第92話 いつかの、物語へ
それから村の守りをアカデミーに引き渡した翌日、次の旅へとあたし達は歩みを進める。
マキュリの愛馬、エートースは、ツンデレもいい所で、機嫌が悪いと何度も落馬させられそうになったけど、いつしかあたしの最高の相棒の一人となって魔王軍の狭間を駆け抜けてくれた。
残念ながら魔王の城への入り口となった風穴は、馬では入れなかったため、ふもとの町に預ける事となってしまったけれど、あたしの旅になくてはならない存在だったことは間違いなかった。
あの日からしばらくは、物に触れることに凄く神経を使った。
また取り返しのつかない事をしでかすんじゃないかって臆病になって、逆に失敗したりもしたけど、みんなの諭しやお叱りを経て、最終的にあたしはある程度『気にしない事』を心に宿す。
――みんなの信頼を、糧にして。
もちろんそれでも引き摺る時は引き摺った。俯く時は深く俯いた。
だけど、みんなの信頼と言う物はそれも織り込み済みで、あたしにしか分からない『究極不器用』と言う物で物を壊した時の心を、みんなが否定することはなかった。
あたしは本当に仲間に恵まれたと思う。
そして。
あの出発前夜を皮切りに、旅の途中で幾度も悲しみに捕われる事になったけど、泣いたのはあたしだけじゃない。
エルフの里で、300歳以上の古参のエルフたちが、全て死したその理由を明らかにされた時、ランは涙で哀悼の意をささげる。
「お父さん、お母さん……あなたたちの遺志がファーレンガルドの未来を救うと約束します……!」
ハーフユニコーンとして幻獣と人間の橋渡しをしたリロは、『お友達』の最期の願いのままに、笑いながら涙した。
「笑うね……ボクはきっと……ずっと、笑顔でいるから……! イツカ、ボクは……笑えてるかなぁ……?」
旧友との再会で、最後にはその旧友を撃たなければならなくなった、お互いの変わり過ぎた立場に、ギルヴスは帽子を目深にかぶった。
「俺たちは……メシを食えなかった時の方が、幸せだったのかもしれねぇな……」
プルパの元の体の家族が、如何にその元の体となった少女を愛していたかを知っていた時に、プルパが涙したのは、元の体の子じゃなく、彼女の感情がさせた事だとあたしは信じて疑わない。
「これはプルパじゃないんだし……でも、プルパがこの気持ちを受け入れたいと思うのは……悪い事なんかじゃないんだし……!」
仕事を捨てた鎧鍛冶の老人とジルバの偏屈な友情の先で、永遠に失われた魂に、ジルバは泣いた。
「あなたの仕事が、世界を救った……。それを俺が……必ず証明してみせるっ……!」
それらは全て、あたし達を強くした。
7か月と言う短くも、長い旅の先で、あたし達は6つの第参英霊級スキルの威啓律因子を手にし、並ぶもののない存在となって、魔王の城へと向かう。
その力がチートだとか、そうじゃないとか、そんなのはどうでもいい。
ただ、たくさんの人たちのファーレンガルドの平和への願いを背負い、負けられないという意思を強く、固くする事こそが、あたしの本当の力だって今は思える。
あたしの心は、そこまで来ていた。
あのいい加減な神様の思惑通りって言うのはちょっとイラっとするところはあるけど、戦う意味とその目的が等しく結びつき、それが達されるのは、決して悪い事でも不快でもない。
そして物語は。
いよいよ、魔王の城へと戻る――!
◆
『ようこそ、異世界の勇者よ……我は汝を待ち焦がれていたぞ……』
ああ、あたしも。
「……イツカ、ご指名らしいぜ?」
「700年も待ってるなんて、気が長くていらっしゃる事ね」
「……やっと……ここまで来たんだし……!」
あなたにこの思いを振り下ろすことを、待ち焦がれてるみたい……!
「あんたが……『魔王』か……!!」
桜の焔を象った愛刀を、あたしは強く、握りしめた。