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第86話 村を、そして君を守るために



◆◆◆視点変更 『オビアス村村民 サット』◆◆◆



 8か月前のある日のこと。


 村の前で倒れていたある男を、この村は救った。

 何の疑いもなくその男を受け入れ、そして数日の内に彼が起き上がり、その命が助かったことをみんなが喜んだ。


 僕もその一部始終を見て、共に喜んでいた。


 しかし、それは大きな誤りで、僕の分岐路はここにあったと言っても過言じゃなかったと思う。


 結論から言おう。

 男は村の防御壁に施された法印を破るために、村に忍び込んだ斥候で、とある盗賊の一味だったんだ。


 僕はそれに、たまたま気付くことが出来た。


 ある夜に、法印を刻んだ壁の小屋から出ていく男の姿を見かけて、不審に思った僕が小屋の中をのぞくと、法印は無残にも切り刻まれて、その効果は失われていた。


 多分、この時。

 僕は村の人たちにそれを伝えるべきだったのかもしれない。

 でも、それをして、この村が守り切れたのかは、この後の事を考えると疑問だったと言わざるを得ない。

 だから僕はそれを理由に、今でもこの事を正当化している。


 何も知らなかった僕は、村の外へ出た男をたった一人で、急いで追った。

 一体何が目的なのかを知るために、そしてその男を逃がさないようにと言うカッコつけたい気持ちもあったかも知れない。


 でも、そこで僕は出会ってしまった。


 その男が属する、盗賊団に。


 盗賊団は20人余りで構成されていた。

 飢えた徒党と言ったところで、威啓律ヴァーチュー・因子アーカイブスに興味があったわけではなく、ただ村の食料を狙っての事だったらしい。


 僕は奴らに見つかり、そして危うく殺されかけた。


 しかし、それは実は大した問題じゃかなったんだ。


 そこに、これから村を襲おうという眞性異形ゼノグロシアの一群が現れた。

 数にして50体ぐらいだったと思う。


 眞性異形ゼノグロシアは無慈悲だ。

 出会ってしまった人間に、容赦なく襲い掛かる。


 この眞性異形ゼノグロシアたちも例外ではなく、一気に盗賊たちに襲いかかった。


 盗賊と言っても、数に頼るしかない、ただの寄せ集めの人間たち。

 何ができる訳でもなく、頼っていた数も、力も自分たちより勝る眞性異形ゼノグロシアに、無残にも次々と殺されていく。


 僕はこの時、選択を迫られた。


 このまま放置すれば、盗賊は全員殺されて、今行われようとしていた危機からは村は守られるだろう。

 もちろん僕も殺された上で、だ。


 しかし、眞性異形ゼノグロシアはこのまま村を襲う。

 今、村には眞性異形ゼノグロシアから守る法印がない。


 間違いなく、みんな死ぬ。


 盗賊相手なら慈悲を乞えば、奴らは人として、恐らくある程度は見逃してくれるだろう。


 だが眞性異形ゼノグロシアは決してそんな物を持ち合わせることなく、村を蹂躙する。


 また一人、二人と倒れていく盗賊たちを見て、僕に迷っている暇はなかった。美談にするつもりはなかったからちゃんと言うけど、僕だって死にたくなかったから。


 僕はずっと村に隠していた、眞性異形ゼノグロシア化の術を開放する……!


   ◆


 僕はオビアスから遠く離れた町で、生まれ育った。

 7歳の時に、眞性異形ゼノグロシアによって親を殺され、そして眞性異形ゼノグロシアを憎んで生きていた。


 しかし、僕を引き取ってくれた僕の親戚の魔道研究者である師匠は、ユスティツア教団の遺志を継ぐ人間だった。

 眞性異形ゼノグロシアよりも勇者を憎むことは、ユスティツア教団の教義として、彼に植え付けられた思想だった。


 それを皮切りに、教団の秘術や魔術を学び、僕自身も眞性異形ゼノグロシア化の術と言う物を身に着けるに至った。


 この時、僕はそれを人に向けようとは露ほども思ってはないかった。

 けど、この世界では力がいる。自分に危機が訪れた時に身を守る手段として、僕はそれを身に着けたつもりだった。


 ところが、師匠が実際に生きている人を拉致し、眞化人シンカビトを作ってしまった事で、僕らは王国から目を付けられてしまう。最後には王国の魔道アカデミーの作戦実行部隊の手にかかって、師匠は殺されてしまった。


 残された僕にも追手がかかったけど、僕はそれをかいくぐり、負傷しながらも長い旅の末にオビアスへと流れついたんだった。



  ◆



 それが14歳の時。今から8年前の事。

 オビアス村の前で倒れてしまった僕は、何も知らない村人たちに救われた。


 ――それを考えれば、あの盗賊の男を疑いなく助けてしまうという村の性分は理解できると言う物。

 ネイプばーちゃんは、気難しい人に見えるけど、ちゃんと礼を尽くせば物わかりのいい人だったから。


 天涯孤独になった僕は、そのまま村長や村の人たちの好意でオビアスの一員として村に住む事になったんだ。


 その恩返しがしたい。

 自分の村を守らなきゃって考えるのは、当然のことだよね。


 でも多分。



 それよりも何よりも、マキュリ――君がいたから。



 多分パルティス辺りも、君に惹かれていたと思う。

 マールも小さい頃の、マキュリ姉ちゃんと結婚するなんて言動こそ落ち着いたけど、その憧れはずっと変わっては見えなかった。


 僕も、そうだった。

 子供の頃から知っている君の明るい笑顔は、いつしか大人と変わらなくなって、村を一度離れて、そして戻ってきて、その笑顔にはつらつとした女性の魅力が宿ってからは、強い眩しさを覚えた。



 村を、そしてそんな君を守るために。



 僕は眞化人シンカビトの術を開放した。



 8年近く日の目を見る事のなかった錆び付いた術は、何とか形になり、生き残った7人ほどを眞化人シンカビトに変え、そいつらで辛うじて眞性異形ゼノグロシアの一団を追い払うことが出来た。


 残念ながら、眞化人シンカビトの強力な力を持ってしても、50体の眞性異形ゼノグロシアを前にした眞化人シンカビトは2人が死んだ。


 ただ、初めて人に使用したの術ではあったものの、この時の事で、その力を十分に把握することが出来た。

 そして、僕が今後、眞性異形ゼノグロシアの一団から村を守るためには、更に眞化人シンカビトが必要だと思った。


 そこからは正直もう、後には引けなかった。


 破損した法印を新たに組むための魔道アカデミーを、村人たちに呼ばせるわけにはいかなかった。

 なぜなら以前、村に訪れた魔道アカデミーの職員たちがひそひそと村の片隅で話をしていた内容を聞いてしまっていたから。


 彼らは当然ながらユスティツアの術を知っていて、その残滓がこの村にある事を掴んでいた。

 しかし術者を僕と特定できなかったらしい。

 だから術を使うまで泳がせておくつもりでいたんだろうと思う。


 本来なら、この術は使わずに生きていくはずだった。


 でも、もう遅い。


 魔道アカデミーは、いや、王国は過去の忌まわしい教団との確執から、この術の存在を許さないだろう。


 だから僕は魔道アカデミーに報告させないよう、防御壁の板を取り換え、似せた法印を刻んで、小屋の中に配置して、知らんぷりを決め込んだ。


 眞化人シンカビト達は河原にある洞窟に潜ませて、夜には哨戒をさせた。


 そして……見つけた旅人や行商人たちに術をかけて、眞化人シンカビトを増やしていったんだ。


 王国の伝令役の騎士を眞化人シンカビトにしてしまったのは、偶然だった。

 帰る間際、周囲の哨戒と称してファバロを歩いていたため、眞化人シンカビトを知られることを避けるために術を使う事になってしまった。


 僕はいつしか、ネイプばーちゃんの言う通り、眞化人シンカビトを作るという事に対して、人としての感情が麻痺してしまっていたんだと思う。


 だから、もしも法印を結びにアカデミーが来るようであれば、実際に術を使い、眞化人シンカビトをファバロに潜ませている今、必ずバレる。


 そうなる前に、法印の点検日の前に逃げおおせるつもりだった。


 ただ、突如勇者と共に現れる事になった500体もの眞性異形ゼノグロシアの大軍をどうにかしようとして、かなり眞化人シンカビトを派手に動かしてしまった結果、勇者やマキュリに見つかってしまった。


 見つかってしまったら、それ以上、無理な事は分かっていた。


 それでも、僕がやっていたことを、少しは理解して欲しくて言葉を交わした。


 でも……マキュリは勇者を信じていた。


 考えてみれば当然のことだ。

 聖謐巫女のお役目はもちろん、マキュリは子供の頃から勇者にあこがれて育ったし、何より勇者イツカと心から仲良くなってしまっていたみたいだったから。


 それに僕は、嫉妬してしまったんだと思う。


 マキュリを守り続けるのは自分だと、強く、信じていたから。



(ねぇ、マキュリ……)



 僕は普通の家庭の、何気ない子供として生まれた。

 父さんと母さんの事は何となく覚えてる。

 良く笑い、よく遊んでくれた二人だった。それはきっと、幸せな日々だった。


 でも眞性異形ゼノグロシアと言う存在のために、それは引き裂かれた。


 そこからただ、僕は必死に、生きたいと願っただけだった。


 失ってしまった、些細な幸せを、もう一度取り戻したいと思っただけだった。


 でも……



 だけど……



(僕は……僕は一体……)




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