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第81話 「あたしを信じてくれる人なら、分かってくれるよね……」

 その櫓の中では、村の人たちが一様に絶望したような声を漏らしていた。


「もう……この村は、おしまいだ……っ……!」


「くそっ……くそっ……どうして、こんなことに……!」


「勇者なんて来なければ……畜生っ……!」


 聞くに堪えない、非難の声。

 それでも、あたしは成すべきことを成せばいいと、ただその場の真ん中へと歩みを進める。


「え? ……ゆ、勇者様っ!?」


 あたしの姿を見た村の人たちが、焦りを隠そうともせず、波のように引く。


 気にしない。

 騒がしい言葉の隙間を縫うようにして、あたしとリロは眼下の草原を見渡した。


「……ありゃー、ホントに来ちゃったねー」


 昨日見た時から変わらない、3つの黒い塊。

 それぞれが200あまりの眞性異形ゼノグロシアの集団だ。


 その内、村の左右に分かれた2つの塊が、リロの言う通り、どろどろと言う音を立てながら土煙を上げてほぼ同じ速度でこちらに押し寄せてくる。


 恐らく魔王軍は、左右から村へ押し寄せて村の戦力を分断した所で、残った本隊を正面から突っ込ませようという算段なんだろう。


「こ、この人は……! 今更何をしに来たって言うんだ!」


「ただの邪魔になるなら出て行けよ!」


「何ならあんた一人であいつらの囮にでもなるか!?」


 もう堰を切った様に、言葉を選ばずあたしを非難するだけの人々。


 ……ごめんなさい、それは全部あたしのせい。

 だから、やっぱり言葉は気に留めない。


「リロ、多分大丈夫だと思うんだけど」


「うん」


「左側から来るアレ。どれぐらい足止めできる?」


「……足止めでいいんだよね? 逆にどれぐらい時間欲しいのかなー?」


「3秒もあれば」


「余裕っすー! ……イツカー、はいっ!」


 と、手の平を向けてくるリロ。


「……うん」


 そんなリロに小さく微笑みかけ、ハイタッチして、あたしはひらりと櫓から飛び降りる。


 5mもないその高さから舞い降りて、綺麗に着地してみせた。


「いっくよーっ! イッツカー!!」


 櫓の上から元気のいい声にあたしは頷いて見せる。

 うん、あの声はどこで聞いても救われる声だ。


 左側の魔王軍は、村の防壁まであと100mないところまで迫ってきていた。

 その軍勢に向かって――!


「出番だよっ! ……ウェルメイドワークス!」


 櫓の上でリロが、その手に大ぶりな樹木を模した杖を作り出す。

 それを触媒にして、術を発動……!


「『喧神殿大行進ぶれいかーず・ちるどれん!』」


 魔方陣があたしの左側5mぐらいの所で地面に浮かび上がる。

 そこに現れる、3匹の小型犬。


「ケーくん、べーたん、すーちゃん! ……火焔一斉放射、どうぞーっ!!」


『ひゃんっ!』


 綺麗に揃った吠え声の直後。


 開かれた口から、紅蓮の炎が、赤い海のように軍勢に吹き付けられる!


 その火を直接浴びた、最前列の数十体余りはそのまま燃え盛る炎の中で焼け落ち、そして、その苛烈な劫火に巻かれた左の大隊は混乱で立往生となった。


 それを見たあたしは、あたしの仕事をする。


『GouRuuuuuAaaaaa!!』


 眼前に迫る200体余りの、前衛30体余りを相手取って――!


「はぁぁっ!!!」


 その全てを粉砕する!


 見ている人には剣を一薙ぎしただけに見えたかもしれない。


 でも、マキュリのくれた、第参英霊級の威啓律ヴァーチュー・因子アーカイブスで神速を得たあたしは、この刹那の間で、30体余りの眞性異形ゼノグロシアのゼノグリッターを、『一つずつ丁寧に』、『瞬時に』核ごと叩き割っていた。


『GeGyaaaa!?』


『GuGaaaa!!??』


 刹那の間で。

 薙ぎ、突き、砕き。

 振り返り様に剣を振るい、飛び掛かり様に返す太刀を振り下ろす。


 無防備にあたしの眼前に自分たちの核を晒す眞性異形ゼノグロシアたちは一様に吹き飛ばされ、そしてゼノグリッターを、派手にぶちまける事になった。


 スキルの効果リミットが迫っているのを感じる。

 一気に……決めるっ!


「ウェルメイドワークス……!」


 きらきらと宙を舞う紫色の輝きを、眼前に集めて……!


「……クルスキャリア!」


 ……行け、時空に並ぶ、あたし達……!!




「『盈虧せし夜渡インフィニティ・り達の鸞翔スペキュラム』ッッ!!!」




 次の瞬間、『鏖殺』が起きる。




 集った分岐世界は8つ。9人のあたし。

 そのすべてが、マキュリがくれた新たな力を、マキュリが願った世界を作るために振るう。


 そしてそのすべてが、マキュリを失った悲しみを胸に秘めて。


 だから、あたしは。


 あたし達は。


 躊躇わない……!


「……ぜぇぇあっ!!」


 9つの風が舞った。

 それは魔王の軍勢の全てを撫でる、死の風となる。


 3つの風は、リロの炎で立ち往生していた軍勢を一兵余さず切り刻む。

 止まっているも同然だった軍勢200体余りを、一瞬で撫で殺すことは、さして難しくなかった。


 また別の3つの風は、あたしの正面へとまっすぐに吹き荒れて、あたしが最初に切りつけた軍勢を飲み込み次々に斬り捨てていく。


 そして残る3つの風が、同じ方へと吹きすさぶ。

 目指すは残存した本隊。


 3つの内、2つの風が、有象無象の者たちの全て胴から上を泣き別れにしていって。


 そして残る一つ――『あたし自身』は……!


(あ……!)


 あたしは正面に立ちふさがる眞性異形ゼノグロシアたちだけを斬っていったが、すぐに軍勢の最後尾に至る事になる。


 そこであたしは、軍勢を指揮していると思われる、明らかに他の眞性異形ゼノグロシアとは違う個体を目前にする。


 それが、ランの言っていた牧童シェファード級に間違いなかった。


(この、姿って……)


   ◆


「ねえ、ラン。眞性異形ゼノグロシアって小鬼ゴブリン級とか鬼人オーガ級とか言うんだよね?」


「ええ」


「でもこの世界のゴブリンやオーガは、人間と同じ社会で暮らしてて……その、敵をそんな呼び方して気を悪くとか、してないのかな?」


「ふふ、面白い意見ね。異世界のあなたならではかしら?」


「あー。そうかもね」


「それは気にしてはないと思うわ。……名がつけられたのは、彼らだけではないからね――」


   ◆


 そんなランの言葉を思い出す。


 そう、申し訳ないけど結局のところ、オーガやゴブリンと言った種族は、この世界において最たる脅威じゃない。


 『牧童』――迷えるものを導くもの。

 それは軍にあって軍を導くものである以上、策を知るものではなくてはならない。

 そして策を知るものとは――策に長けるものと言えば。


(……ああ、そうなんだ)


 二本の足で立ち、フードをかぶったような術者のような姿。

 フードの中は真っ黒な影で、双眸が怪しく輝いているけど、全軍に念を送っているであろうその姿は間違いなく。


(……結局のところ、この世界でも『人』が最悪な存在って事か……)


 あたしには人間を斬る覚悟はない。


 でも大丈夫――きっと、これはそうじゃないから。


 あたしは、着地する。

 遅れて吹き荒れる風が、牧童シェファード級も容易く呑み込んだ。


(うん、心配ない)


 力は、怖いけど。

 でも、大切なものを失う怖さに比べたら、もう何も怖い事なんかない。


 だって。


「あたしを信じてくれる人なら、分かってくれるよね……」


 そう呟いて。

 あたしはこの場であたしが成した全ての結果を、首から上のなくなった牧童シェファード級の背中越しに見つめていた……。




「……『多重蓋然一点帰結ディレクション・オーヴァー』」




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