第4章:間引き(7)
武闘大会は古今東西を問わず、世界各国で頻繁に行われている。
武の祭典としての需要は非常に高く、それは参加者と観客の双方に存在している。
世の中から戦争がなくなって久しい現代、働き場所が極端に減った傭兵や騎士崩れの面々にとって、戦う場はそれだけでご褒美。
まして賞金が出るのなら、当然参加意欲は湧く。
また、鍛えに鍛えた自分自身の強さを知りたい、どれほどの技術を身に付けたのか試したい――――そんな人間も多い。
特に普段あまり稽古場や修練場に縁のない冒険者や臨戦魔術士以外の魔術士は、己を知る絶好の場として参加を希望している。
観戦客の需要はもっとわかりやすい。
普段は娯楽と縁のない生活を営む刺激に飢えた一般庶民や、将来騎士になりたい、ギルドを治めたいと野心を抱く子供達など、他者同士の闘いを観戦したいと願う者は多い。
彼等にとっては娯楽であり、学びの場でもある。
興行としての需要も無視出来ない。
代替イベントがある部類の催事ではない為、ある程度までなら高額な金銭を支払ってでも最高の席で観戦したいと願う者は少なくない。
最前席や特別待遇席に相当な値段を付けても、確実にその席は埋まる。
そして、事業としての需要は更に大きい。
大会を開いて大きな利益を生むには、多くの観客を動員できる巨大な闘技場が必要となる。
それを建設するのは、その街に住む職人達だ。
彼等に仕事を提供する事で経済が回り、街の活性化や発展にも繋がる。
また、町興しとしても有効利用が可能。
武闘大会の規模が大きくなればなるほど、参加者や観戦客が他の地域からも多数訪れ、観光客の増加にも繋がる。
武器や防具が普段より売れる事も確実で、宿も客で埋まる。
大会期間には露店も多く出され、一種のお祭り状態になる為、参加者だけでなく地元の人間さえも開放感から、消費を増やす傾向が強まる。
加えて、国力向上の手段にもなり得る。
武闘大会がモチベーションとなって、多くの猛者がそれぞれの理由を胸に修行に明け暮れれば、国全体の武力の底上げに繋がるだろう。
大規模な催事の為、誘致も含めた準備の為にかなりの出費が伴うが、それだけの価値は十二分にある。
武闘大会は多くの人間にとって、歓迎すべきイベントだ。
ただし、必ずしも全ての大会が成功を収めるとは限らない。
幾ら闘技場が立派でも、無名の参加者ばかりでは客は集まらないし、どれだけ豪華な参加者が揃っても観客席が少なければ大きな利益は生み出せない。
十分な席を確保出来たとしても、立地が悪く交通の便が悪ければ人は集まらない。
集客がままならなければ、大会の規模は小さいまま。
そうなれば著名な戦士は出場する意味を見出せないし、出資者の数も限られてくる。
重要なのは需要と供給の均衡、そして――――宣伝。
どんなに優れた大会でも、知らなければ足の運びようがない。
ただ、知名度が一定の基準を超えれば、後は勝手に広まってくれる。
少しずつでも着実に観戦客を増やし、興行規模を大きくして大会の格を上げていけば、参加者や支援者の数が増えて行き、黒字を出せる。
そして観客席を大幅に増やす為に闘技場を建て直す――――そこまで来れば、最早それはただの興行や事業ではなく、各地域における文化となる。
その意味で、エル・バタラは既にエチェベリアの文化の一部となっていた。
「前回大会が開催された四年前には、このレカルテ商店街に訪れた観光客の数が普段のおよそ十倍に膨れ上がったそうです」
薬草店【ノート】は、本日臨時休業。
フェイルとファルシオンは現在、レカルテ商店街を離れ、アロンソ通りを二人並んで歩いている。
ちなみに、以前二人がメトロ・ノームで対峙したあのアロンソという人物とは特に関連性はないらしい。
この大通りはヴァレロン新市街地の中心的な道路で、普段から景観を考慮し綺麗に整備されているが、エル・バタラ開催が間近に迫る現在はより多くの職人が念入りに確認を行っている。
そんな様子を眺めつつ、フェイルは小さい溜息を漏らした。
「その四年前には、僕はまだここにいなかったからな……十倍ってちょっと尋常じゃないよね」
朝一で訪問した商人ギルド【ボナン】で書き写してきた資料を眺め、あらためてその大会がもたらす経済効果に瞠目する。
「今回は、その前回大会以上の観光客数が期待出来ると言われているみたいです。ただ、薬草店が観光客向けとは到底思えません。私達が目を向けるべきは、あくまでも大会参加者。彼らにまとめ買いをして貰うのが第一の目標です」
「出来るだけ強い人に買って貰うのが、第二目標だね」
「はい。そして、フランやリオの負担を出来る限り軽くしてあげられれば、私達勇者一行にとっても大きなメリットになります」
エル・バタラの日程は、他の大会と比較して明らかに過密だと言われている。
参加者の人数である程度調整されるので、現時点ではまだ日程の詳細こそ決まっていないが、前回大会の際には総勢二二六名の参加者の中から僅か九日の間で優勝者を決定した。
予選から決勝までは全て中一日で行われており、もし少しでも深手の傷を負ったり病気で体調を崩したりすれば、それが致命打となる。
ただし、大会期間は長い方が地域の利益にとっても運営側にとっても良いの意見も出ており、この日程は見直しされる可能性があるらしい。
尤も、試合日程が中一日だろうと中二日だろうと、或いはそれ以上になっても、薬の即効性が重要視されるのは同じ。
仮にフランベルジュとリオグランテが予選を通過し勝ち進んで行くならば、怪我の治療や疲労回復を早期に行える薬草は大いに役立つだろう。
ただし、その利点はお金さえ払えば対戦者にも与えられる。
二人だけの利点にしてあげられないのが、店を構える者の宿命だ。
「でも、そう簡単に即効性の高い薬草なんて手に入らないんだよね。大体は大手が独占的に仕入れていくから」
「それは仕方ありません。隙間産業らしく、その大手が置いていない薬草に焦点を絞りましょう」
「敵情視察だね」
――――そのように意見が纏まったところで二人が向かったのは、大手薬草店の一つ【スルハナ】。
女性ばかりが働くこの店はつい先日、香水店【パルファン】との提携を果たし、早々に合同開発した香水【天使の吐息】が売りに出され、既に品切れ状態になっている。
薬草店【ノート】の全陳列棚の面積と然程変わらない特設コーナーが全て空白となっている様は、まさに壮観の一言。
これが大手。
貧弱な店とはまるで違う。
圧倒的戦力差の前に、フェイルは思わず床に突っ伏しそうになった。
「ここで挫けていては先がもちませんよ」
「そうだよね……わかってる。わかってるよ」
更にその後、フェイルは何度も心を削られながら丸一日を消費し、幾つかの大手薬草店を回った結果――――取り敢えず収穫はあった。
エル・バタラを控え、各店が特別な品揃えをしているのは間違いない。
中には露骨にエル・バタラの参加者を狙い撃ちするかのようなレイアウトに変えている店もあった。
一方で、露骨に偏った品揃えにしている店はなく、普段から店で出している薬草を多大に宣伝しているだけの所が殆ど。
大手ならではの余裕が窺えるが、付け入る隙は見えた。
「揃えておくべき商品は纏まりましたか?」
夕日が漂う中、緩やかな歩調で隣を進むファルシオンに、フェイルは四割程度の自信を掲げ首肯してみせる。
「一応ね。競合店……と言うには烏滸がましいけど、今日視察した店に並んでなかった薬草に幾つか心当たりがある。痛み止め効果、疲労回復……あと止血効果が高いのも」
「どの程度の時間で効果が出ます?」
「薬草の種類と処方で大分違ってくるね。一番効果が出易いのは、直接患部に摩り込む痛み止め。軟膏状にした物なら数時間で効果が出る。でも、煎じて飲む疲労回復系の物は丸一日くらいかかるかもしれない」
「一日では厳しいです。半日に縮められませんか?」
「……やってみるよ」
歩きながらの本格的な打ち合わせが佳境を迎えたその時――――二人は思わず立ち止まった。
そこは、アロンソ通りから少し東の位置にある傭兵ギルド【ウォレス】の傍。
フランベルジュが訓練の為に通っているギルドだ。
そこに彼女の姿があった訳ではない。
数人のギルド員が建物の前で雑談を交わすという、良くある光景。
ただ、漏れ聞えるその言葉の中に『あの金髪女』とのフレーズが含まれていた事が、足を止める原因となった。




