第7話 「ふふーん、今度はボクの番だよっ!」
「……くっ……!」
あたしは腰のベルトに下げたポーチ――いや、淡い紫と若草色の組み合わさる雅な文様の入った、この世界にはおよそ相応しくない『巾着』を握りしめる。
それはこの場において、あたしがただ一つ持ってきていた、元の世界から持ち込んだ大切な、大切な『お守り』だ。
こうやってそれを握りしめるだけで、あたしの不安は和らいでくれる。
そしてみんなの信頼の言葉があれば、それ以上何も怖がる事なんてない……!
もう一度、今あたしがやるべき事を考える。
ふと目の前の竜種眞性異形の頭部の鉱石を見つめる。
あの鉱石を破壊することができれば、かなりの量のゼノグリッターを取得できる。
そうすれば、あたしが……!
「すっごーい! ぐらぐら揺れたねーっ! あははははっ」
「……え」
と朗らかな声と共に、後ろからあたしの傍らに現れたのは。
「……リロっ!? え……ちょ……後ろから……!?」
「ほえ? ……うん、あそこから出てきたんだよねー」
あたしの後方を指さす。
見れば、なんかいくつも入口と思しき物が城壁に並んでいた。
「あっちにもこっちにも繋がってるよ」
「よ……良かったぁ……リロ……。出てこれなくなっちゃったかと思った」
「あはは、だーいじょぶだいじょぶー♪」
そう言いながらくるくる回るいつもの姿に、あたしは胸を撫で下ろすしかない。
と、不意にリロはその小さな体で、あたしの腰の辺りをきゅーっと抱きしめる。
「……リロ?」
「ごめんねー、イツカー。レバー、ボクがやるはずだったのに任せちゃった」
「ぁ……」
「……でも、だいじょーぶ、だいじょーぶだから!」
「……リロ……」
リロの励まし。
それにも、あたしは何度となく助けられてきた。
と、リロはゆっくりとあたしから体を離し、ばっと手を掲げる。
「イツカ! ボクが来たからには、今度は任せてよね!」
愛嬌はそのままに、不敵な笑顔を浮かべてみせた。
……ふと周囲を見れば、地面には少量ながらきらきらと散らばるゼノグリッター。
さっきのランたちによって倒された、子鬼種たちのものと思われた。
「ふふーん、今度はボクの番だよっ! ……『ウェルメイドワークス』っ!」
そのゼノグリッターがリロの呼びかけによって集まってくる。
そしてその挙げた手に収まるようにして一本の――歪ではあるが、捻じれて樹木が絡まったような形状の、その一本だけで大自然を思わせる――そんな杖が現れた。
そしてリロは、その杖を地面に突き立てる……!
「来ちゃってっ! 『喧神殿行進曲』っ!!」
杖を中心に、あたしのいる場所まで含めて、地面に大きな魔方陣が描かれる。
そしてその魔方陣が光を放ち、陣が、己の意味する力を解き放つと……!
「……っ!」
……。
…………。
『……ぶひ』
「……え?」
あたしの足元で鼻を鳴らしたのは、あたしの脛の真ん中ぐらいの高さの、小さな……一言で言えば、うり坊そのものの四つ足の獣だ。
これがリロの召喚術によって呼び出された召喚獣である。
なんというか……もう、いつも通りの事なのだか……一言で言えば『めっちゃ可愛い』。
しかし……確かにかわいいのだが……!
「いくよっ、ヒーちゃんっ!!」
『……ぶぃぶぃ』
鼻を鳴らしてリロに応えるうり坊、もとい、ヒーちゃん。
『GooooooooooooAaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!』
あたし達の前方の竜種眞性異形は、勝利の雄たけびを上げるかのように、高らかに咆哮する。
そして……あたし達を標的と定めたか、再びあたしに突進をかけてきた……!
でも、それに合わせて……!
『……ぶぃぃぃぃっ!!』
ヒーちゃんがフツーの人から見れば、一体何事かと思うような声を上げて走り出す。
――竜種眞性異形に向かって!
体格差、優に百倍以上。
誰の目に見ても、この後起こる事はヒーちゃんが弾き飛ばされるか、踏みつぶされるかして終わりだろう。
でも、あたしは知っている。
「ヒーちゃん必殺……!」
アレは実は……!
……神に作られたという『完璧なる獣』……ベヒーモス!!
「『すんごいぶちかまし』ぃぃっっ!!」
『ぶぎぃぃぃっ!!』
……どかーんっ!!
『GuuuuuuuuuuRaaaAaaaaaaaaaaaaaaa!!!?』
頭部を弾き飛ばされた竜種眞性異形。
正直何が起きたのか、当の本人(?)は分かっていない事だろう。
歯牙にもかけないような小さな小さな存在を弾き飛ばそうとして、逆に自分が弾き飛ばされるなんて理不尽にもほどがある。絵面的には冗談にしか見えない。
しかし、リロの召喚獣――リロいわく『お友達』――は、どの子もその小さな体に、神獣レベルの力を秘めているという。
ヒーちゃんは実質、ベヒーモスという神獣が本来持っている超巨体の質量を、眞性異形の真正面からぶつけたにも等しい。
問題はその消費魔力のために、召喚術を発動させるためには非常に時間がかかるという事だが、それを生成した杖で補うのがリロのウェルメイドワークスの特徴だ。
「さっすが、ヒーちゃん! お見事ー!」
『ぶぃぃ』
「あはは、くすぐったいよぅ! ありがとーっ!!」
駆け戻ってきたヒーちゃんと戯れるリロ。
……ここだけ切り取ると、もうただの小動物のふれあいコーナーにしか見えないんだけど。
「あ……ゼノグリッター!!」
振り返れば、ヒーちゃんの一撃で弾き飛ばされた竜種眞性異形の頭部を覆っていた鉱石――ゼノグリッターが、粉々になって周囲に舞い散っていた。