして、両手で頬を覆った。


「う、嘘でしょ!? あなた達騙されてる! だってこのお店にそんな余裕ある訳……」


「人聞きの悪い……なんで被害者なのにそこまで言われてるの僕」


 フェイルはアニスと炭と化したネズミと世界に半眼を向けた。


「まあ、その話は良いとして……協力して欲しい事があるの」


「え? あんな嫌がらせを用意しておいて頼み事しに来たの? そんな精神構造ある?」


「あれは話すきっかけ……じゃなくて、反省を促そうって思って……ノノちゃんに関する話だから」


 奇妙な動機付けではあったが、悪気があった訳ではないらしい。

 お嬢様にはよくある常識との齟齬だと判明したところで、フェイルは話を聞く事にした。


「あの子の飼い猫……名前は確かクルルだったっけ。いなくなったんだって」


「クルルが?」


「そ。あなたが何かしたんじゃない?」


 顔面蒼白――――フェイルの顔から冷や汗が次々と吹き出してくる。

 完全に身に覚えのある案件だった。


「僕が先日ここに置いてた食虫植物を怖がってた……それが原因でこの街に嫌気が差したのかも」


「ホラやっぱりそうじゃない! わたしの判断は正しかったのよ! これ食べて懺悔なさい!」


「あの!」


 アニスが再び黒コゲネズミを突き出そうとしたその時、勇者の声が店内に響き渡った。

 少年らしく高い声。

 それでいて芯の通った、魂の存在を感じさせる声だった。


「今の話、僕達に任せて貰う訳にはいかないでしょうか!」


「え? ノノちゃんと知り合いなんですか?」


「全然知りませんけど、僕達はそういうの得意なんです! 任せて下さい!」


 一切理由も根拠を示さず、しかし真っ直ぐに自己主張。

 彼らが勇者候補であると知らないアニスには、それが不気味に映ったらしく、フェイルに『この人たちヤバい宗教団体?』的な不安げな目を向けていた。


「……補足しますと、旅の途中に誰かを探したり何か貴重品を見つけたりする機会が多かったので、慣れているという意味です」


「それと、困ってる人を見過ごせないその子の性格ね。ま、この店に従業員が四人も要るとは思えないし、人員を割く分には問題ないんじゃない?」


 ファルシオンとフランベルジュのフォローは実に慣れたもので、言葉に澱みがない。

 それがこの三人の旅路を容易に想像させる。


「そう……なんですか。それなら是非お願いします。フェイル、良いよね?」


「うん。一応この人達は信用して良いと思う。僕も一緒に探すよ。店を開けるのは午後からで良いし」


「そっか。お願いねフェイル。勿論わたしも手伝う」


 アニスにとって、ノノは可愛がっている近所の妹分。

 その関係性を知っているフェイルは、最初から『信頼回復』という打算抜きで引き受けるつもりだった。


「でもリオがこういう小さい事件に首突っこむと、大抵大きな事件に巻き込まれるのよね。ファル、覚悟だけはしておきましょう」


「そうですね、経験則は無視出来ません。一応魔具のお手入れはしておきます」


「……一般人を勇者のお約束に巻き込むのは止めてね?」


 その張本人に向けてフェイルは強く願い出たが、リオグランテは意味を理解していないのか、キョトンとした顔で首を傾げていた。 


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