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第89話 「腹が減ってると頭の考えも煮詰まらねぇぞ」

 オビアス村からほど近い、小高い丘の一角で、あたし達は野営を張る事になった。


 魔王軍を殲滅した今、即座に眞性異形ゼノグロシアがオビアス村を再襲撃する可能性は低い。でもオビアス村に、村を守るべき防御魔法が効いていない以上、そのまま放置することもできない。

 明日到着するという魔道アカデミーの術師さんを待って、出発する運びだ。



 そんな中、あたしは。



「……」


 揺れるキャンプの火から離れるように、体育座りで、顔を伏せてじっとしていた。



『あなたが、最初に孫から正しく威啓律ヴァーチュー・因子アーカイブスをお受け取り下されば、このような事にはならなかった』



 ……ネイプさんから言い放たれたその一言が、心に絡みついて離れない。

 『究極フェアリーズ不器用・ディフェクション』で人を悲しませることはあっても――もちろん、それすらも許される事だと思った事はないけど――取り返しのつかない事に陥った事はこれまで一度もなかった。


 でも、一つの失敗が、あたしの世界なんかより遥かに『死』と言うものと隣り合わせとなる可能性の高いこのファーレンガルドでは、壊れたものを二度と元に戻せない事だってあり得るんだと、ただただ痛感するしかない。




『はっ、はい! マキュリと申します! マキュリ・ソーリアです!』



『ずっと、ずっとお待ちしておりました……! このマキュリ……勇者様のご来訪を、心から……!』



『私はずっと、何があっても、勇者様を『応援』し続けてますって……!』



『私はイツカを友達だと思ってたんですが、それはやっぱり、おこがましい事だったんでしょうか……』



『……イツカ……ご武運を』




「……マキュ……リ……」


 もう、元に戻せないもの。

 ネイプさんの言葉と一緒に、頭の中を巡る彼女の姿が、あたしの心を締め付け続けている。


 あたしのこの手が、結果的にマキュリを死なせたのだとすれば、何をすればこの心は許されるのか?


 それはきっと、マキュリの願いをかなえる事。

 勇者として、ファーレンガルドを救う事――それは言葉では理解してる。


 でも、その具体的な形が全く見えないし、そもそも一人の女の子としてやりたかったことがいっぱいあっただろう――お母さんになりたかったマキュリをあんな事にして、未来を奪った事は、それとは別の話なんじゃ――とか考え始めると、どんどんドツボにハマっていって……。



「……」



 そうして、出口のない心の迷路を迷い迷って、歩き回った先に。



「……んっ……」


 鼻に、ふっと香る匂いに気付いて、あたしは少しだけ顔を上げた。……天井の空いた複雑な迷路の上から、誰かに摘まみ上げ出された気分。


 けど、あたしの良く知った、香辛料を調合したその匂いは――


「わーいっ! カレー、ボク大好き!」


「ううむ! キャンプの定番であるな、炊き出しでも大変に喜ばれる!」


(……異世界でもですかーっ!?)


 完璧に異世界に来たことを一瞬忘れる。

 その匂いはもう、間違いようのないものだが、異世界で用意されるとは思ってもみなくて、あたしはただ困惑する。


 しかし、そんなあたしの困惑とは関係なく、くぅぅっ……とお腹が鳴った。


 その音が意外に大きくて、みんながあたしへと振り返る。


「ぅゆ……イツカ……大丈夫なんだし……?」


「あらあら、ご飯食べられるかしら?」


「ぁ……ぅ……」


 そんなかけられる声に、あたしは恥ずかしくなってそっぽを向いてしまう。




 村から出て、みんな――特にランはあたしの事を気にかけて言ってくれた。


『あなたのせいだけじゃない。みんなの気持ちがちぐはぐで、うまく噛み合わなかったからこうなっただけよ。あなたが自分の葛藤を抱えながらもちゃんと頑張っていた事は、私たちが知っているわ』


 ……実際、『あなたのせいじゃない』と言われなかったのは、逆に救われた。

 あたしにも責任があって、同じ責任をみんなが背負ってる――ランはそう言ったんだ。それがどれだけ心を軽くしてくれたことだろう。


 だけどあたしは自分の気持ちに整理を付けることが出来なかった。

 だからあたしは、暗い表情のまま一人で塞ぎ込む。みんなもそれを咎めたりはしなかった。




 で、今の今までそんな風だったのに、ご飯でそれを忘れるなんて……自分の体の正直さ加減に苛立つしかないんだけど。


「カレーなんぞは、ガキが一番喜ぶ食いもんだからな」


「ぅ……」


 火にかけた鍋をお玉でぐるぐるかき混ぜながら言うギルヴスさんの一言が、あたしにざっくり突き刺さる。

 えーえー、そうですね。

 ガキであるあたしに合わせて作れば食べてるだろうとか、ホント子ども扱いされ――


「だから、旨い」


「……え」


「俺は大好きだ。ガキの好きな食いもんは、困ったことによ、いくつになってもうめェんだ」


「……ぁ……」


 そ、それはすっごく分かるんですが……。


「なんだ? 俺が自分の食いたいもん作るのに文句があるか? お前はたまにいるカレー嫌いの子供か?」


「……いっ、いえっ! 鉄板です! 大好物です!」


 慌てて拒否るあたし。

 カレーは絶対、食べる人を裏切らないと思ってる!


「腹が減ってると頭の考えも煮詰まらねぇぞ。飯がちゃんと食える時は、食欲に素直に従え」


「あ……はい」


「ギルヴスー! ご飯炊けたー!」


「おう。皿によそえ」


「おかわりはあるのでありましょうな?」


「あなただけ半分に盛ってあげるから、2回食べなさいね」


「それは意味がなさすぎてっ!!」


「あんまり食べないプルパのをくれてやるんだし……」


「ありがたく下賜仕る!!」


「切り替えが早いわね……」


「……ふふっ……」


 あたしは思わず吹き出してしまう。


 塞ぎ込んで、迷路に嵌まり込んでいた心は、この瞬間だけでも忘れられた。

 それがきっと、仲間と食事をするという事なんだと、あたしはこの時十分すぎるほど気付くことが出来た。


「イツカ」


「は、はい!」


 ギルヴスさんがご飯を盛られたお皿にカレーを注ぎながら、一度あたしをギロリと見るので思わず緊張。


「まずその他人行儀な言葉の使い方をやめろ」


「え、た、他人行儀、ですか?」


「信頼関係は魚の解凍とはワケが違う。『いずれ』、なんて時間に身を任せるのはそれこそ時間の無駄だ。言葉で壁作ってたって進みゃしねぇ。……俺の名前は?」


「え、えと、ギルヴスさ……」


「……」


 う……再び鋭い視線。


 ……違うよね。こういう事、だよね。


「こほん。……ギルヴス、でいいんですか?」


「あ?」


「ぁわっ、えっと! ……ギルヴス、で『いいの』!?」


「それでいい」


 そう言って差し出されるカレーのお皿。


「うー……ちょっと慣れるまでに時間がかかるかも……」


 受け取りながら、苦々しい表情を浮かべるあたし。

 粒の立ったホカホカの炊き立てご飯に、トロリとした具だくさんのカレーが、空腹をちくちくと刺激する。


「ソレに時間がかかるのは気にする必要はねぇ。……他の連中相手もそうだ。ランたちは大丈夫そうだがな。……そっちのカタブツの名前は?」


「え? カタブツ……?」


「む?」


 自分のカレーを持って、こっちを振り返る大柄なその人。絵面が凄いが。


「ヴァイス副団長? ……いやっ! えっと、ジルバ……」


「ぐぅおっ!?」


「な、何っ!?」


 突然身を捩るヴァイ……いや、ジルバ。


「よ、よもや、ゆ、勇者様に、我が名で呼ばれる日が来ようとは……っ!!」


「感動してんじゃねぇ、テメェもだ、カタブツ」


「うぐっ……い、イツカ、どの……」


 ……これは大変そうだね。あたしから、頑張るか。


「ジルバ。『殿』って付いてるよ」


「うぅぐっ!? ……イツ、カ……」


「うん!」


「くぁはっ!?」


「慣れろよ、カタブツ? あとグニャグニャ捻じ曲がってカレー零すんじゃねぇぞ」


「あぁ……このような至福……あっても良いのだろうか……伝説の勇者殿と、同じ目線で語るなど……!」


「違和感ならいつでもパーティやめていいわよ」


「それは御免被るっ!!」


 ギルヴスのカレーは、本当においしかった。

 さすがは王国のキッチンを任されるほどの料理人だけあって、研鑽に研鑽を重ねたそうだが、結局シンプルなものが一番うまいという事に二、三周回って結論付けたってハナシ。

 具はキノコ、人参、お芋、タマネギ、ジビエのお肉。本当にシンプルだけど、噛めばどれもカレーに負けない甘みや旨味の出る食材ばかりだった。


「あははははっ、おーいしーっ!!」


「プルパも……味は分かるんだし……おいしいし……」


「ね。……この人参はどこの?」


「サビアに直接買いに行った。農家直々の目利き品だぜ」


「ふふ、通りで。あそこはどんなに魔王軍に攻められても、農業にだけは絶対手を抜かないわね」


「みんな! 食後にはみかんがあるぞ!」


「ジルバ、もう食べたのっ!?」


「いや、これからおかわりだ!」


「十分早いよっ! 飲み物かっ!」


 同じものを、同じ目線で語り合える食事の場。

 話題も料理について話すだけで、そこからどんどん広がっていく。


 それはとても賑やかで、優しい時だって言うのを理解して。

 そして目的を同じくする仲間たちの心根を、改めて受け止めるのに十分な時間だった事だろうと思う。




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