第85話 「ならば、俺も、ここまでだ……」
「分かった……理解した……」
口端から血をこぼしたまま、ジルバは覚悟を決めたように目を閉じ、地に手をついてしまう。
「ならば、俺も、ここまでだ……」
そう、もはやこれまで。
『目の前で相対するのは、友ではないと、ジルバは理解した』。
故にっ……!
「ここからはっ!! 魔を払う騎士として貴様と対峙する!」
手を付けていた地面には、すぐ脇で繰り広げられていたギルヴスたちの乱戦で、ゼノグリッターが散らばっていた。
「ウェルメイドワークス……!」
既に発されていた力で、指先に小さな宝玉が出来ているのを確認して、ジルバはゴルトに背を向けたまま、体を起こす……!
『!!!』
ゴルトがジルバの真後ろで、ハルバードを振り上げる。
だが、ジルバが一歩速かった。
その甲冑の背に刻まれた獅子の紋章に手を伸ばし、獅子の手の先のくぼみへ宝玉を嵌め込んで、代々ヴァイス家が王より義を成すために与えられた力を行使する!
「『絶式・衛士反象機構』ッ!!」
ジルバの背中に振り下ろされた戦斧は魔力の盾に阻まれる。
激しく金属の削れるような音が一体に響いた後――
「ぬぅぅぅぅぁぁぁああああああああっ!!!!!」
その力が衝撃波となって反射してゴルトを吹き飛ばした……!
『っっ!!!?』
5mあまりも吹き飛んだゴルト。
ごろごろと地面を転がってしまう。
しかし、転がりながらも即座に身を起こし、ハルバードを身構える……!
だが、それはジルバもまた同じ。
身をひるがえしてゴルトの位置を目視した瞬間、ジルバは走り出す。
「……ゴぉルトぉぉぉあああああっ!!!!!」
その方向が合図であるかのように、ゴルトもまた、ジルバ目掛けて一気に地を蹴った。
間が、一気に詰まって……!
「じぃぇぇぇあああああああっ!!!」
『っ!!!!!』
すれ違いざま、重々しく、鈍い音が辺りに響く……!
「……!」
『っ……!!』
……。
……僅かの、間。
そしてお互いの必殺の一撃で交錯した二人は、ぐるりと振り返り、自分の成した結果を確認しようとした。
「ぐっ……うぐぁぁああっ!?」
痛みに耐えていたが、その激痛で声を発してしまうジルバ。
ジルバの重い甲冑の肩当て部分は吹き飛び、内側の肩その物がえぐり取られて、赤色にまみれた骨が露出していた。
「……ジルバっ!」
「副団長っ!!」
戦いの終わったプルパとランが、ぱっと派手に噴出した鮮血に声を上げる。
しかし。
「……ゴルトぉぉっ!!」
声を上げて、それでも構えを解かないジルバ。
「もう一度言う……いかなる姿であっても、劣る事のないその太刀筋と相まみえた事、俺は深甚に思う! しかしぃぃっ!!」
その視線の先に。
『……』
ゴルトもまた、その構えを崩すことはなかった。
だが。
その左の胸から肩にかけてが完全に欠損していた。
ジルバの太刀は完全にゴルトのゼノグリッターを破壊していたのである。
「我が信念を……ここで止める訳にはいかんのだぁっ!!」
ジルバの咆哮を聞きながら、ゴルトはそのまま、がくりっ、とゆっくり膝を折った。
「……やったんだし。全く、冷や冷やさせるんだし……」
「個としての戦闘力。うわさに聞いていた以上ね、ヴァイス副団長」
安堵したようにプルパとランが呟いた。
その場の全員が、その結果に一瞬気を許した――その事について非難できるものはいなかったろう。
しかし。
「っ……!」
殺気を感じ取ったギルヴスが振り返る。
「ぐくっ……!」
その時、サットは残されていた左手をジルバに向けていた。
ジルバの後ろから、その左胸に、術を……!
「っ!? 副団長っ!!!」
ランの悲鳴にも似た声が辺りに響く。
「ぬっ……!?」
ジルバが振り返ろうとしても、傷を負った体が言う事を聞いてくれず、サットの術は発動したかに見えた。
……風を切る音がした。
「……あぐっ!?」
その声は。
サットが発した。
発したサットの体が、不意に一度、がくんっ! と大きく後ろに振れたのだ。
「何っ……?」
術は――発動していない。
ただ、小さく驚きの声を上げた、ジルバ、そしてその場の誰もがその異常な光景に目を見張る。
サットの体は、巨大なハルバードに貫かれていた。
「……え……なん、で……?」
愕然とした表情でサットが見つめる自分の腹部の左半分。
そこは戦斧で抉り削られている。
一瞬サットの体に残った柄の部分は、そこからずるりと地面に落ちて、重い音を立てた。
「……ゴルトっ!?」
大柄なその眞化人は、ジルバを挟んでサットの対面で膝をついていた状態にあった。
何かを――もちろん自分の戦斧を投げた、そのままの姿勢で。
そして、その自分の成した結果に満足したように、どぅ、と地に伏して、動かなくなった。
「眞化人としてコントロールを受けながら……副団長を……助けたの……?」
ランが信じられないものを見るようにゴルトを見つめたが、そんなゴルトに、痛む体に鞭を打って、足を引きずりながらジルバが歩み寄る。
「ゴルト、我が友よ……そのような姿にあっても、そなたは誇りを失っていなかったか……! 安らかに、眠ってくれ……!」
完全に動かなくなった親友に向けて、ジルバはただ、震える声で黙祷をささげた。
……そして。
「……ぅ……ぐぁ……」
サットは、ふらふらと、一歩、二歩と前に出る。
それは、自分が人でないものに変えてしまった、少女へ向けて。
破れた腹から、内臓がぼとぼとと零れ落ちる。
誰の目にも、彼が助からないのは目に見えていた。
しかし、それを知ってか知らずしてか。
サットは、その手を伸ばして――